箱根駅伝 初の総合優勝&三冠ならず 國學院大・前田康弘監督が...の画像はこちら >>

前編:國學院大・前田康弘監督インタビュー

今年の第101回箱根駅伝で総合3位に入った國學院大。出雲駅伝、全日本大学駅伝を制し二冠王者として臨んだだけに、悔しさの強い結果となった。

総合優勝を果たすために必要なものは何なのか? 前田康弘監督が身を持って感じたのは、山区間の選手育成。箱根を制するための定石とも言えるが、問題はそれをどうやって実践していくのか。その具体策を出すべく、箱根終了直後から思考を巡らせている。

【「オセロで言えば......」】

 2024年度の学生三大駅伝は、2勝1敗。それでも、大学長距離界の話題は1敗した青山学院大にほとんど持っていかれたと言っても過言ではない。

 箱根駅伝ですべてがひっくり返る。出雲駅伝、全日本大学駅伝を制した國學院大の前田康弘監督は、苦笑しながら振り返る。

「これが大学駅伝。オセロにたとえれば、ほとんど勝っていたのに、いきなり4つの角を取られて、白が一気に黒に変わってしまったような感じです。

 二冠を達成して箱根を迎える時期がこんな早く来るとは思ってなかったので、いざ自分がその当事者になると、"これなのか"って。わかっていたんですけどね。この悔しさを力に変えないといけない。いまは絶対このままじゃ終わらないぞ、という気持ちでいっぱいですよ」

 今年の第101回箱根駅伝は過去最高タイの総合3位で終えたが、出雲、全日本で3位だった青山学院大に9分28秒差をつけられて完敗。

大会直後のつかの間のオフには、自宅で負けた映像を見返したという。

「いろいろインプットしていました。学生の箱根への情熱、箱根駅伝自体のコンテンツの熱は高まるばかりで、それに呼応するように全体的なレベルも上がり続けています。僕を含めて、ほかの指導者たちも理解していたと思いますが、あらためて、今回はその上がり幅がとんでもなかったなと」

 追い風の気象条件を差し引いても、区間新記録の連発には驚きを隠さなかった。6区で青学大の野村昭夢(4年)がマークした望外の56分台に目を丸くしていると、続く7区では駒澤大の佐藤圭汰(3年)が叩き出した1時間00分43秒に度肝を抜かれる。衝撃だったのは、2区。イェゴン・ビンセント(現・Honda)が東京国際大時代に出した1時間05分49秒のタイムが更新され、しかも3人が想定外の新記録をマークした。

「当時、あのヴィンセントのタイムを日本人選手が超えるなんて、とても想像できなかったですよ。でも、いまの学生たちは、本気でそこを超えるつもりで取り組んでいますからね。選手自身の価値観がすごく変わってきています」

 成長の速度を加速させているのは、シューズの進化だけではない。各指導者の質が上がり、練習メニューも変わってきた。大学、スポンサーの資金面での支援が手厚くなり、ハード面も充実。

寮が整備され、食事面のサポートも万全の体制が整っている。それらすべてがプラスに働いてシード権のボーダーラインが上がり、総合優勝の基準も高くなっているという。

「今後は10時間40分(101回大会は10時間41分19秒の新記録)が一つのハードルになるでしょうね。25年前(76回大会)、私が駒澤大の主将で初優勝したときは11時間03分17秒のタイムで、10時間に迫ると話題になっていたのに......。あのときから、20分くらい縮まっているんですよ、信じられないです」

【山区間の人材育成なくして、総合優勝はない】

 箱根駅伝の閉会式後、恩師である駒澤大の大八木弘明総監督から掛けられた言葉をしみじみと噛みしめる。往路は勝たなきゃ、ダメなんだよ――。

「どんなに進化しても、往路を取ったチームが8割、9割勝つのが箱根駅伝だぞって、端的に言ってくれたのかなと。往路といえば、山上り。5区はどのような状況でも山を上りきる強さを持った選手がいないといけないし、2区で区間賞を取れる人材、他大学に行っても1区、3区、4区を張れる選手がそろわないと、往路優勝はできません」

 言うは易し、行なうは難しである。2011年から通算14度、箱根の戦略を立ててきた指揮官は、痛いほどよくわかっている。山区間で辛酸をなめたのは、一度や二度ではない。前回大会は5区に起用した上原琉翔(現3年)が区間17位、今回も高山豪起(3年)が区間14位。

いずれも起伏に強いタフなランナーを抜擢したが、思うような結果を残せなかった。

國學院がもがくなか、青学大は山を制して箱根を2連覇。今回、若林宏樹は1時間09分11秒と区間記録を更新し、往路優勝のフィニッシュテープを切っている。前田監督はこの厳しい現実から目をそむけることはない。

「5区のレベルも上がり、69分切りがどんどん出てくる時代がすぐそこまで来ています」

 山区間の人材育成なくして、総合優勝はない――。昔から山を制するものは箱根を制すと言われ続けているが、昨今はより重要性が増しているという。前田監督は自らに言い聞かせるように語気を強める。

「平地で一生懸命にトレーニングを積んでタイムを縮めても、山ですべてはじき返されるんだなと、あらためて感じました。今年は山に対して、相当深くやるぞ、という気持ちになっています」

 ただ、適性を見極めるのは一筋縄ではいかない。高校生をスカウトする段階で「山上り用」の選手を見つけることはできないという。

「正直、結果論みたいなところはあります。山のトレーニングをしてみるまではわからないので。

平地の走力が、そのまま上りに生かされるわけでもないんです。根本的に選手のマインドは大事。監督からやらされて、勝てるコースではない。『5区はお前で何とかつなぎたい』と言っているようでは難しいんだと思います。選手本人に意欲、強い意志がないと。『誰が山を走るんだ?』と言っているチームは勝てない。逆に山で抜くくらいの選手をつくらないと、優勝戦線から置いていかれます」

 ずっと頭を悩ませてきたのが人選。上り下りともにトライアルに使える特殊なレースはほとんどなく、模擬トレーニングで山上りの実力を計るしかない。毎年のように志願者はいるものの、適性があるかどうかは別問題。いざ山を上ってみると、予想以上に走れず、断念する選手は珍しくないという。さらに山の練習は脚への負担が大きく、レースを控える選手のコンディションを考慮する必要もあるのだ。

「ダメージを考えれば、何度も山のトレーニングはできないんです。

今年度の話をすれば、全日本大学駅伝の前はリスクがあるので、山のトレーニングはしませんでした。うちは伊勢路で初の日本一を取りたいと思っていたので、そこで主力をひとり、欠くわけにはいかなかった。今後はどこまで踏み込んでやっていくのか。考えれば、考えるほど、山は深すぎます」

 2025年度のシーズンはすでにスタートしているが、國學院は山対策の最適解を見つけたのだろうか――。青山学院大の原晋監督が大会後に話していた『メソッド対決』という言葉にヒントが一つあった。

後編につづく

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