西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第51回 ロメル・ルカク

 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。

 セリエAでナポリが優勝。その背景にロメル・ルカクの活躍がありました。特徴のハッキリした良し悪しのある巨漢FWを、チームはどのように機能させたのでしょうか?

ナポリのセリエA優勝の背景に動かない「古のストライカー」 ロ...の画像はこちら >>

【古のストライカー】

 セリエAは最終節でナポリの優勝が決まった。

 ホームにカリアリを迎えたナポリは、42分にスコット・マクトミネイのジャンピングボレーで先制。12ゴール6アシストでリーグ最優秀選手となったスコットランド人の鮮やかなシュートだった。

 そして51分にはロメル・ルカクが勝負を決定づける2点目。この瞬間、優勝を確信した選手たちがいっせいにベンチから飛び出していた。

 ルカクは今季のキーマンだった。アントニオ・コンテ監督にとってはインテル時代にスクデットを制した時のエースストライカーで、固い信頼で結ばれた師弟である。ただ、32歳のルカクにビクター・オシムヘン(ガラタサライ)の穴を埋められるかという疑問はあった。

 オシムヘンは2022-23シーズンにリーグ優勝した時のエース。この時は33年ぶりの快挙だった。フビチャ・クバラツヘリアとともに攻撃を牽引した絶対的な存在だったのだが、今季はトルコのガラタサライへ貸し出されている。

オシムヘンはメガクラブへの移籍を希望していたが話がまとまらず、かといってナポリでプレーするつもりもなかったのでローンという形になったようだ。

 アンデルレヒトからチェルシーへの移籍から始まって、マンチェスター・ユナイテッド、インテル、ローマなど名門クラブでプレーしてきたルカクだが、ちょっと使い方が難しいストライカーでもある。

 190㎝、103㎏の巨体を利した迫力抜群のプレーは対戦相手には脅威。地上戦も空中戦も強い。通算250得点を超える経験値もある。ただ、現代サッカーではかなり古いタイプのセンターフォワード(CF)になってしまった感もあるのだ。

 かつて英国ではCFといえば戦車のようなパワフルな選手が主流だった。1927-28シーズンに60ゴールの金字塔を打ち立てたディキシー・ディーンはその最高峰。エバートンで433試合383ゴールという、とてつもないゴールゲッターだった。南米や欧州の大陸側には技巧派のCFはすでにいたが、1920年代に代表チームとして敵なしだったイングランドの正統派CFといえば頑健でパワフルなタイプであり、その伝統は現在にも引き継がれてはいる。

 ルカクが登場した時、古(いにしえ)のCFがタイムスリップして現われたようだった。当時すでに珍しい部類になっていた。

現在はより希少だ。問題は機動力のなさである。

【コンタクトの強さを最大限に生かす】

 パワーが武器のルカクは最前線にポジションをとる。プレーの特性上、相手センターバック(CB)と至近距離に居続ける。前線に張りついて動かないから攻撃の流動性が生まれにくい。それ以上の問題は守備面での貢献の低さだ。リオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウドも同じだが、守備時には実質10人で戦わなければならない難しさがある。

 しかし、コンテ監督は予想されるマイナス面を承知のうえでルカクを起用したはずで、ルカクはその期待に応えた。チームの最多得点者となりオシムヘンの穴を埋めた。

 優勝を決めたカリアリ戦、ルカクの2点目はルカクでなければ決められないようなゴールだった。

 ナポリ陣内のゴールライン際から蹴りだしたクリアボールを拾ったルカクは、最初の競り合いで相手DFを半身でブロックしてボールを確保。右肩を相手の左肩に当てたままDFの動きを止めてしまっている。落下してきたボールは大きくバウンドしていて、ルカクもDFもすぐに触れていない。

結局、ルカクとの押し合いに負けたDFがやや弾かれるような形で距離をとられている。

 ルカクはボールを早くコントロールしようとしていない。ボールよりも相手で、相手に触らせなければボールは自分のものになる。そういう駆け引きなのだ。だから、ルカクはあまりボールを気にしておらず、相手が先にボールへ触れないように体を止めることに専念している。

 CFがボールを受ける場合、背後の相手とボールを扱うことの2つを同時にやる難しさがあるわけだが、ルカクはボールを放っておいて相手との格闘を優先していて、ここを制してしまえばボールコントロールの困難さもなくなるというやり方である。

 この後も圧巻。中央から左へ少し流れる感じでドリブルするルカク。後方から戻って来た相手と、最初に競り合ったDFの2人を誘うように斜行しておいて、寄せてきたDFを切り返しでかわしてゴールへの最短距離をとる。さらに追いすがる相手を右手で制してシュートを決めた。

 ゴールの過程では微妙にボールタッチをミスしているのだが、とにかく相手を寄せつけないので関係がない。ボールに足が届く範囲に相手を入れない。

左利きのルカクが左足の前にボールを置き、相手の体の前に右手が入ったら、もうそこから相手は一歩も近づけないのだ。

 この腕力と体の幅があるから、できるだけゴールに近い位置から動かない。CBが至近距離にいても、右手1本入ってしまえば強引に反転しながらシュートを打つ体勢を作れてしまうからだ。空中戦でも体をうまく使って自分の空間を確保していて、コンタクトの強さを最大限に生かしている。

【極端に動かないCFと極端に動き続ける9人】

 味方はこの独特のプレースタイルを理解しなければならないが、それ以上にルカクの守備をカバーする必要がある。その点、ナポリは守備力に優れた選手が揃っていた。ルカク以外のメンバーの稼働範囲がとても広い。

 右サイドハーフのマッテオ・ポリターノは右サイドの攻守を一手に引き受ける。サイドの守備をポリターノに任せられる右サイドバック(SB)ジョバンニ・ディ・ロレンツォは偽SBというよりMFとして縦横に動く。左SBレオナルド・スピナッツォーラは攻撃時には左ウイングと化す。マクトミネイも左から中央へ、ルカクとFWを組むジャコモ・ラスパドーリは攻守に足を止めない。

 ルカクの周囲を回る衛星のように、ルカク以外の選手たちが広範囲にダイナミックかつ複雑に動き続ける。

流動性の高いチームにありがちな、肝心なゴール前に人がいないという弱点もない。ルカクは常にそこにいるからだ。極端に動かないCFと極端に動き続ける9人のフィールドプレーヤーという組み合わせは補完関係になっていて、ギリギリでありながら絶妙のバランスだった。

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