今春の選抜高校野球大会(センバツ)から新たなルールの運用が始まっている。新基準バットの導入と投手の二段モーション解禁ばかりが話題になっているが、タイムにまつわるこんな新規則も盛り込まれている。

<内野手(捕手を含む)が投手のもとへ行ける回数を、1イニングにつき1回1人だけとする>(高校野球特別規則2024年版より)

 試合のスムーズな運行を目的として、守備中のタイムに制限が設けられたのだ。捕手にとっては悩ましい新ルールだろう。そう想像して甲子園出場捕手に聞いて回ろうと考えたのだが、ひとり目で「答え」が出てしまった。

星稜の新2年生・能美誠也に見た「勝てる捕手」の資質 センバツ...の画像はこちら >>

【小学3年から捕手一筋】

「相手に流れがいってからタイムをかけるのではなく、相手に流れをいかせないタイミングでタイムをかければいいだけですから」

 回答してくれたのは、星稜(石川)の正捕手を務める能美誠也(のみ・せいや)。さすがは昨秋の明治神宮大会を制した捕手らしい回答だが、この能美がまだ新2年生と知れば精神年齢の高さに驚いてもらえるはずだ。

 3月18日、星稜対田辺(和歌山)の1回戦は2対2の接戦のまま、8回裏を迎えた。田辺の柳田尚生に送りバントを決められ、二死二塁になった直後。

能美は迷わずマウンドへと駆けていった。

「ウチの攻撃は残り(9回表の)1回しかないので、どうしても次の1点を取られたくなかった。間(ま)をとって、ピッチャーを落ち着かせようと思いました」

 だが、いざマウンドの戸田慶星(けいた/2年)を前にすると、能美は「最悪1点取られてもいいから」と声をかけている。能力は高いものの、緊張しやすい戸田の性格を考えて、あえて安心するような言葉をかけたのだ。その直後、戸田はファーストゴロでピンチを切り抜ける。星稜は9回表に能美のライト前ヒットを突破口に2点を勝ち越し、4対2で勝利を収めた。

 前述のとおり、星稜は昨秋の明治神宮大会で優勝している。飛び抜けた才能の持ち主がいるわけではない。それでも、地区王者が居並ぶトーナメントを勝ち上がった陰の要因は、この能美にあるのかもしれない。

 能美は身長176センチ、体重73キロと体格的には平凡で目立つ存在ではない。だが、試合が始まり、展開が深まるにつれ能美の存在感はどんどん際立っていく。

 最大の特徴は、捕手にもかかわらず足が速いことだ。

田辺戦では先取点につながる盗塁を決めたが、昨秋は公式戦12試合で6盗塁をマークしている。時にはセーフティーバントで相手を撹乱しようと試みるシーンもあった。

 俊足は守備中にも発揮され、ファウルフライを追えるエリアが広く、一塁へのバックアップも素早く向かえる。プロテクターやレガースを装着していても、身のこなしは常に軽やか。「守備範囲が広い」と評される捕手は珍しいだろう。

 本人にそんな印象を伝えると、能美ははにかみながらこう答えた。

「小学3年からキャッチャーをやってきているので、防具は体の一部みたいなものです。重みは感じないですね」

【好捕手の系譜に連なる存在】

 能美は金沢市立清泉中時代から好捕手として注目されており、3年夏には全国中学校軟式野球大会(全中)でベスト8に進出している。だが、鳴り物入りで進学した星稜には、1学年上に強肩捕手の河上涼太がいた。

 現エースの佐宗翼と河上は星稜中時代からバッテリーを組んでおり、全日本少年軟式野球大会(全日本)で日本一に輝いた実績がある。1学年下の捕手が割って入るのは難しそうな状況に思えるが、能美に気後れはなかった。

「高校に入った時から、とにかく試合に出たかったので。

同じ軟式出身ということもあってか、佐宗さんも自分を受け入れてくださったように感じました」

 能美は1年秋から正捕手の座をつかんだ。試合になれば、能美がマスクを被ってホームベースへと向かう。だが、能美はいつも河上の献身に助けられてきたと明かす。

「守備が終わるたびに、ベンチで河上さんとバッターの反応や配球について話し合っているんです。河上さんはブルペンでピッチャーのボールを受けて、その状態についてベンチと連携をとってくれているんです」

 田辺戦では絶対的エースである佐宗が不調のため、6回2失点で降板した。だが、成長著しい2年生右腕の戸田が好リリーフでつなぎ、星稜は窮地を乗りきった。

 2点を勝ち越した9回裏には、3番手右腕の道本想(2年)が一死二、三塁という大きなピンチを招いた。だが、この場面で能美は2ストライクから3球勝負を要求。道本が大胆なリードに応えて空振り三振を奪うと、能美はパンチを放つような仕草で喜びを表現した。

 試合後、この場面について聞いた際の能美のコメントが振るっていた。

「腹をくくっていました。この場面で追いつかれても、自分のせいではないので」

 そう言いきったあと、少し過激な発言だと思ったのか、能美は「(接戦になったのは)周りが打てなかったのが原因ですから」とつけ足した。

 4月で高校2年生になる16歳。それでも、聞かずにはいられなかった。将来、どんな捕手になっていきたいのか、と。

「キャッチャーとして打って目立つ、ランナーを刺して目立つというより、陰でピッチャーを支えたり、ポジションを動かしたりして地味に1個1個を重ねていけるキャッチャーになりたいですね。それが結果的に自分の手柄になると思うので」

 近年の星稜は山瀬慎之助(巨人)、内山壮真(ヤクルト)と好捕手が続いたが、能美はその系譜に連なる存在になるだろう。「勝てる捕手」はこの春にどこまで勝ち上がるのか。いくら本人が「地味」を目指しても、その底光りする輝きは隠せそうにない。