井上浩樹インタビュー 前編
5月4日(日本時間5日)、ラスベガス・T‐モバイル・アリーナで行なわれた世界スーパーバンタム級4団体統一王者・井上尚弥の防衛戦。挑戦者のWBA1位ラモン・カルデナス(アメリカ)にまさかのダウンを喫しながらも、尚弥は前に出続けて8回TKO勝利を掴んだ。
衝撃的な2ラウンドのダウン、そこからの怒涛の攻め。尚弥のKOへのこだわりとボクシング哲学とは――。尚弥のいとこで、元WBOアジアパシフィック・スーパーライト級王者の井上浩樹に聞いた。
【カルデナス戦の前の井上尚弥の様子は?】
――ラスベガスには何日前に入られたんですか?
「4月23日です。12日くらい前ですかね」
――浩樹選手にとっても4年ぶりのラスベガス(2020年の10月、井上尚弥vs.ジェイソン・モロニー/オーストラリアに同行)、前回はコロナ禍でしたが、雰囲気は違いましたか?
「全然違いましたね。会場の熱気がすごかったです」
――尚弥選手は、試合前の会見や取材などが普段より多かった印象です。近くで見ていて、いかがでしたか?
「そうですね、イベントなども多かったですが、本人は『こういう舞台では当然のことだから』という感じで受け止めていたと思います」
――前回から4年が経って、現地での尚弥選手への期待や評価の高まりを感じましたか?
「それはすごく感じましたね。ちょっとスーパーに買い出しに行っただけでも、現地の方に声をかけられたりして。あらためて『うわ、こんなに注目されてるんだ』と驚きました」
――浩樹選手の現地での役割は、練習のサポートなどですか?
「そうですね。アップを一緒にやったり、マススパーみたいなことをしたり。いつもどおり(尚弥の弟の)拓真と3人で練習する感じでした」
――ラスベガスでの試合を前に、尚弥選手に何か違いを感じましたか?
「気負いは少しあったかもしれませんね。入場前あたりから、『少し表情が硬いかな』と感じました。あと、進行の段取りが聞いていた予定と少し違っていたりして、少し戸惑う部分もあったと思います。
【まさかのダウンに驚くも、「大丈夫だな」と思った理由】
――カルデナス選手にとっては千載一遇のチャンスだったと思いますが、開き直りのような心境だったのでしょうか。
「そうですね。彼は『失うものが何もない』という気持ちだったと思います。だからこその余裕が見えた感じがしました」
――やはり4団体の王者で、PFP(パウンド・フォー・パウンド)の上位に名を連ねる尚弥選手との一戦となると、相手にとっては特別な意味を持つ試合になりますからね。
「これまでの相手は、ディフェンシブになる選手が多かったと思います。『倒されずに判定までいければ御の字』みたいな。ただ、カルデナスは勇敢でクレバーでした。作戦どおりに戦った印象です」
――カルデナス選手の作戦とは?
「尚弥さんの打ち終わりに合わせる、という作戦だったと思うんですけど、こちらがヒヤッとするような場面が多かった印象です。それから、カルデナスのジャブがよかった。序盤だけではありましたが、スピードがあって当たっていましたし、しっかり準備してきたことが伝わってきました」
――2ラウンドのダウンシーン、尚弥選手の左フックをカルデナス選手がダッキングで外にかわして、沈んだところから左フックをヒットさせました。あの瞬間の心境は?
「僕らは、ちょうど尚弥さんの背中側から見ていたので、かなり驚きました。
でも、膝立ちしている様子を見て『大丈夫だな』と。もし完全に効いていたら、あの場面で膝立ちすることはできなかったはず。試合が再開したあと、すぐにラウンドが終わったのもよかったですね」
【攻めの姿勢を崩さなかったモンスター】
――尚弥選手にとって人生初のダウンとなったルイス・ネリ戦(2024年5月・東京ドーム)の時よりも、今回のほうがダメージがあるように見えました。
「ネリ戦の時は尚弥さんも打ちにいっていて、その動きと相手のパンチの方向が同じだったので、ネリのパンチの威力がうまく逃げたように見えました。でも今回は、正面からまともにもらってしまった印象でしたね」
――2ラウンド終了後、インターバルでセコンドからはどんな指示が出ていたのかわかりますか?
「セコンドからちょっと離れていたので、何を話していたかはわからなかったんですが......おそらくは『集中しろ』といった声が飛んでいたと思います」
――下馬評やスポーツベットの倍率では大差がついていましたが、あのダウンで一気に流れが変わりました。
「正直、ああいう展開になるとは思っていなかったです。でも、そのあとの尚弥さんのリカバリー力というか、まったく攻めの姿勢を崩さなかったところは本当にすごかった。
僕らはずっと、『無理して打たないでくれ!』『ちゃんと足を使ってポイントを取ってくれ!』って、叫んでたんですけどね。本人はそれを全然聞く様子もなく(笑)、自分のスタイルを貫いていました。あれをやれるからこそ、PFP上位の選手なんだな、今の地位があるんだなと、あらためて実感しました」
――3ラウンドは回復を図るラウンドとしてもいいところでしたが、尚弥選手はガンガン打ちにいきましたね。
「普通だったら、一度引いて立て直す選択肢もあると思うんですけど、逆に勝負をかけました。その判断がすごかった。逆に引いてしまえば、カルデナスが出てくると思っていたんでしょう。プライドもあったでしょうし、『ここは引いたらダメだ』と本能的に悟ったのかもしれません。そのあたりの勝負勘はピカイチですよね」
――尚弥選手のファイターとしての感覚や本能がそうさせたと。
「本人のなかで『これだ』というものがあるんでしょうね。だから、僕らが何か言っても、あまり変わらないと思います(笑)。とにかく、"勝負師"の顔が見えた試合でした」
(中編:井上尚弥の衰えは「まったく感じない」 いとこの浩樹は9月のアフマダリエフ戦のポイントを「スピード」と分析>>)
【プロフィール】
■井上浩樹(いのうえ・こうき)
1992年5月11日生まれ、神奈川県座間市出身。身長178cm。いとこの井上尚弥・拓真と共に、2人の父である真吾さんの指導で小3からボクシングを始める。アマチュア戦績は130戦112勝(60KO)18敗で通算5冠。2015年12月に大橋ジムでプロデビュー。
20 戦 18 勝 ( 15 KO ) 2 敗。左ボクサーファイター。アニメやゲームが好きで、自他ともに認める「オタクボクサー」。