井上尚弥がPFP2位を維持した理由とは 3度目の1位返り咲き...の画像はこちら >>

【被ダウンもKO勝利への高評価は適応力の概念】

 最新のラモン・カルデナス(アメリカ)との激闘のあとも、日本が生んだ最強王者・井上尚弥(大橋)のパウンド・フォー・パウンド(PFP)ランキングでの評価の高さは変わっていない。アメリカで最も権威あるメディアと称される『リングマガジン』のPFPでも2位をキープしている。

 5月4日、ラスベガスのT-モバイルアリーナで行わなれたカルデナス戦の2回、井上は左フックを浴びて不覚のダウンを喫した。

昨年5月、東京ドームでのルイス・ネリ(メキシコ)戦で経験したような、わゆるフラッシュダウンではなく、見えない角度から飛んでくるパンチで確かなダメージを受けたようにも見えた。そんなシーンを思い返し、PFP評価でもマイナスと感じたファンもいたのかもしれない。

 しかし、試合終了直後から始まった、筆者も参加したランキング選定委員の会議でも、井上のランキング降下は話題にすらならなかった。

「イノウエは2位に留まる」。毎週、新しいランキングの叩き台を提出するイギリス人のアンソン・ウェインライト氏がそう記し、その後に反対意見は出なかった。井上のこれまでの実績が評価されたというだけでなく、カルデナス戦で示した適応能力が買われたのだろう。

「(ダウンは)非常に驚きましたけど、冷静に組み立て直すことができました。1ラウンド目を終わって、微妙に距離は調整できたかなと思ったんですけど、2ラウンド目でちょっとズレがあったので、3ラウンド目からは絶対にもらわないようにしました」

 リング上で本人がそう述べていたように、絶対優位と目された試合で"モンスター"がダウンを喫したことは衝撃的ではあったものの、すぐにアジャストし、以降はカルデナスが最も得意とする左フックをほぼ浴びることはなかった。

 その後、最後まで攻め抜いてのKO劇。"セカンドチャンスの国"と称されるアメリカでは、ピンチに陥ったことをマイナスと考えるよりも、そこから盛り返したことをポジティブに捉える風潮が強い(もちろん井上の活躍を好ましく思わない一部の層からはダウンを揶揄する声も出ていたが)。PFPでのランクが変わらなかったのには、そういった背景があったに違いない。

「昨日、一昨日と試合の賛否両論はありますけれども、僕が一番盛り上げることができたんじゃないかと思います」

 井上自身のそんな言葉どおり、同じ週にはサウル・"カネロ"・アルバレス(メキシコ)、ライアン・ガルシア、デビン・ヘイニー(ともにアメリカ)といったビッグネームたちが退屈な試合を連発していた。

現代ボクシングのエンターテイメント性に疑問が呈される結果になり、期せずしてこの週末の大トリに登場した井上に大きな期待が課せられる流れになった。

 そこで豪快な試合を見せたことで、"モンスター"の闘争心、攻撃的な姿勢、タフな相手をフィニッシュする力強さが改めて特筆される結果になっている。ボクサーとしての本質的な部分でアピールできたのだとすれば、PFPの評価が下がらなかったのも当然ではある。

【ウシクはじめPFP上位常連たちの今後の展望】

 今後、PFPランキングに焦点を当てると、日本のファンの注目は井上が1位に復帰する可能性に絞られるのではないだろうか。

 井上は2022年6月に行なわれたノニト・ドネア(フィリピン)との再戦後、2024年5月のネリ戦後に2度にわたって同ランキングの1位に浮上。"全階級を通じて最高のボクサー"として認められる初の日本人選手になった。ところが、その2度とも、直後に世界クルーザー級&ヘビー級の2階級4団体統一制覇王者オレクサンデル・ウシク(ウクライナ/23戦全勝14KO)がすばらしいパフォーマンスを見せ、井上を抜いて1位に浮上。井上はPFP1位としては短命に終わっている。

 ただ、近い将来、井上がNo.1に戻っても不思議はない。7月19日、英国ウェンブリーで行なわれる世界ヘビー級4団体統一戦が最初のカギとなる。ここでWBA、WBC、WBO王者のウシクがIBF王者ダニエル・デュボア(イギリス)に敗れるようなことがあれば、押し出されるような形で"モンスター"が再浮上するだろう。

 ウシクは191cmという現代ヘビー級選手としては小柄な体躯ながら、ほとんどの試合を敵地で行ない、より大柄なボクサーを相手に勝ち続けている。

その偉大さに、疑問の余地はない。そんなウクライナの拳豪も38歳となり、そろそろ衰えが見えても不思議ではない。デュボアには2023年8月の初対決で9回KO勝ちを収めているが、以降、英国人は3連勝と好調。27歳と年齢的にも今が旬のデュボアは前戦ではアンソニー・ジョシュア(英国)を5回KOで下す殊勲の星を挙げており、ウシクとの再戦にも自信を持って臨んでくるはずだ。

 また、現時点でウシク、井上の背後の3位につける4階級制覇王者テレンス・クロフォード(アメリカ)も近々「冒険マッチ」を予定している。

 スーパーライト級からスーパーウェルター級までを制したクロフォードは9月、さらに2階級を上げてスーパーミドル級の4団体統一王者であるカネロへの挑戦が内定。41戦全勝(31KO)の成績を積み上げてきた黒人王者は、ここで久々に"不利"の予想でリングに立つことになりそうだ。

 クロフォードの技術、スピード、身体の強さは健在なこと、最近のカネロは絶好調には見えないことなどから、"クロフォードには十分に勝機がある"と見るメディア、関係者は少なからず存在する。ただ、クロフォードの方も昨年8月、スーパーウェルター級での初戦ではWBA同級王者イスラエル・マドリモフ(ウズベキスタン)に少々苦戦した。その試合後、また1年以上も試合から遠ざかり、37歳にして、さらにふたつも上の階級で実績ある王者に勝ち切るのは容易なことではないはずである。

 もちろん井上自身が9月のWBA世界スーパーバンタム級暫定王者ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)戦に好内容で勝つのが絶対条件。それを成し得たとすれば、トップ3のライバルたちの戦い次第で"モンスター"がPFP1位に戻る可能性は存在する。

それどころか、32歳にしてついに長期政権を開始しても驚くべきではないのかもしれない。

 まずは7月19日、ウシクの最新試合が楽しみだ。その後、それぞれ強豪との対戦に臨む井上、クロフォードの出来いかんでまたランキングは変動しかねない。これらの名王者たちが直接戦うことはもちろんないにしても、世界最高のボクサーたちのパフォーマンスを比較しながら楽しめることも、現代のボクシングファンの喜びのひとつであり続けることは間違いない。

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