6月14日(現地時間)。クラブワールドカップが始まった。
すべては2016年12月、ジャンニ・インファンティーノがFIFAの会長に就任した時から始まった。「大きなクラブワールドカップをやろう」と、彼は提案した。
そのアイデアはごく単純だった。世界中からもっと多くのクラブを招き、もっと多くの試合を行ない、もっと多くのスポンサーを集める。それまでのトーナメントとは違う、世界的なサッカーの祭典にするという構想だ。南米と欧州の王者同士がぶつかったトヨタカップでも、8クラブが参加する旧来のクラブワールドカップでもない。ワールドカップのクラブチーム版だ。
世界最高のクラブトーナメントといえば、UEFAが主催するチャンピオンズリーグがあり、その権威は不動の地位を保っている。放映権収入も巨大で、そのレベルは他の追随を許さない。FIFAはそれが面白くない。
2019年3月には、24クラブが参加する大会として具体的な計画が進み始めたが、コロナの蔓延によりすべてが停止された。そして2022年12月16日、カタールワールドカップの決勝戦を前に、インファンティーノは「2025年6月、32クラブによるクラブワールドカップをアメリカの12都市で開催する」と発表した。
しかし、UEFAや欧州のビッグクラブは猛反対した。「選手たちはすでに過密日程でプレーしている。彼らの健康が危険にさらされる」
その主張は正しかった。クラブワールドカップを戦うクラブの選手たちの間では、すでに複数の負傷者が出ている。今シーズン圧倒的な強さでプレミアリーグを制したリバプールはクラブワールドカップに出場しないが、監督のアルネ・スロットは「別にかまわない」という態度でこう語った。
「選手たちは過酷なシーズンのあと1週間しか休めず、すぐ次の大会があり、そしてまた1週間の休みのあとに新シーズンが始まるという流れは、とても健全とは言えない」
【国外からのサポーターは期待できず】
選手の権利を守る国際プロサッカー選手会(FIFPRO)も黙っていなかった。クラブワールドカップの規模の拡大や開催時期の変更は「選手に対する重大な負担」であるとして非難した。
すでにヨーロッパの主要リーグはオフシーズンに入っているが、世界にはリーグ戦真っ最中の国もある。そういう国では試合日程を変えたり、主力が不在のなかで試合を行なったりしなければならない。
政治的な問題もあった。クラブチームはFIFAではなく、各国のリーグによって管理されている。FIFAは代表チームを統括する機関ではあるが、クラブを統括する組織ではない。つまりFIFAはクラブワールドカップを開くことで、クラブチームをも自分たちの権力下に置こうとしたのだ。これも大きな対立の原因となった。
それでも最終的には、大会は開催されることになった。なぜか。
クラブワールドカップにはコカ・コーラ、Visa、アディダス、DAZN、カタール航空、Amazon、Netflixといった巨大スポンサーが次々と名を連ねる。スポンサーが増えれば、当然、予算も増える。
その結果、賞金総額は10億ドル(約1450億円)以上というとてつもない規模になり、優勝クラブには1億2500万ドル(約180億円)という、前例のない金額が与えられることとなった。それだけではない。出場するだけでも、各クラブには955万ドル(約14億円)が支払われる。
だが、問題はいまだ山積みだ。そのうち最大のものが、大会を前に明らかになった。国外からサポーターがほとんど来ないのだ。
その要因のひとつがアメリカへの入国だ。ビザ取得が困難で、手続きに長い時間と高い費用がかかる。多くのファンが渡米を断念した。チケットの価格も高すぎた。140~300ドル(約2万~4万4000円)といった値段が設定され、一般のサッカーファンには手が出ない価格となっていた。もちろん、アメリカの物価の高さもネックだ。多くの国のサポーターにとって、アメリカはホテルも食事もあまりにも高すぎる。
【リバプールもバルセロナも出場しない】
政治的な状況も問題を複雑にしていた。
現在のアメリカでは移民政策を巡る抗議や緊張が続いており、絶対に安全とは言い難い。
そして猛暑。私がいるシアトルは涼しいが、多くの都市では気温がすでに30度を超しており、これは観客のみならず選手にとっても深刻な問題となる。パフォーマンスにも大きな影響を与えることだろう。
その結果、多くの試合ではチケットが売れず、このままだとガラガラのスタジアムで試合をすることになる。情熱あふれる雰囲気など望めない。
そのほかにも課題はある。たとえばピッチの状態。2024年にアメリカで行なわれたコパ・アメリカでも問題視されたが、今回も多くの選手と監督が不満を表明している。インテル・マイアミの監督であるハビエル・マスチェラーノは、ピッチの質の悪さを指摘している。
参加チームを巡ってもひと悶着あった。
これにより「どのクラブがレオンの代わりに出場するか」の争いが勃発した。最終的にはCONCACAF(北中米カリブ海サッカー連盟)チャンピオンズリーグでレオンに次ぐ準優勝チームのロサンゼルスFCがプレーオフを経て出場権を得た。ただしこの決定には「実力だけがすべてではないのか?」という声が上がった。
そもそも出場32チームを決める方法もパッとしなかった。FIFAは「過去4年間の成績に基づいて出場クラブを選ぶ」としたが、その結果、今シーズン各国で優勝したリバプールもバルセロナもナポリも出場しない。これが、クラブワールドカップの標榜する"世界一"の信頼度を霞ませ、UEFAが主催するチャンピオンズリーグの権威の影に隠れてしまった感がある。
【ロナウド出場を画策も失敗】
さらに、インテル・マイアミが「特例」によって出場を果たしたことも批判を呼んでいる。
本来、MLSの王者はロサンゼルス・ギャラクシーだった。しかし、インテル・マイアミが昨シーズン、レギュラーシーズンで1位だったという理由で出場が認められてしまった。そしてその発表は、インファンティーノ会長自身がマイアミのピッチ上で祝福しながら行なわれた。
その背景には、リオネル・メッシの存在がある。メッシが加入してから、インテル・マイアミは世界的なブランドになった。メッシがいれば大会の目玉になる。客を呼べる。その影響力をFIFAは最大限に利用しようとした。
実はFIFAは、メッシだけでなく、クリスティアーノ・ロナウドもこの大会に参加させようとしていた。ロナウドが所属するアル・ナスルは大会参加条件に合致しなかったが、インファンティーノ会長は常々「アル・ナスルが出場できなかったとしても、クラブワールドカップのために作られた特別移籍期間を利用すればロナウドの参加は可能だ」と語っていた。
これは、FIFAが新設した特別な移籍ウィンドウのことで、本格的な夏の移籍市場が開く前に、6月初旬の10日間だけ移籍を認める期間を設けたのだ。ここでロナウドが参加資格を持つどこかのチームに移籍すれば、彼はめでたくクラブワールドカップに出場することができる。メッシ対ロナウドの対決も夢ではない。しかしロナウドは参加を否定し、アル・ナスルとの契約を延長した。
FIFAはこうした批判の数々にはもう慣れっこになっている。だが今、彼らは最大の敵に直面している。それは人々の「無関心」だ。
私がいるシアトルでは、ワールドカップのような空気はどこにも感じられない。チケットはいまだに売れないようで、試合直前になってどんどん値が下がっている。開幕戦のインテル・マイアミ対アル・アハリ戦の最安値のチケットは、昨年12月の時点では349ドル(約5万円)だったが、それは77ドル(約1万1000円)にまで下がったという。それでも開幕戦には空席があった。メッシがいたにもかかわらず......。
とはいえ、大会は始まった。
「クラブワールドカップで、世界最高のクラブが決まる」とは、インファンティーノ会長がよく口にする言葉だ。だが、大会が「より大きくなった」ことは「よりよくなった」ことを意味するのだろうか。
FIFAはすでに莫大な利益を得ている。スポンサーから巨額の資金を得て、海外からの投資も集まり、さらにトランプ大統領の支持まである。しかし、そのすべてが単なる「壮大なショー」に過ぎないものとなるリスクがある。つまり、心のない、金儲けのためだけの大会になるかもしれないということだ。
32クラブが世界最強の国家・アメリカに集い、開幕のホイッスルが鳴らされた。カウントダウンは終わり、答えを出す時が来た。