蘇る名馬の真髄
連載第4回:キタサンブラック
かつて日本の競馬界を席巻した競走馬をモチーフとした育成シミュレーションゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』(Cygames)。2021年のリリースと前後して、アニメ化や漫画連載もされるなど爆発的な人気を誇っている。
『ウマ娘』において、そんな謳い文句を持つキャラクターがいる。キタサンブラックである。
たくさんの弟子を持つ人情家の演歌歌手を父に持ち、自身も困っている人を見たら助け、悩んでいる人には話を聞く。時にはべらんめえ口調も飛び出す歌が大好きな子......。『ウマ娘』のキタサンブラックは、こうした個性的な性格の持ち主だ。
これらの設定は、モデルとなった競走馬・キタサンブラックのオーナーが、演歌歌手の北島三郎氏(※馬主名義は北島氏のマネジメントを行なう大野商事)だったことにつながっている。
2015年~2017年に現役生活を送ったキタサンブラックは、競馬史に残る輝かしい成績を残した。20戦12勝のキャリアのうち、獲得したJRAの芝GⅠタイトルは7個。これは当時の歴代最多タイ記録だった。
勝ったレースの中身も、記憶に残るものばかりだ。「牡馬三冠」最終戦のGⅠ菊花賞(京都・芝3000m)での戴冠をはじめ、GⅠ天皇賞・春(京都・芝3200m)の連覇、華麗な逃げ切りで引退の花道を飾ったGⅠ有馬記念(中山・芝2500m)など、挙げればきりがない。キャリア中盤以降は、武豊騎手とのコンビで絶大な人気を誇った。
そんな戦績のなかでも、とりわけ印象的なレースがある。2017年のGⅠ天皇賞・秋(東京・芝2000m)である。なぜなら、絶体絶命のピンチを脱して逆転の白星をつかんだからだ。
キタサンブラックのレーススタイルと言えば、先行、あるいは逃げの手に出て、直線でスッと突き放す形。先頭から3、4番手以内がこの馬の定位置だ。
しかし、2017年の天皇賞・秋は違った。スタートのタイミングが合わず痛恨の出遅れ。18頭立てのレースで、後方4、5番手の位置取りになった。当時の実況ではあえて後ろに控えたかのような表現もなされていたが、レース後の武豊騎手のコメントからもわかるとおり、あれは明らかに想定外の出遅れだった。
当日の馬場コンディションを考えると、この出遅れは致命的なトラブルだった。なにしろ、大雨に見舞われた東京競馬場の芝は不良馬場。まるで田んぼのなかを走るような状況で、各レースの走破タイムも通常より5秒~10秒くらい遅かったからだ。これでは、後方から追い込むのは厳しく、馬群のなかに位置するキタサンブラックは絶望的に見えた。
だが、そうした状況にあっても、人馬ともに落ちついていた。名手とあうんの呼吸を見せて、レース中盤までは後方のインコースでじっと体力を温存していたキタサンブラック。3コーナーすぎあたりからスッと5番手まで上昇すると、4コーナー手前ではいつの間にか先頭争いをする馬たちの真後ろにつけていた。
そして、直線を迎えた瞬間、ライバルたちが馬場の荒れた内を避けて外へ持ち出すなか、武豊騎手は最内へと愛馬を導き、一気に先頭へ。絶望的な状況から勇躍してきた"主役"の姿に、スタンドからは大きな歓声が上がった。
名手の手綱さばきは、ここから真骨頂を見せる。先頭に立ったあと、今度は馬場コンディションのいいアウトコースへと進路を求めていく。およそ100m進む間に、最内にいたキタサンブラックは一番外へとポジションを変えていた。
ただし、そのまますんなりと勝てるほどGⅠは甘くない。キタサンブラックの背後には、ライバルのサトノクラウンがじわじわと迫ってきていた。GⅠ2勝の実力馬で、前走のGⅠ宝塚記念(阪神・芝2200m)では、馬群に沈むキタサンブラックを尻目に、圧巻の走りで戴冠と遂げている。
この日の単勝オッズでも、キタサンブラックに次ぐ2番人気に支持されていたサトノクラウンは、キタサンブラックが外へ進路を取っていくなか、逆に内へ潜り込んで馬体を合わせていった。勢いは、サトノクラウンのほうに分があるようにも見えた。
しかし、キタサンブラックも先頭を譲らない。キタサンブラックか、サトノクラウンか――両者泥にまみれたデッドヒートはゴールが近づくにつれて熱を帯び、予断を許さない状況となったが、最後はキタサンブラックがクビ差先着。レース直後にカメラが捉えた、北島三郎氏のホッとした表情が印象に残っている。
デビュー当初こそ「北島三郎の持ち馬」として注目を集めたが、勝利を積み重ねていくなかで名馬への階段を上がり、多くの人の心に残る1頭となったキタサンブラック。JRAが製作した同馬のポスターには、その過程を表現してこう記されている。
そして、みんなの愛馬になった。