山の頂(いただき)のほうから黒い雲が降りてきたかと思えば、あっという間に雨になった。

 いや、落ちてきたのは雨ではなく、氷の塊。

季節外れの雹(ひょう)だ。

 6月のレッドブルリンクには快晴の真っ青な空から強い陽射しが降り注ぎ、気温が30度を超えようかという夏の陽気だった。この気候の変わりようが、標高700メートルの山の斜面に位置するレッドブルリンクの特徴だ。

【F1】角田裕毅はマシンの限界ギリギリを模索中 レッドブル代...の画像はこちら >>
「レッドブルリンクのホームレースにレッドブルドライバーとして臨むのは、いつも特別な気持ちになります。ガレージから出て行くたびに、特別な声援が聞こえますから」

 そう語る角田は、今年はレッドブルファミリーのドライバーではなく、正真正銘のレッドブルレーシングのドライバーとしてチームの地元レースに臨むことになる。当然ながらレッドブルの本社からも多くの関係者やゲストが訪れ、プレッシャーもかかる状況だ。

「今週末はコンシステンシー(安定性)が重要で、すべてのセッションでマシンの性能をすべて引き出すことが重要だと思っています。

 過去数戦はトリッキーなレースが続きましたけど、今回は予選でこれまでよりも上位のグリッドを掴み獲りたいと強く思っています。いい位置でレースをするためには土曜日(予選)がカギになりますので、予選でパフォーマンスを引き出しきるために全力を尽くしてきました」

 カギとなるのは、前戦カナダGPでトライした新たなアプローチ。

 シミュレーターの段階から、マックス・フェルスタッペンのデータに触れることなく自分でイニシャルセットアップ(初期設定)を構築し、自分のドライビングスタイルに合ったマシンでレース週末に臨む。

 カナダでは新型フロアの投入が土曜からになってしまったこと、その習熟ができる唯一のチャンスであるFP3でトラブルに見舞われ、ほぼぶっつけ本番の予選になってしまったことで、予選は11位と本領発揮はならなかった。

【フェルスタッペンと好みは似ている】

 だが、確実に手応えはつかんでいたと、角田は言う。

「FP3から新型フロアを投入したんですけど、セッションが(トラブルなどで)とっ散らかってしまったこともあって、フロアのことを学んだりセットアップを調整したりという時間がなかった。

それを考えれば、Q2(予選11位)というのは悪い結果ではなかったと思います。

 もちろんもっと上に行きたかったですけど、トライしたことはうまくいったと思います。間違いなく、それ以前よりもよくなっていました」

 そうは言うものの、フェルスタッペンの走りを参考にしていないとか、過剰に自信を持ちすぎているというわけではない。

 角田とフェルスタッペンのドライビングスタイルや好みは似ており、データをコピーするまでもなく、自然と同じ方向に向かうことも少なくないという。しかし、最初からフェルスタッペンのセットアップとドライビングをコピーして合わせこんでいくのではなく、自分にとってナチュラルで気持ちよく走れるマシンとドライビングを追求していくことにこそ、RB21攻略のカギがあると角田は見ているのだ。

 少なくとも、そういったアプローチを採ることができたドライバーは過去にいなかった──。クリスチャン・ホーナー代表がそう語ったように、角田のセットアップ能力や適応力は高いというのがチームからの評価だ。

「マックスのセットアップは参考にしないで、シミュレーターでいろいろと学んだうえで、自分なりのセットアップを仕上げてレース週末に臨んでいます。マシンに関するフィードバックや走らせ方はデータを見ても似ていますし、僕たちのドライビングや好みは似ているので、レース週末のなかで自然と同じ方向になることも少なくありません。

 僕が聞いているかぎりでは、これまでのドライバーたちはすべて完全に(フェルスタッペンと)同じセットアップで走っていたらしいんです。クリスチャンが『これまでのドライバーたちと違うアプローチ』と言ったのは、そういうことだと思います」

【手法を学ぶフェーズは終わった】

 予選でマシンの性能を最大限に引き出そうとする際に課題となるのは、マシンを信頼して限界ギリギリまでプッシュできるかどうか。

「違いというのは、予選で最後のコンマ数秒を引き出す時の詰め方の部分だけなんです。

そこはマシンに対する理解度や、いかに自信を持ってドライブできるかにかかっています」

 燃料を極限まで削り、パワーユニットのモードをフルパワーまで引き上げたマシンで走ることができるのは予選だけ。その領域でのほんのわずかな差がすべてのコーナーで少しずつ積み重なってコンマ数秒の差になるのが、マックス・フェルスタッペンのドライビングであり、そのコンマ数秒の差でポジションが5個も10個も違ってきてしまうのが今のF1だ。

「マックスは常に、どんなスピードでコーナーに飛び込んでいってマシンをどう扱えばいいかわかっています。僕はそこが最後のほんの少し、どこまで攻められるかがまだ把握しきれていないわけです。

 たとえば190km/hで走るコーナーでも、190.6km/hとか190.8km/hとか、ほんの少し速い車速で飛び込むだけで、マシンの挙動が違ってくるんです。そういう小さな差がすべてのコーナーで積み重なっていく」

 RB21に合ったセットアップの方向性や手法を学んでいくフェーズは、すでに終わった。ここからは、そういった一つひとつのコーナーでの、ほんのわずかな差を少しずつ詰めていって積み重ねていき、1周トータルで0.1秒でも0.05秒でもラップタイムを縮めることだ。

 それを、角田は自分に合ったマシンで成し遂げようとしている。

 今週末は完全にではないものの、フェルスタッペンとほぼ同じ仕様のマシンで走ることができる。少なくともレース週末を通してひとつの仕様で走ることができるはずだ。FP1から予選までに小さなビルドアップを重ねていき、Q3でいかに限界まで近づけるかという勝負を始めていかなければならない。

 もちろん、今週末にすぐさまフェルスタッペンと同じ限界を引き出せると考えるべきではない。

一歩ずつ、一歩ずつ、その限界に近づくためのスタート地点に立っただけだ。

 木曜に雹が降るような荒天に見舞われたせいか、幸いにして金曜日以降は安定した暑さが続く予報になっている。まずはオーストリアGPの土曜日に、その一歩目がどれだけのものなのか、見せてもらおうではないか。

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