日本サッカー協会(JFA)理事
川澄奈穂美インタビュー(アルビレックス新潟レディース)前編
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慧眼の士である。
昨年7月からWEリーグのアルビレックス新潟レディースに在籍する元なでしこジャパンの川澄奈穂美(38歳)は、女子サッカーの未来から女性の社会進出についてまで、説得力のある意見を持っている。
「女子サッカーが発展していくうえで、WEリーグというプロリーグができたのはすごく大きいと思います。ただ、アメリカでやっていた時と比べると、まだまだ改善していかなければいけないところはあると感じます」
2008年にINAC神戸レオネッサでキャリアをスタートさせた川澄は、2014年に初めてアメリカのクラブに在籍し、何度かの国内復帰を挟んで2023年まで9シーズンにわたってプレーした。「NWSL」と呼ばれるナショナル・ウィメンズ・サッカーリーグのシアトル・レインとNJ/NYゴッサムFCに、確かな足跡を残している。「シアトルに4年、ゴッサムに4年半ぐらいいましたが、年々環境がよくなっていくのが目に見えてわかるんです。それは自分のチームだけでなく、ほかのチームも。
シアトルへ加入した当初は、練習後にランチが出るときと出ないときがありました。それが、毎日出るのが当たり前になっていきました。カンザスシティ・カレントというチームは、2024年に女子チーム初の専用スタジアムをオープンさせました。
プレーヤーのためにいい準備をしよう、環境を整えようという意識が、クラブからすごく感じられる。人もお金もかける本気度が、アメリカはやっぱり違いますね」
マーケティングにおいても、NWSLは日本の先を行く。川澄が一例として挙げたのは、試合映像の届け方だった。
【WEリーグを見たい海外の人は確実にいる】
「最初はYouTubeで配信されていて、日本からも見ることができました。今はNWSLのホームページで登録すれば、海外の人は無料で視聴できます。国内向けはアマゾンプライムで、というふうに差別化をして、スポーツビジネスとして成り立たせているんです。
WEリーグはDAZNで配信されていますが、日本語のウェブサイトに海外からアクセスするには、VPN接続をしないと見られないし、海外のカードで決済ができるのか。日本以外の国でWEリーグを観るには、現状ではハードルがすごく高いんです」
そう言って川澄は、アメリカ在住時の肌感覚を明かした。
WEリーグを見たい、情報を得たいと思っている海外の人は、確実にいると思うんです。そういった人たちにどうやって届けていくのかを考えていくと、もっと日本のサッカーは普及していくと思います」
海外へ届けた先の未来も、川澄はしっかり思い描いている。
「WEリーグが世界で配信されて、日本にこんなにいい選手がいるんだとなったら、クラブやリーグとしては少し複雑かもしれないけれど、選手の海外移籍のチャンスが増えると思うんです。そうすると国内では、若手の出場機会のチャンスが増える。
海外へ移籍した日本人選手が海外の選手と仲良くなって、その選手が日本でプレーしたいと思うかもしれない。そういう人の流れを生み出すことで、ヨーロッパとかアメリカのリーグに近づけるんじゃないかな、と」
アメリカで、イングランドで、WEリーグが視聴できるようになれば、選手たちを刺激するはずだ。
【プロリーグの価値って何ですか?】
「アメリカの選手たちは、ドラフトで入ってくるんですね。高校生年代から契約する選手も最近は出てきていますが、『ドラフトで指名されてプロになるんだ』いう意識がすごく強いと感じます。
それに対して今のWEリーグは、『ウチのチームはプロリーグに参入します。それでプロ選手になりました』という流れの選手がほとんどだと思うんですね。ここまで努力してきたから今がある、というのは間違いないと思いますが、アメリカのようにプロを目指してきて契約してもらえました、というのとは少し違うと思うんです」
誰かを責めたいのではない。与えられた環境のなかで何を思い、どう振る舞うべきかを、川澄は問うのだ。
WEリーグ3年目にプレーしている私たちはそういう立場に置かれていると自覚して、日本の女子サッカーはこういうものだよ、自分たちはこうなりたいんですということを、表現していかなきゃいけない。これからにつながるベースを作るのは、今プレーしている人たちです。その責任と覚悟があるかというのは、選手ひとりひとりが絶対に自覚したほうがいいことだと思います」
Jリーグ開幕前夜から開幕直後にかけて、加藤久、木村和司、ラモス瑠偉、水沼貴史といった経験豊富な選手たちが、川澄と同じ思いを口にしていた。日本リーグ時代からこの国のサッカーを支えてきた彼らは、プロリーグを軌道に乗せるために自らに大きな責任と覚悟を課していたのだった。
日々のトレーニングから妥協や打算を排除し、レベルアップを追求する。薄紙を一枚ずつ重ねていくような地味な作業に、価値を見出す。サッカーへの飽くなき姿勢が、「プロとは何か」の答えを示していく。
同時に、川澄は開幕から3シーズン目のWEリーグの未来を「自分事」としてとらえている。今の自分に何ができるのか。あとに続く選手たちのために、何をしなければならないのか。そうしたことをひとりひとりが自問自答し、ピッチの内外を問わずに責任ある行動をしていくことで、女子サッカーが日本社会に必要なものとなっていく。つまりはプロリーグの価値が高まっていく、と考えている。
「プロとは何だ、自分たちの責任は何だというのを知っている選手が少ないままだと、なかなか難しいじゃないですか。『プロだからって、あの人、意識高すぎない?』みたいな空気だと、選手も、チーム、リーグも成長しない。プロとしての自覚をしっかりと持った選手をマジョリティにしていくために、ときには厳しいことを言わなきゃいけないと思うんです」
【「女子サッカーのために」という思い】
アルビことアルビレックス新潟レディースでは、主力として稼働している。38歳の経験者は「足を引きずりながら、どうにかやっています」と笑うが、キャプテンとしてチームを力強く牽引している。
チームは4月29日時点で、3位につけている。WEリーグ1年目は11チーム中8位、2年目は10位に終わったアルビは、過去最高のシーズンを過ごしている。
「8月に合流したとき、すごくいいチームに入れたと感じました。日々の練習から課題に向き合って、ひとつずつ改善していって、ひとりひとりが持っているポテンシャルをピッチ上で表現できているから、の成績とか雰囲気が作り出せているのかなと思います」
「2006年からずっとアルビでプレーしていて、在籍18年目です。男子でもなかなかいないような経歴で、間違いなくクラブのレジェンドじゃないですか。
でも、とっつきにくいとか扱いにくいとかがまったくなくて、若い子からいじられている。そういう扱いを周りにさせるのも才能だと思いますし、そこでいい味を出している彼女がいるのは、このチームの雰囲気のよさにつながっています」
2011年の女子ワールドカップでともに世界一を勝ち取ったなでしこジャパンのメンバーは、川澄、上尾野辺を含めて12人が現役を続けている。同じ思いを、胸に秘めて。
「みんなで集まって話しているわけではないですけど、女子サッカーのために、という思いはすごく強く持っています。それは、みんなの立ち居振る舞いを見ていればわかります。伝えたいと言ったらおこがましいですけれど、何とかピッチに立っているうちに、ね」
川澄の練習への取り組み方は、試合中のあきらめない姿勢は、WEリーグで戦う選手たちに「プロとは何か」を問いかける。彼女が刻む一歩一歩が、日本の女子サッカーの道しるべとなっていくのだ。
(後編につづく)
◆川澄奈穂美・後編>>理事抜擢の理由は「私は思ったことを言っちゃうタイプ」だから
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【profile】
川澄奈穂美(かわすみ・なほみ)
1985年9月23日生まれ、神奈川県大和市出身。地元の林間SCレモンズ→大和シルフィールドを経て日本体育大学に進学し、卒業後の2008年にINAC神戸レオネッサに加入。2011年にはリーグMVPと得点王に輝き、2013年も2度目のMVPを受賞する。2016年にNWSLのシアトル・レインFCに完全移籍し、スカイ・ブルーFC(→NJ/NYゴッサムFC)でもプレーしたのち、2023年7月からアルビレックス新潟レディースに所属。2011年FIFA女子W杯優勝メンバー。日本代表90試合20得点。ポジション=FW。身長157cm、体重51kg。