4月25日、大阪。SVリーグチャンピオンシップ準決勝初戦、サントリーサンバーズ大阪はウルフドッグス名古屋を相手に1、2セットを連取し、3セット目も25-24でマッチポイントを迎えていた。
サンバーズの髙橋藍は直立不動で、腰に手を当てながら水分補給をしていた。表情はいつになく険しかった。ひどく怒っているように見えた。周りの選手が、笑うことで平常心を保とうとする姿とは一線を画していた。
そこで3試合目、ファイナル進出が決まったあと、筆者はミックスゾーンで髙橋にこう仮説をぶつけている。
――1試合目の終盤、3-0で勝つこともできたのにスコアをもつれさせてしまい(結局、この試合はセットカウント2-3で逆転負け)、自分自身に怒っているように見えました。それが恐ろしいまでの集中力につながったように思いますが......。
「(一瞬、考えてから)自分を鼓舞していましたね。準決勝は通過点というか、"ここでベストパフォーマンスを出せないと意味がない"と思っていたので。その点、1戦目はそれが出しきれなかったところもあって、(あの瞬間は)このままでは終われない、って思っていました。
怒りをエネルギーに転換できることこそ、彼の異能だろう。
それは5月3日に幕を開けるジェイテクトSTINGS愛知との決勝戦でも、行方を左右することになりそうだ。「Rabia」
スペイン語で「怒り」を表す言葉は、世界一流のアスリートたちが持つ異能だと言われる。サッカー界のスーパースターであるリオネル・メッシは、「あいつを怒らせるな」と対戦相手が合言葉にするほどだった。怒った時に力が引き出され、変身を遂げたようになることで警戒されていたのだ。
怒りは多くの場合、自らを蝕む毒になる。冷静さを失い、本来のパフォーマンスを出せなくなる。「落ち着け」という言葉は、スポーツ界でひとつの常套句だ。
そんななかで、怒りを飼い慣らし、エネルギーに変換できるのは、圧倒的な異能だ。それは他人に対する暴力的な感情ではない。自負心であり、心に火をつける行為である。怒ることによって自らを発奮させ、集中力を最大限まで高め、ゾーンに入るのだ。
【やるべきことは「まずディフェンス」】
ウルフドッグスとの第2戦、第3戦、髙橋のプレーは鋭気に満ちていた。体内を暴れ回る怒りを飼い慣らし、自分の力に変えているようだった。たとえばバックアタックは勇壮でダイナミックだったし、空中で相手ディフェンスの構造を見極めながら、空いたコースへ打ち分ける芸当は神業的だった。創造力も喚起されたのか、トリッキーな背面ショットも飛び出した。
「サンバーズはディマ(ドミトリー・ムセルスキー)やオレク(アレクサンデル・シリフカ)やAJ(デアルマス・アライン)など得点を取れる選手が多く揃っているので。自分がやるべきことは、まずはディフェンスのところ。それに加えて、パイプ攻撃(前衛をおとりにして後衛の選手がバックアタックを打つ)だとかを要所で混ぜて、チームがほしい1点を取れるようにしたいです」
髙橋はそう言うが、特に3試合目は攻守に八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍だった。アタック決定率は65.4%、サーブレシーブ率は59.6%。POM(プレーヤー・オブ・ザ・マッチ)受賞も当然の数字だ。
「2セット目からギアを上げられたので、スパイク決定率も高い数字は残せた。自分自身、ディフェンスをチームの軸としてやっているし、リベロとふたり、パスで安定感は出せたかなと。(攻撃は)身長が高いわけではないので、パワーだけでは難しく、うまさで戦っていかないといけない。
頭のなかをクリアに集中した状態が、創意工夫を生み出した。その点、彼は"集中力の天才"と言える。実際のところ、1試合目の彼の怒りは、不甲斐ないチームに対してでもおかしくなかった。自身のサーブやサーブレシーブはやや不調だったが、スパイクは24得点でムセルスキーの25得点の次に多く、決定率も66.7%だった。それでも、彼は自分にだけ怒れるのだ。
STINGSとのファイナルでも、その存在はチームの生命線になるだろう。
「(決勝も)我慢しながら集中して、結果として、終盤に1、2点を相手よりも多く取ることができるか。ここまでくれば気持ちの勝負。気後れはせず、でも意識はしすぎず、今以上に強いサンバーズを求めていくことが勝利につながると思います。最後を取りきる集中力が大事で......」
髙橋は次の戦いをすでにイメージしていた。ストレスの高い戦いに適応できる。その"撓(たわ)み"こそが強みだ。
ファイナルの初戦は5月3日/有明アリーナ、2、3戦目は5月4、5日/ららアリーナ東京ベイ。2戦先取方式で初代SVリーグ王者が決まる。