全米の話題を独占するケイトリン・クラークがWNBA入り 「女...の画像はこちら >>

 この春、日本で報道されるアメリカのスポーツといえばドジャースの大谷翔平一色の様相を呈していたが、本場・アメリカで「独占」と言ってもいいほど注目を集めていたのが、大学女子バスケットボールのケイトリン・クラーク(アイオワ大)だ。

 シーズンを通して歴史に残るパフォーマンスを見せ、クライマックスとなるNCAAトーナメント(全米大学選手権)には2年連続で決勝に進出。

その人気は男子を凌駕し、NBAのスーパースターたちも自身のSNSでクラークに対する最大級の賛辞を送り続けた。

 そのプレースタイルからウォリアーズのステフィン・カリーになぞらえることも多いが、「女性版」という形容詞が不要な、唯一無二の存在としてその輝きはさらに増していく。

【女子スポーツの地位を引き上げた功績】

 女子バスケットボール界の「ゲームチェンジャー」であることは、間違いない。ケイトリン・クラークとはそれほどの、稀代のバスケットボール選手だ。

 4月7日にクリーブランド(米国オハイオ州)で行なわれた全米大学選手権(NCAAトーナメント)の決勝。クラークのアイオワ大とサウスカロライナ大の対戦は、アメリカ国内で前年の890万人から倍以上となる1870万人のテレビ視聴者数を記録した。翌日に行なわれた同男子決勝(コネチカット大対パデュー大)のそれは1480万人で、史上初めて視聴者数で女子が男子を上回った形となった。

クラークの存在なくしてはありえなかった事象だ。

「自分でも何が起きているのかわからないほどです。だって、そういった数字はマスターズ(ゴルフ)やNBAファイナル、大学フットボール(アメフト)で見られるようなものですし、皆さんが女子のバスケットボール、女子のスポーツを見てくれているのは驚きです。(女子の大学バスケットボールは)この1年だけでも大きく成長しました。去年の890万人(の視聴者)でも特別なことだったのに、今年は1870万人になったというのは女子バスケットボールやそのほかの女子スポーツが、露出の場を与えてもらえればこれだけの力があるのだということを示していると思います」

 決勝戦が終わって数日後、米スポーツ放送局ESPNのインタビューに対してクラークは、このように話している。

 巧みなドリブルワークと長距離シュート力を持つ180cmのポイントガードのパフォーマンスは、あまりに傑出している。

2023-24シーズンの平均得点は31.8。大学4年間のキャリア通算では合計3951得点を挙げ、女子の記録(ケルシー・プラム、現WNBAラスベガス・エーシズ)どころか、"ピストル・ピート"の異名で知られる伝説的な選手、ピート・マラビッチ氏(故人、元ルイジアナ州立大、NBAではニューオリンズ・ジャズでプレー)を抜き、男女を問わずNCAA(全米大学体育協会)の通算得点数で歴代1位となった。これを含めて大学バスケットボールにおける45もの記録を破っている。

 クラーク最大の武器は長距離シュートと言っていいが、3ポイントラインよりもさらにリングから離れた場所からのシュート、いわゆる「ディープスリー」を放つことも珍しくない。しかも、眼前にディフェンダーがいてもドリブルで揺さぶりながらお構いなしに打ってしまう。そのプレーぶりは、NBA歴代最高のシューターと呼ばれるステフィン・カリー(ゴールデンステイト・ウォリアーズ)と比べられるほどだ。

 2022-23、2023-24と2年連続で大学バスケットボールの個人賞としては最高の栄誉である「ジョン・ウッデン賞」を受賞したクラークは、そのほかにも数々の記録や賞を受賞している。全米大学選手権決勝は昨季、今季と2年連続で準優勝に終わったが、前者ではルイジアナ州立大のエンジェル・リースとのライバル関係で多くの注目を集めた。

 しかし、クラークがどれだけ多くの関心を集めているかは、彼女の預金通帳に刻まれる「金額」が最も明確に指し示しているといえるかもしれない。今のアメリカ大学スポーツ界では学生選手がスポンサー収入を得ることが可能となっているが、クラークはスポーツメーカーのナイキやスポーツ飲料メーカーのゲータレード、自動車会社のビューイック、保険会社のステートファームといった国内外で知名度の高い会社も含めた11社からの契約金収入を得ている。その額は3月末の時点で合計約310万ドル(約4.7億円)である。これは大学スポーツ界の全体4位で、女性選手のなかでは2位(1位はルイジアナ州立大の体操選手、オリビア・ダンの360万ドル)だ。

【クラーク人気が沸騰した背景と環境】

 NCAAは、アマチュアリズムの観点から長らく学生選手がスポーツ活動からの対価を得ることを禁じていた。ところが、一部の選手たちが自分たちの名前や肖像を使って大学側のみが収益を懐に入れ、選手たちにそれを分配しないのは反トラスト法(日本でいう独占禁止法)に違反するとして連邦裁判所に提訴した。その流れを受け、2021年のカリフォルニア州を皮切りに多くの州で「NIL法」が導入されるようになった。NIL(エヌ・アイ・エル)とは「Name, Image and Likeness」の略称で、学生選手たちは自分たちの「氏名、イメージおよび肖像」を使ってお金を稼ぐことが容認されるようになったのだ。

 NILの導入は、アメリカの大学スポーツの歴史において大きな転換点となった。男子バスケットボールでは、高校卒業から直接NBAへ行くことはルール上できないためトップクラスの選手たちが大学に1年だけ籍を置いてからプロ入りする「one and done」(ワン・アンド・ダン/1年で終わりの意)の例が散見されていたが、「NIL後」は大学にいながらにして収入を得られるために学校に残る選択をする選手が増えた。ただし、女子の場合は22歳になる年(外国人の場合は20歳)になるまでプロのWNBAドラフトにエントリーする権利が与えられないため「ワン・アンド・ダン」は原則、起こらない。

 しかも、新型コロナウイルスの影響が及んだ2020−21シーズンに所属した選手たちは1年長く大学に残ってプレーを継続できる権利が与えられている(ネブラスカ大の富永啓生もこの制度を使って5年間プレーした)。そのため、NILで多額の金額を得られるクラークらの女子バスケットボール選手たちが、基本年給が7万6000ドル(約1165万円)のWNBAに行くよりもはるかに多くの金額を手にすることができる大学に残る選択を取るかどうかも、メディアやファンの話題となってきた。

 クラークのSNSのフォロワーを見るとX(旧ツイッター)が約30万人、インスタグラムが約187万人となっている。例えばWNBAのトップスターであるエイジャ・ウィルソン(エイシーズ)のXとインスタグラムのフォロワーはそれぞれ約18.7万人、85.1万人、サブリナ・イオネスク(ニューヨーク・リバティ)の場合はそれぞれ15.8万人、118.4万人だから、クラークの人気の様子がわかる。

 ゆえに、クラークに関してはプロへ行ってもチームから得られる年俸以外に、相当な数の企業からスポンサードを受け、変わらず多額の金額を受け取ることは想像に難くないのである。

 WNBAは男子におけるNBAのように「世界最高峰の女子バスケットボールリーグ」と銘打たれる一方で、夏場の約3カ月という短い期間であるとはいえ、その市場規模はNBAと比べるとかなり小さい。

年間のリーグ収益が約100億ドル(約1兆5330百億円)のNBAに対し、WNBAは約6000万ドル(約92億円)と大きな開きがある。それぞれのリーグの最高年俸選手を比較しても、NBAが先述のカリーの5191万ドル(約79億6000万円)で、WNBAはジャッキー・ヤング(ラスベガス・エイシズ)の25万2450ドル(約3869万円)と、こちらもケタがまったく違っている。

全米の話題を独占するケイトリン・クラークがWNBA入り 「女性版ステフィン・カリー」が女子スポーツの歴史を変える
そのフィーバーぶりは大学からプロでも続くだろう photo by AP/AFLO

【クラークのWNBA入りは歴史的転換機に】

 クラークはプロへ行く決断を下し、現地4月15日のWNBAドラフトでは全体「いの一番」でインディアナ・フィーバーから指名を受けた。フィーバーのみならず、WNBAリーグ全体がクラークの加入によるリーグの人気の大幅な引き上げに期待をしている。

「クラーク・エフェクト」「クラーコノミクス」なる言葉がある。前者はクラークによる「効果」、後者はクラークと「エコノミクス」を併せた造語だ。ともに彼女がもたらす思考効果、経済効果を表している。

 アイオワ大でビジネス分析学を専門とするジェフ・オールマン准教授によると、最大観客収容人数が1万4998人の同大バスケットボールアリーナで、クラーク入学前年に7012人だったホーム試合の平均観客数は、彼女が登場すると年々伸び続け、2023−24シーズンには1万4998人、つまりは全試合で完売したという。また、「クラーク前」に29ドルだったホーム試合の平均チケット価格も「クラーク後」には98ドルにまで値が跳ね上がったそうだ。

 アイオワ州の調査機関は、クラークのアイオワ大在学中に同州へもたらしたGDP(国内総生産)の伸びは約1440万ドル(約22億円)から5230万ドル(約80億円)の間だと算出している。

 WNBAでも、クラークの加入によりチケット需要が大きく高まるのは必至だ。その傾向はドラフト前からすでに顕著で、価格が需要によって変動するリセール価格で例年は20-30ドル程度の最低価格が、クラーク効果で120−140ドルといったところにまで上昇している。フィーバーのシーズン開幕戦は5月14日のコネチカット・サンとのアウェー戦だが、そのリセール価格はクラークがプロ入りを表明した時点から9割以上も上昇。また同16日のニューヨーク・リバティとのホーム開幕戦のそれも5割以上、価格が上がったという。今季で28年目となるWNBAの歴史においても異例であるというのが、現地メディアの論調だ。

 1979年のNCAA男子決勝戦で、マジック・ジョンソンのミシガン州立大とラリー・バードのインディアナ州立大が対戦し、24.1%という史上最高のテレビ視聴率(アメリカのバスケットボールの試合としては未だに破られていない)を記録している。2人が直後にNBA入りすると、ファイナルですらも深夜に録画放映がされていたNBAの人気を爆発的に高めたことは、リーグ史のなかでも最重要な事象とされる。クラークのプロ入りは、WNBAにとっての「マジックーバード」のような歴史的転換点になるだろうと言われる。

【パリ五輪の初戦は日本と対戦】

 全米大学選手権でサウスカロライナ大が優勝の歓喜に湧くなか、同大を3度目の王座に導いたドーン・ステイリーヘッドコーチはコート上でのインタビューでこう話した。

「個人的には、私たちの競技を盛り上げてくれたケイトリン・クラークに感謝したいです。彼女は女子の大学バスケットボールを背負う重責を担ってきましたが、それはここで終わるわけではありません。彼女がWNBAドラフトで全体1位指名を受ければ、今度はWNBAを盛り上げてくれるでしょう。だからケイトリン・クラーク、もしこれを聞いていてくれているなら......あなたは女子バスケットボールの史上最高の選手のひとりです」

 優勝チームの指揮官が相手のいち個人の選手についてこのように言及するのは異例だが、これはクラークがいかに稀代の存在であるかの証左であると言えるだろう。

 クラークはまた、今夏のパリ五輪出場の可能性もありそうだ。全米大学選手権のファイナルフォー(準決勝・決勝)があったために参加はできなかったが、同期間中に行なわれたアメリカ代表候補者合宿にも招集がかかっていた。当人もオリンピックのコートに立つことは夢だと話しており、実現する可能性はありそうだ。

 クラークは2019年と2021年のU19ワールドカップでプレーをしている。両大会に出場した日本との対戦はなかったものの、パリでは予選ラウンドの初戦で両国が対戦することが決まっている。同オリンピックに出場する日本のガードで言えば、宮崎早織(ENEOSサンフラワーズ)や山本麻衣(トヨタ自動車アンテロープス)らが選出を確実視されている。

 クラークが出てくるとすれば、宮崎や山本らポイントガード陣がマッチアップするのか、あるいは赤穂ひまわり(デンソー アイリス)のようなサイズと機動力のある選手がつくのか......。歴史を変え得る女子バスケットボール界の衝撃が、日本に上陸する日も遠くない。

【Profile】ケイトリン・クラーク(Caitlin Clark)/2002年1月22日生まれ、米国・アイオワ州出身。身長183cm。故郷のアイオワ大において、2024年春までの間にアメリカの女子カレッジバスケットボール界でセンセーションを起こしたプレーヤー。NBAで188cmという低身長ながらその長距離のシュート力を備えたゲームメーカーとして世界を変えたステフィン・カリー(ウォリアーズ)になぞらえ、実力のみならず人気面でも男子のトップアスリートを超える存在となる。WNBAのドラフトではインディアナ・フィーバーから全体1位指名でを受け、5月から始まるシーズンでデビューする予定。