4月27日、横浜。アイスショー『プリンスアイスワールド』の横浜公演が初日を迎えている。

 プリンスアイスワールドチームのスケーターたちが、ロックビートを滑りで表現。かつての五輪女王である荒川静香のスケーティングは極まっているし、ミュージカルの人気スターたちによる生歌も千金に値するだろう。

宇野昌磨「感傷に浸りながら...」思い出の曲をアイスショーで...の画像はこちら >>

【10代の頃のプログラムを再演】

 そして煌びやかな氷上のスターたちのなかでも、際立っていたのが現役選手最高の実力を誇る宇野昌磨(26歳/トヨタ自動車)だ。

「『プリンスアイスワールド』は見ていても、滑っていても、楽しくて。僕はゲストの立場ですが、キャストの皆さんとすばらしいショーをつくれるように。毎年、楽しみにしています」

 アイスショー初日が終わったあとの会見、宇野はそう言って相好を崩した。

「今回滑っているのは、小さい時にエキシビションでつくった曲で。

当時はレアなことだったので、すごく張りきってつくったことを覚えています。その感傷に浸りながら、思い出深いナンバーを皆さんと楽しんで滑ることができたら......。26歳になって、年齢を重ねたことで違った表現をできるんじゃないかと思っています」

 今回、宇野は2016−2017シーズンにエキシビションで使っていた『See You Again』で、一つひとつの音を慈しむように滑っている。10代だった自分と再会するようだった。黒いシャツの腕をまくり、グレーのデニムを履き、はつらつと躍動した。

 低い重心のスケーティングは、彼の代名詞と言えるだろう。

そこから全身を弾けるように動かすことで、表現に幅が出る。そしてラップに乗って、旋律を自らの身体に取り込んで、それを外に弾き出した。

 彼だけの世界観だった。トーループをきれいに降り、十八番のクリムキンイーグルで観客の熱気をあおり、最後はアップライトスピンを決めた。

 照明が明るくなると、宇野は苦笑を浮かべていた。1本目のトーループで、氷に手を突いたからだろうか。

「Meet&Greet」で再登場した時、同じ位置で失敗したトーループをもう一度跳んでいたのが、なんとも彼らしい。

【楽しくない先に楽しいことがある】

「自分自身に興味があるので、(これから)どうなるのかっていうのが(モチベーションに)あります」

 今シーズン開幕前、宇野はそう語っていた。他者との競争からは脱していたのだろう。世界を連覇した絶対王者として、自分の道を行くしかない。

 あるいは、王者という称号すら彼自身が求めるものではなく、フィギュアスケートというスポーツに対する愛情のようなものこそ、彼の燃料なのかもしれない。

「自己満足」

 彼はシーズンのテーマをそう設定していたのが、その証拠だ。

 2023−2024シーズンを総括すると、宇野は自分と対峙し、結果を残したと言えよう。

 グランプリ(GP)シリーズは、中国杯とNHK杯はどちらも2位、GPファイナルも2位だった。しかし、全日本選手権では6度目の優勝を飾っている。最終グループに近づくたび、5、6人が次々に点数を塗り替える熾烈な争いで、彼が決着をつけた。

「たくさんの全日本を経験してきましたけど、これだけ皆さんのすばらしい演技が続くことはなかったんじゃないか、と思いました」

 宇野はそう振り返って、こう心境を明かしていた。

「自分も、一日も無駄にしないような練習はしてきたつもりです。いい時、悪い時とあって、試行錯誤のなかで今日に至るというか......。

正直、僕は表現を頑張りたいです。ジャンプの練習は嫌いではないですが、調子が悪くなってしまうとストレスでしかない。

 やはり表現とジャンプの両方を頑張りたいんですが、競技をやる以上はジャンプ(のほう)を頑張らないといけなくて。それが楽しいかと言われたら、楽しくない先にも楽しいことがあるといった感じです」

 じつに正直な青年だ。

【勝つべくして勝つために】

 今年3月、3連覇がかかった世界選手権では、宇野の表裏が出た。ショートプログラム(SP)、フリーとどちらも彼らしかった。

 SPでは映画『Everything Everywhere All at Once』からの『I Love you Kung Fu』で、今シーズン世界最高得点を記録して首位。フリーでも、『Timelapse / Spiegel im Spiegel』という静謐なプログラムをエモーショナルに滑った。しかし、ジャンプの失敗が響き、得点は伸びていない。ふたつとも彼の偽らざる姿で......。

「僕はフワッとしたのはあまり好きではなくて。たとえば、勝負強さって運がいいだけにも思えるんです。メンタルはすごいけど、自分にとっていいことではない。基本は練習してきたことが試合に出るべきで。試合ごとに課題を見つけ、次の試合に活かせるか」

 その言葉どおり、勝つべくして勝つ、負けるべくして負ける、を切実に求めているのだろう。

 改善にこそ、彼の真骨頂はある。たとえば、4回転フリップ、4回転ループというジャンプに悪戦苦闘しながら果敢に挑戦し、同時にプログラム全体の精度を上げ、ステファン・ランビエールコーチの期待に応えることに価値を見出していた。プロセスそのものを楽しんでいるのだ。

 宇野は、己の道を行く。今夏には、昨年好評を博した『ワンピース・オン・アイス~エピソード・オブ・アラバスタ~』を再演することが決定。主人公モンキー・D・ルフィの役はもうひとりの彼で、さらなる可能性と言える。

『プリンスアイスワールド』横浜公演はゴールデンウイーク中の6日間12公演が予定され、宇野はすべてに出演することになっている。

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