3月6日(現地時間)、レアレ・アレーナ。ヨーロッパリーグ(EL)のラウンド・オブ16、レアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)は本拠地にイングランドの名門マンチェスター・ユナイテッドを迎え、1-1で引き分けた。
「ラ・レアルはオールドトラフォードで夢を見る権利を手にした」(スペイン大手スポーツ紙『アス』)
「ラ・レアルはオールドトラフォードで夢を見る」(スペイン大手スポーツ紙『マルカ』)
見出しはほとんど同じだった。かつての欧州王者に対する敬意を込めながら、オールドトラフォードの別名「夢の劇場」をもじっていた。実力は拮抗し、次の90分もより緊迫したものになるはずだ。
夢の劇場での決戦に向け、ファーストレグの90分を検証した。
ラ・レアルの攻撃を背負った久保建英は、いつものように右アタッカーで先発している。
お馴染みの風景が広がった。モロッコ代表ヌサイル・マズラウィ、デンマーク代表パトリック・ドルグから、ダブルチームに近い状態でマークを受ける。どちらも屈強な選手でタイトなマーキングだったが、久保はボールを失わなかった。間合いで勝っていたからこそ、相手を容易には飛び込ませない。ボールを握り、運ぶ能力で、あらためて非凡さを見せつけた。
もっとも、前半の久保は決定機を作ることができていない。カットインのコースに、常にブラジル代表カゼミーロ、ポルトガル代表ブルーノ・フェルナンデスが待ち構える包囲網が強固だったことはあるだろう。それでも久保は沈黙していない。
前半途中から、縦の突破に切り替える。スモールスペースであっても、まるで切り刻むようにスルスルと滑り込む。ダブルチームの綻びを見つけた時は、果敢に右サイドを駆け上がり、右足でピンポイントのクロス。後半立ち上がりの、ニアに走り込んだミケル・オヤルサバルへのボールはすばらしく、あとひと息でゴールだった。
【尻上がりに調子を上げて...】
一方で総合的なタレント力で勝るマンチェスター・ユナイテッドは、サッカー全体では不具合を感じさせたものの、前線にボールを持ち込み、フィニッシュする得点力が際立っていた。57分、アレハンドロ・ガルナチョがドリブルで侵入、押し下げたバックラインの前を横切るパス。それを右足で合わせたジョシュア・ザークツィーの一撃は脱帽ものだった。
先制を許したが、久保はさらにギアを上げる。マルティン・スビメンディが体調不良で欠場した中盤に下がってボールを受け、あるいは左サイドにも流れ、マンチェスター・ユナイテッドを撹乱。尻上がりにリズムを上げ、ブライス・メンデス、オヤルサバルとの好連係が光った。
そして70分、オヤルサバルからの落としを久保がミドルで打ったあとに得たCKだった。久保がキッカーとして合わせたボールを相手選手がハンド、PKを獲得した。このPKをオヤルサバルが冷静に決め、同点に持ち込んだ。
特筆すべきは、プレースキッカーとしての久保のキックだろう。
シーズン前半はセルヒオ・ゴメスがキッカーに指名されていたが、まったくハマっていなかった。セルヒオ・ゴメスはマンチェスター・シティから獲得しただけに、期待が大きく出場機会も多かったが、ポジションが確定できず、チーム戦術のなかで浮いていた。彼がベンチに座るようになり、久保がキッカーになったことで、ラ・レアルの攻撃は怖さを増した。
「ラ・レアルでもキッカーを任せてもらえるように......」
日本代表戦後、久保はそう語っていたことがあったが、ボールの軌道も鋭く、変幻になっている。久保のキックは、セカンドレグでもひとつの勝負のポイントになるかもしれない。直接のアシストにはならなくても、敵にとってはクリアするのが難しいのだ。
それにしても、久保は豪胆だ。
こうした試合では気持ちが入りすぎ、前半で飛ばし、後半にはパワーダウンするケースが多い。
そのおかげで、80分に久保と交代で入ったシェラルド・ベッカーはアドバンテージを取って右サイドを蹂躙し、決定機を作っている。クラシックな右ウイングが右足アーリークロスでストライカーが合わせるのはバスクサッカーのお家芸で、オーリ・オスカールソンは決めたかったところだ。
セカンドレグも、久保がキーマンになるのは間違いない。ゴール、アシストという目に見えるプレーだけではなく、彼の仕掛けで混乱したディフェンスの間隙をチームとして狙えるか。その点でセットプレーはひとつの可能性になるし、交代選手も重要になるだろう。ラ・レアルがマンチェスター・ユナイテッドのようなビッグクラブを倒すには、総力戦が必要だ。
3月13日、敵地オールドトラフォード。久保が「夢の劇場」に立つ。