本田真凜 インタビュー 中編(全3回)
今年1月に現役を引退した本田真凜は、フジテレビ系の「フィギュアスケートSPフィールドキャスター」に就任した。3月18日にカナダ・モントリオールで開幕する世界選手権で取材・中継を担当する。
【三浦佳生は随一のスピードが武器】
ーー世界選手権の男子シングルは、宇野昌磨、鍵山優真、三浦佳生が日本代表として出場します。日本勢が表彰台を独占する可能性もあるほど、レベルは高いです。まず、三浦佳生選手は、新横浜のスケートリンクで一緒に練習していたそうですね。
本田真凜(以下同) 三浦選手は、今の日本人選手のなかでは一番スピードがあるなと感じています。以前、マックス・アーロン選手(アメリカ/2018年引退)と一緒に練習したことがあるのですが、当時私は小学生だったこともあって怖さすら感じるほどの速さでした。三浦選手には、同じ雰囲気を感じます。
ーー三浦選手は、サッカーのようなコンタクトスポーツの選手の荒々しさを感じさせます。
三浦選手はスピードだけでなく、一つひとつの動きがとにかく全力。他の選手よりも3倍くらいは体力を使っているようで、あのスピードでジャンプに挑むのは本当にすごいなと思います。スピードでいえば女子は坂本選手、男子は三浦選手でしょうか。
ーーあれだけスピードを出すのは恐怖感もあるはず......。
三浦選手のすごいところは、ジャンプの前もスピードが落ちないところです。ジャンプ以外のところでスピードを出す、というのはできなくはないんです。でも、彼は4回転ジャンプの前にトップスピードで壁に向かって跳ぶ感じ。ジャンプで抜けてしまっているところも見たんですけど、普通なら数日間は怖くなってしまうはずなのに、次のジャンプでも同じスピード感で跳んでいるんです。
【鍵山優真のパワーアップの裏側】
ーー 一方、鍵山選手は精密なスケーティングで、不得意なことがない、完全無欠のスケーターという印象です。
鍵山選手は1年間、ケガで休んで、完全に試合をしない時期がありました。長い期間、スケートをしなかったにもかかわらず、あのレベルまで戻すというのはただものではありません。
しかも、よりパワーアップして戻ってきた印象で、とくにスケーティングのところでは、(振付師の)ローリー・ニコル先生の望むスケートがプログラムに現れていますね。今シーズンは現地でも見ていますが、とくにフリーは曲が始まる瞬間から入り込んじゃいます。
ーーカロリーナ・コストナーが特別コーチについたのも、スケーティングの洗練にひと役買っているのでしょうか?
コストナーさんは、私も憧れの人。ああいうスケートをしたい、って思っていました。『アヴェ・マリア』のスケーティングなどがすばらしくて、一つひとつの所作が美しかったです。
ーー鍵山選手はケガからの復活ですが、フィギュアスケーターにとっての挫折とは?
挫折は、ないに越したことないと思うんですけど......、できない、悔しい、うまくいかない、そういった気持ちを経験している選手にしか、出せない深みもあると思います。フィギュアスケートは表現のスポーツでもあるので。とくに世界選手権は、昨季の悔しさをリベンジしたい、というのがスケートに表われるかもしれません。
【宇野昌磨のような選手は見たことない】
ーーその点、今回3連覇を目指す宇野選手も、コーチが代わるタイミングでケガなどもあって不調に直面したころもありましたが、逆境を跳ねのけることで、リンクで笑みを洩らす"王者の風格"を手に入れました。
楽しいっていう気持ちが根本的にあると、表現するスポーツだけに結果にも内容にも出るんだと思います。スケートを楽しむ、練習を楽しめる、という状態が選手にはベストですし、それを自分自身で見つけ出したのが宇野選手にとって大きかったのだと思います。
できれば長く楽しく滑っていてほしいと思う選手のひとりです。坂本花織選手もそうですが、3連覇が期待される状況で、優勝を目指すのは想像できないほど難しいポジションだと思いますが、頑張ってほしいです。
ーー宇野選手は自分と対峙し、それを越えられたら必ず結果に結びつく、という強い信念を感じさせます。
宇野選手以上に、"スケートの試合に緊張しない"という選手は他に見たことがありません。もちろん、いい意味で、です。スケートに取り組む姿勢は人一倍、熱い思いがあると感じるんですけど、試合の会場に入ってからはそういうのはまったく感じさせなくて。
すごい選手たちと過去にたくさん試合を経験し、今は追われる立場になった上で自信を持てる精神状態にまで持っていけるのも彼の凄さだと思います。ただ、練習でうまくいっていないのに試合でうまくいっているっていうのが宇野選手の場合はけっこうあって。本人も「なんでできたんだろう?」って言っていますよね。
普通は練習でできていないと焦りが出て、試合だけでも跳びたいという気持ちになって、だからこそ緊張や不安も出てくるんです。でも、練習でできていなかったら悔しくないっていうのが宇野選手の考え方。長年アスリートとしていろんな場所で戦ってきたからこそ、突き詰めて体得した考え方なのかなと思います。
ーー宇野選手は近年、スローな曲を選択。あえて難しい挑戦を続け、その芸術レベルも極まっています。
ショートプログラムは2分50秒、選手としては難しい曲を用意されても、何とかなりそう、というのが第一印象だと思います。でもフリーは4分あって、かなりのスロー、それも今季の『Time lapse/Spiegel im Spiegel』のように音があまりない曲を表現しきるのは難しく、音を理解するまでに時間がかかります。
曲を理解し、音を一つひとつ逃さないように、そのなかに4回転ジャンプがたくさん入って、というのが完成形。今シーズンは、「ジャンプだけにならないように」というのが宇野選手の目標ということですが、「難しいことをするんだな......」というのが私の第一印象です。もっと滑りやすい曲、ジャンプが飛びやすい曲はたくさんあるはずなので。でもステファン(・ランビエール)先生の狙いでもあると思いますし、完成したすばらしいフリーを観るとあの曲を持ってきた意味があるのだと感じます。
【マリニンは人間レベルを超えている】
ーーイリア・マリニン(アメリカ)は、クワッドアクセル(4回転半アクセル)が注目されていますね。
ジャンプを見ても、人間レベルを超えています(笑)。マリニン選手の小さい頃の映像も見たのですが、半回転ジャンプから身体能力の高さが出ていました。シングルやダブルアクセルにも、今となれば現在のクワッドアクセルの成功が見える跳び方をしていて、すごい選手が出てきたなと。
高難度ジャンプをたくさん入れているから、そこに注目が集まるので、ひとつのプログラムを成り立たせるのは難しい部分もあるかもしれませんが、昨季に比べるとスケートもレベルアップしてきています。シェイ=リーン・ボーンさんの指導を受けているよさが出ているなと思います。
ーー引き続き、世界選手権の男子について伺います。
後編<本田真凜、世界選手権でりくりゅうペアに注目 アイスダンスの練習にのめり込んだ経験も語る>を読む
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【プロフィール】
本田真凜 ほんだ・まりん
プロフィギュアスケーター。2001年、京都府生まれ。2歳からフィギュアスケートを始め、ノービス時代から国際大会に出場。ジュニアに参戦した2015−2016シーズンには世界ジュニア選手権では優勝。翌2016−2017シーズンは世界ジュニアで2位、シニア選手に相手に全日本選手権でも4位に入る。シニアに転向後、全日本選手権やグランプリシリーズなど国内外の大会に出場。2024年1月に現役引退を発表。現在は、プロとしてアイスショー出演とともに、フジテレビ系「フィギュアスケートSPフィールドキャスター」としても活躍。