北海学園大~躍進の舞台裏(前編)

 埼玉西武ライオンズのファームが使用するCAR3219(カーミニーク)フィールド(埼玉県所沢市)のバックネット裏のスタンドは、平日の昼間にもかかわらず多くの人で埋まっていた。集まったのは熱心な西武ファンだけではない。

NPB、MLBのスカウト、コアなアマチュア野球ファンまで集結していた。

 この日は西武三軍と北海学園大のオープン戦が組まれていた。北海学園大は札幌学生リーグに所属し、昨年は春秋ともリーグ2位だった。そんな北海道の大学が、ドラフト界隈で密かに注目を集めている。

スポーツ推薦、特待生なしでも複数のドラフト候補 北海学園大、...の画像はこちら >>

【大学選手権へのリハーサル】

「地方大学にたまたま3人も4人も有望な選手が重なって、12球団すべてのスカウトの方が見にきてくださっています。社会人、独立リーグの方も含めて、注目してもらえてありがたいです」

 そう語るのは、チームを指揮する島崎圭介監督だ。

 新4年生の工藤泰己、髙谷舟(たかや・しゅう)、木村駿太の3投手、そして内野手の常谷拓輝(つねや・ひろき)の4選手は現時点でプロ志望だという。とくに工藤と髙谷の潜在能力は高く、名門企業チームからも早い段階で声がかかっている。ドラフト上位指名の可能性すらあるだろう。

 今回の関東遠征で、工藤は巨人三軍戦で自己最速の158キロをマーク(トラックマンでの計測)した。髙谷は胃腸炎を発症したため登板を回避したが、シーズン開幕には支障ない見込みだ。

 今回の3泊4日の関東遠征は彼らにとって大きなアピールの舞台であると同時に、6月に大学選手権を戦うためのリハーサルでもある。

「工藤も髙谷もボールの力は上位指名クラスの域にあると感じます。

ただ、いい評価を受けるには『大学選手権でいいピッチングをしないとダメだよ』と言っています」

 そう語る島崎監督は、完全無報酬で北海学園大の監督を務めている。その人生はかなりドラマチックだ。

 1971年に生まれ、北海道の北広島市(当時は札幌郡広島町)で育った。北海高ではエースとして甲子園に出場し、北海学園大ではドラフト候補にも挙がった。NTT北海道では都市対抗に出場している。現役引退後は教員免許を取得し、札幌日大の監督として甲子園出場に導いた。2019年秋から母校の北海学園大の監督を務めている。

 一方で、島崎監督には野球人とは別に「政治家」としての顔がある。かつて事業仕分けによって北広島市の総合運動公園計画が白紙になったことに憤り、政治家を志した。

 2015年に北広島市総合運動公園計画の実行を公約に掲げ、北広島市議会議員選挙に出馬して当選を果たした。市議会議員になった島崎監督は、総合運動公園にプロ球団の二軍を誘致できるような野球場を建てたいと考える。そこで野球界の人脈を駆使して、北海道日本ハムファイターズの球団関係者のもとへヒアリングに向かった。

すると、偶然にも日本ハムは当時本拠地としていた札幌ドームから移転する構想を練っていた。

 関係者の尽力もあって、北広島市は日本ハムの本拠移転先となり、総合運動公園は「エスコンフィールドHOKKAIDO」として生まれ変わった。北広島市の大きな転換点に、島崎監督は感慨深そうに語った。

「私が子どもの頃は、北広島は『寝に帰る町』と言われていたんです。実際にオヤジもオフクロもそうでしたから。でも、エスコンフィールドができて、昨年は420万近い来場者がありました。北海道医療大学の移転も決まって、駅前にはビルができて、飲食店も増えてきました。人の流れが変わってきましたよね」

【スポーツ推薦・特待制度はなし】

 そして、島崎監督は野球に関しても、ある夢を抱いている。

「今年は日米大学選手権が日本で開催されて、エスコンフィールドでも2試合が組まれています。そこで工藤か高谷が日本代表のユニホームを着て投げてくれたら、言うことなしですよね。工藤は落ちる球もあるし、国際大会向きかなと思うんですけど」

 ドラフト候補を多数擁すると言っても、北海学園大の環境は決して恵まれているとは言えない。スポーツ推薦・特待生の制度はない。グラウンドが常時使えるわけではなく、近くの野球場を借りて練習する日もある。

遠征費を稼ぐため、選手たちは11~12月はアルバイトに精を出すのが伝統だ。

 工藤、髙谷、木村の3投手にしても、高校時代は控え投手だった。工藤は北海出身で、エースは木村大成(現・ソフトバンク)、髙谷は札幌日大出身で、エースは前川佳央(現・日本大)、木村は札幌国際情報出身で、エースは平川蓮(現・仙台大)。いずれも錚々たる大看板の陰に隠れる存在だった。

 昨秋までエース格だった木村は、この環境だからこそ成長できたと語る。

「特待制度がないのは弱みかもしれないけど、『受験してでも野球がしたい』と意志を持って大学に来ていることは強みだと感じます。みんなよく練習するし、自分も周りの投手陣に影響を受けて、食生活から変わりました。質の高い生活で、お互いに高め合っていると感じます」

 木村は制球力が高く、実戦での強さが光る左腕だ。課題だった出力面も向上し、今では最速145キロを計測している。希望するプロ入りに向けて、「この春のリーグ戦が勝負です」と語る。

 部員数は4学年で毎年150人ほど。島崎監督は選手が集まる理由として、こんな事情も明かした。

「昔からウチの野球部は二部学生なんです。昼間に練習して、夜に授業を受ける。学費が半額で済むのも、選んでもらえる一因なのかなと感じます」

 学生コーチ、マネージャーなど裏方の学生も意欲的で、札幌学生リーグでは珍しいアナリストも2人いる。なお、北海学園大のアナリストだった加藤拓光さんは、西武のアナリストに採用されている。

 有望選手を多く擁しているといっても、札幌学生リーグを勝ち抜くのは容易ではない。近年、リーグを牽引するのは星槎道都大と東海大札幌キャンパス。さらに昨秋王者の札幌大も侮れず、国立の北海道大には昨秋に連敗を喫した。さらに新興勢力の北海道文教大が今春に1部昇格を果たし、ますます群雄割拠の様相を呈している。

【札幌学生リーグ独自の変則日程】

 そして、このリーグの戦い方を難しくさせているのは、独自の変則日程にあると島崎監督は明かす。

「約1週間で5試合を戦い、10日ほど空けて、また約1週間で5試合を戦わなくてはいけない。どのチームも拮抗していますし、全部を勝ちにいこうとすれば全部負ける可能性もある。かなり特殊なリーグだと思います」

 北海学園大は投手層が厚いだけに、野手陣がカギを握りそうだ。

中心になるのは、遊撃の常谷。島崎監督は「北海道の野手としては今までにないスケール感です」と評する。身長180センチ、体重85キロとたくましい体躯で、スローイングの強さはプロスカウトからも評価を受けている。

 常谷はサイドハンドの投手としてリーグ戦登板もあるほどの「二刀流」である。常谷はこんな実感を語る。

「もともと肩は強いわけではなくて、大学で投手をやりながら工藤や髙谷とフィジカルトレーニングをやっていたら、球速がぐんぐん上がっていったんです」

 札幌静修時代に最速133キロだった球速は、144キロに向上した。ただし、今春は投手を封印して、遊撃一本で臨む予定だという。走攻守のスピードアップという課題を掲げ、プロ入りを目指している。

「紅白戦で工藤や高谷と対戦することも多いので、今は150キロ台のボールも見慣れてきているんです。速い投手に対するアプローチは、チームとしての強みだと感じます」

 それでは、ドラフト上位候補になりうる工藤と髙谷はどんな投手で、どんな内面の持ち主なのか。後編では、北海道の学生野球が育んだ2人の速球派右腕について紹介していこう。

後編につづく>>

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