【本格化する「イノウエに勝つため」の指導】
「ナオヤ・イノウエが、現時点でのパウンド・フォー・パウンドだと認めているし、心からリスペクトを払う。ただ、ジュントがベストな状態の彼に勝つことに意味がある。モハメド・アリ、マイク・タイソンなど、時代を築いた名チャンプは、誰も寄せつけないだけの比類なき強さを見せたよな。
ジュントがイノウエを下した時、『衰えていたから』なんて外野に言われたくない。だからこそ、私は早めに両者の対決が実現することを望んでいるんだ」
現地時間5月14日、WBCバンタム級チャンピオン、中谷潤人のコーチ、ルディ・エルナンデスはリトルトーキョーの一角にあるLAボクシングジムで、微笑みながらそう言った。
「すぐにでも、井上尚弥vs中谷潤人戦をやらせたい」という彼の発言がモンスターの耳に入り、WBA/WBC/IBF/WBOスーパーバンタム級チャンピオンは返す刀でXに以下の文を書き込んだ。
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おいおい!!!ルディさん!!!
1年後も全盛期だ
言い訳なんかしない
誰も衰えちゃいないから
まだまだ上の景色を見に行く
以上
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ルディは、こうした井上の反応を楽しんでいるかのようだった。15歳の頃から手塩にかけて育ててきた教え子が、日本ボクシング史上最大の試合に挑もうとしているのだから当然である。
井上が2023年7月25にスティーブン・フルトンを下して122パウンドの世界王座に就いた折、元WBCウエルター級11位のこのトレーナーは、モンスター戦について質問しても、のらりくらりとはぐらかしていた。しかし、この1年間、かなり具体的に「イノウエに勝つためには」という言葉を用いた指導を続けている。
「両選手にとって、ものすごく難しいファイトとなるだろう。ジュントを勝者にするため、コーチとしてできる限りのことをする」

ルディは、そう言いきるようになった。バンタムに上げてから、4連続KO中の愛弟子の成長度に納得しているからだ。
気になる、5月4日に行なわれたラモン・カルデナス戦におけるモンスターの感想も訊ねてみたが、「ナカノ(中野幹士)のコーナーについて忙しかったから、ハイライトしか見ていないんだ。確かにイノウエはダウンを喫した。が、衰えとは感じていない。相変わらず、すばらしいファイターだよ。だからこそ、闘うんだ」という回答だった。
師の言葉を聞いた中谷も語った。
「ルディの愛情と期待が伝わってきますね。素直にうれしいです。また、井上選手も僕との試合を気にかけてくれているんだと、ありがたく感じます」
【中谷が語る次戦の相手・西田の印象と、LAキャンプの手応え】
井上との頂上決戦を控えている中谷だからこそ、来る6月8日のIBF同級王者、西田凌佑との統一戦では勝ち方が問われる。
「西田選手は独特のリズムがあって、器用さを感じます。このキャンプではルディから、『How?』『How?』と何度も訊かれました。『ジュント、どうやって闘う?』『どういう動きをする?』って問いかけられたんです。常に、考えながらやれと。
中谷のチームは、常に最悪のシナリオを描いたうえで作戦を練り上げていく。
「まずは、僕のパンチが当たらないことをイメージして積み上げました。それを前提にしておけば、相手と向かい合った時に困惑しませんから。今回のキャンプでは、自分を客観的に見つめられた点が収穫です。
リングで感情を思いきり出してしまう選手もいますが、相手に自分の状態を晒してしまうのはマイナスです。このところ、感情をコントロールできているなって思うことが増えているんですよ」
中谷のキャンプの特徴は、スパーリングの量と質にある。「ロープを背負った状態から」「徹底的に足でさばけ」「ジャブを多用しろ」「タイミングを考えてやれ」など、ラウンドごとに明確なテーマがある。
ルディは、「ジュントの能力を最大限に発揮するために、いろんなメニューを作っている」と胸を張る。また、このコーチは決してミット打ちをさせない。
「トレーナーが構えた場所にパンチを出すことが、実戦で役立つはずがない。相手は常に動き回るんだ。簡単に当てさせてくれないさ。

キャンプ時のトレーニングでは、師から告げられた課題を黙々とこなす中谷だが、昨今「試合で勝手に体が動く」という経験をしている。無の境地と呼べるのだろうか。15歳でルディと出会った日から、脇目も振らずに食らいつき、30戦全勝23KOで3階級を制した中谷。しかし、まったく満足せず、己のボクシングを高めることに集中する。
「最近、自分がやろうとしているボクシングが出せている実感があるんですよ。それがノックアウトに結びついているのかな」
【西田戦は「今まで積み上げてきたもののぶつかり合いになる」】
西田戦に向けて4月21日よりLAキャンプをスタートしたが、今回の中谷はいつになく、晴れ晴れとした表情を見せる。
「統一戦はずっと望んでいた、自分が求めていた舞台ですから、ひとつの大きなポイントとして注目してもらえるんじゃないかと感じています。思う存分、自分を表現したいという強い気持ちでリングに上がりますよ」
WBCバンタム級タイトル2度目の防衛に成功した直後、中谷は勝利者インタビューで他の3名の同級王者に統一戦を呼びかけた。だが、誰もすぐには乗ってこなかった。それは他のチャンピオンが、自身と中谷の力量差を理解していたからだ。西田が名乗りを上げ、ようやく舞台が整った。
「試合が正式に決まった際の記者会見で、フェイスオフがありましたよね。向かい合った時の表情で、西田選手の本気度というか、覚悟みたいなものを感じました。彼も『人生を見せるぞ』という気持ちでしょう。僕も今まで積み上げてきたものを披露します。そのぶつかり合いになるのかな、と思っています」
井上が対戦相手として興味を示し、名前を挙げたのはあくまでも中谷だ。本人、そして陣営には酷な事実であろうが、西田は見向きもされていない。それはボクシングの本場、アメリカのメディア、ファンも同様だ。話題になっているのは、あくまでも井上尚弥vs中谷潤人である。
中谷は西田に圧勝するだろう。筆者は4ラウンド以内にWBCチャンピオンがIBFの赤いベルトを奪うと見る。
ルディをサポートする、岡辺大介トレーナーも話した。
「西田は、特に怖いものを持った選手ではありませんが、かなりディフェンスを意識してくるでしょう。とはいえ、ジャブの差し合いでアドバンテージを取れなかったら、彼の計算が狂うんじゃないかな。我々がリングをコントロールできますよ。僕はそんな展開を予想しています。まったく侮ってはいませんが、いつもどおり、潤人はやってくれるでしょう」

WBCバンタム級チャンピオンが1カ月のキャンプでこなしたスパーリングは、268ラウンド。一般的な日本人世界王者の倍以上である。西田よりも多いことは間違いない。スタイリッシュに見えるが、中谷は心身ともに頑丈だ。
「もちろん、動きがよくないと感じる日もあります。でも、それも自分です。その時、その時の状況において、どういう闘い方ができるかを考えました。本当に、零コンマ何秒間で自分と会話しながらやってきました」
昇竜の勢いで株を上げ、井上尚弥からも熱い視線を注がれる中谷潤人。