西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第56回 アルダ・ギュレル

 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。

 シャビ・アロンソ新監督就任で注目されるレアル・マドリードで、20歳のアルダ・ギュレルがキーマンになりそうです。クラブワールドカップでの戦いから新監督の戦術と選手起用を予想します。

【レバークーゼン方式の是非】

 レアル・マドリードの新監督にシャビ・アロンソが就任。クラブワールドカップではレバークーゼン時代の3-4-2-1システムも使っている。新シーズンもレバークーゼン方式なのか、違うシステムにするのかはわからないが、今のところレバークーゼン方式に合っている選手と合っていない選手がいるように思う。

レアル・マドリードのシャビ・アロンソ新監督はどう戦う? キー...の画像はこちら >>
 合っているのはディーン・ハイセン、アルダ・ギュレル、ゴンサロ・ガルシア。合っていないのはトレント・アレクサンダー=アーノルド、ヴィニシウス・ジュニオール。他の選手は合っているともいないとも言えない感じだ。

 左のシャドーで起用されたヴィニシウスは、左タッチライン際でのドリブルが持ち味。1つ中にポジションを移動しても結局のところ左に開くことが多く、余分な移動が増えてしまっていた。アレクサンダー=アーノルドは右のウイングバックだが、パスを受けた時点で前方に味方がいないので相手のウイングバックに直接マークされる形になり、持ち味であるロングパスを繰り出す時間とスペースの余裕がなかった。

 ヴィニシウスはチームのエース格であり、アレクサンダー=アーノルドは今季補強の目玉とも言える選手だ。このふたりが不自由な状態のままレバークーゼン方式を推し進めるとは考えにくい。

システムを変えるか、やるにしても何らかのマイナーチェンジが必要になると思われる。

 一方、新加入のセンターバック、ハイセンは何の問題もなくレバークーゼン方式に順応した。197㎝の長身でボール扱いとフィードに優れ、新体制で守備の中心になれそうな実力を見せている。クラブW杯ラウンド16のユベントス戦で、3バックのセンターに起用されたオーレリアン・チュアメニもフィットしていた。

 フェデリコ・バルベルデ、ジュード・ベリンガムに関しては、もともと万能なのでどんなシステムにも順応できるが、レバークーゼン方式がベストかどうかはまだ判然としない。

 おそらく最もフィットしていたのがギュレルだった。

 昨季、レアル・マドリードに加入。カルロ・アンチェロッティ監督は右のサイドハーフとして起用していたが、シャビ・アロンソ新監督下でボランチに移動している。この新しいポジションでのギュレルはビルドアップを安定させながら、縦への推進力を生むパス、逆サイドへの展開など、攻撃のタクトを握っていた。

【新生レアル・マドリードで価値を高めたギュレル】

 トルコ代表の20歳。左利きで、フェネルバフチェ時代は「トルコのメッシ」あるいは「トルコのメスト・エジル」と呼ばれていた技巧派だ。

 これまでは攻撃的なポジションで起用されてきたが、司令塔的なプレーでより真価を発揮しそうである。トニ・クロースが引退して以来、埋められなかった穴を埋められそうな期待がある。

 技術的には止める、蹴るが正確。そしてパスの判断とキックの選択がいい。判断とキックは一体で、キックの精度と種類が豊富なギュレルはより多くの選択肢を持てる。

 後方のパスワークで相手を引きつけてスペースを突いていくレバークーゼン方式では、ボランチのポジショニングや配球力が重要になるが、ギュレルは要求を満たすプレーを披露していた。この方式でやるなら不可欠の存在になっていくだろう。

 ただ、レバークーゼン方式を継続するかどうかは微妙なところかもしれない。

 ヴィニシウス、アレクサンダー=アーノルド以外にも、キリアン・エムバペ、ロドリゴ、ブラヒム・ディアス、ダニ・セバージョス、エドゥアルド・カマヴィンガ、エデル・ミリトン、ダニエル・カルバハルといった実力者がひしめいていて、とくにエムバペとヴィニシウスを活用するのは最優先事項になるはずだからだ。

 エムバペは昨季途中からつかんだ「偽9番」的な動きを規制されないなら、とくにレバークーゼン方式に左右されることはないだろう。問題はヴィニシウスだ。

 左に張らせたいところだが、ヴィニシウスの左ウイングバックは守備に問題が出てくるのは間違いなく、そうすると現状のシャドー以外に起用する場所がない。シャドーがフィットしなければ、このシステム自体が使えなくなるだろう。

【3-4-3はあるか?】

 ヴィニシウスの左ウイング、エムバペの偽9番を前提にしてのレバークーゼン方式との折衷案として、MFをダイヤモンド型にした3-4-3が考えられる。

 GKティボ・クルトワ、3バックにアントニオ・リュディガー、ミリトン、ハイセン。中盤の底にチュアメニを配し、右のインサイドハーフにバルベルデ、左にギュレル、トップ下がベリンガム。3トップはロドリゴ、エムバペ、ヴィニシウス。

 1990年代のバルセロナ、アヤックスの定番システムだ。どちらも非常に攻撃的でチャンピオンズリーグも制覇している。ただし、現在ではほとんど見られなくなったシステムでもある。

 攻撃に特化したシステムで、押し込むことを前提にしている。敵陣での攻守に向いている反面、自陣での守備ブロックを構築できないのが弱点で、それがほぼなくなった理由だろう。

 しかし、レアル・マドリードならば弱点を克服できるかもしれない。

 攻撃から自陣での守備に移行する際、チュアメニをディフェンスラインに入れて4バック化できる。これはかつてのバルセロナ、アヤックスでも定番にしていた予防策だが、その際に下がるアンカーに連動してトップ下が引く。現在のレアル・マドリーならベリンガムがチュアメニに連動して中央に引くことになり守備の固さは担保できそうである。

ヴィニシウスはともかく、ロドリゴは守備もしてくれるので4-4-2に近い形の守備ブロックを形成できるだろう。

 もう1つの前提条件として70%くらいの保持率が必要になるが、こちらは大きな問題はないはず。ギュレル、バルベルデはチュアメニをサポートしてビルドアップの軸になり、どちらかはシャドーの位置へ入っていける。ボランチとシャドーの両方をこなせるふたりは新生レアル・マドリードのエンジンになるべき存在。クロース&ルカ・モドリッチを継ぐイメージだろうか。

 エムバペは前線近くで自由に動き、代わりにベリンガムがゴール前へ入っていく。

 アレクサンダー=アーノルド、カルバハルのサイドプレーヤーをどこで起用するかという問題は残るが、左サイドバックの層の薄さからしても、あえてサイドバックを起用しないという手はある。

 これはひとつの案であって、シャビ・アロンソ監督が戦力を見極めながら最適解を出していくだろう。ただ、ギュレルがいいプレーをしているのは間違いなく、軸となる選手のひとりになっていきそうではある。

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