宇野昌磨『Ice Brave』千秋楽レポート前編(全3回)

宇野昌磨が「最初で最後」と挑んだ『Ice Brave』の続編...の画像はこちら >>

 7月13日、新潟。MGC三菱ガス化学アイスアリーナの入り口には、炎天下でも長蛇の列ができていた。

アイスショー『Ice Brave』は愛知、福岡、新潟と全9公演はいずれも大盛況。そして満員の観客のなか、万感の千秋楽を迎えていた。

「(『Ice Brave』が)始まる前、僕は最初で最後のつもりでやるという気持ちでいました。それが、僕という人間、スケーターとしての宇野昌磨というのを考えた時、できる最善だったのかなと。僕がメインでアイスショーをやるには、その一回だからこそできるという気持ちが大事でした」

 今回、現役引退後に『Ice Brave』で初のプロデューサーとして始動した宇野昌磨は柔らかい声で言っている。

 宇野は競技者として、日本フィギュアスケートで金字塔を打ち立てた。オリンピックでは日本最多3つのメダル、史上初の世界選手権を連覇。至高のスケーターは新たな道を進むのに、"最初で最後"という縛りを自らにつけた。それによって、一瞬のパワーを引き出す。

 そうして自分を追い込みながら、刹那に身を捧げる戦い方は、実は現役時代と変わっていない。それは、もはや彼の生き方だ。

【「最初で最後」背水の陣が奏功】

 結果として、ショーは高い評価を受けて続編の『Ice Brave 2』開催が決まっている。

「他はわからないですけど、『Ice Brave』は世界で一番、大変なショーだと思っているし、これできたらなんでもできそうっていうショーになったはずです」

 千秋楽を終えたあとの宇野は、胸を張って言った。

休憩なしのノンストップ。初回公演から回数を重ねるたび、ショーの内容は充実し、精度も格段に上がった。その充実感が表情にも出て、白い肌は艶めいていた。

「これだけ長い期間をかけて、大勢でつくるっていう経験は初めてで。時間をかければかけるほど、これがいいかな、このほうがいいかなって試行錯誤してきたからこそ、いろんな思いが入ってきました。それに実際の公演で、お客さんの前で、この演技にはこういう反応が得られるというのが回を経るごとにわかって。

 いろんなものをレベルアップさせたいって(気持ちに)なったし、たくさんの方が見てくれて、より自分たちしかできないアイスショーをと思うようになりました」

宇野昌磨が「最初で最後」と挑んだ『Ice Brave』の続編決定 『ワンピース・オン・アイス』で得た経験が生きている

 自らに縛りをかける"背水の陣"の姿勢が功を奏した。

 宇野は朗らかでマイペースな性格だが、"スケートを生きる"という一点に関しては、隠せないほどの野性味がにじみ出す。その本気がキャスト、スタッフ全員に伝わり、ひとつの作品になった。楽曲リスト終盤の『ボレロⅣ』は、現役時代以上に壮大な音楽に全身で反応するハードな疾走感で、ショー全体の世界観を包み込んでいた。

 引退前後、宇野は表現者としてすでにフロンティアを越えている。2023年、2024年には『ワンピース・オン・アイス』で主役のモンキー・D・ルフィを演じた。

役柄を演じることによって、彼の表現の幅は広がった。

ーールフィを演じた経験は今回の『Ice Brave』にも生きていますか?

 公演発表のインタビューでそう尋ねた時、彼は意を得たように答えていた。

「生きていますね、かなり。『ワンピース・オン・アイス』は初めての経験だったんですよ。あんなに長い時間をリハーサルにかけて、みんなでひとつのことをするって。まさに団体競技って感じで。自分はフィギュアスケートという個人競技で、自分と向き合い続けるというのをずっとしてきました。それが、全員で同じ方向へ向かって進むことができて。はじめはあまり会話もしなかった者同士が、終わった頃には友人というか、ひとつの目標に向かって進む仲間でした。

 今回の『Ice Brave』でも、仲間という言葉を使わせてもらっているのは、それが自分にとって一番理想的な関係だからです。『ワンピース・オン・アイス』で得た全員で頑張る楽しさは大きいですし、競技じゃなくてアイスショーでもこれだけの熱量でつくり上げられる楽しさを知ることができました。そこは、『Ice Brave』にも生きています」

 彼はエンターテイナーとして、さらなる成長を遂げつつある。

【ファンと呼吸を合わせて120%を発揮】

「試合の時よりも、皆さんの大きな歓声が聞こえてきます。大きな声でレスポンスが返ってくるので、皆さんにいいものを届けられているんだって思えますね。そこはアイスショーのよさだなって」

 宇野は言う。リンクでファンと対話するようなマイクパフォーマンスで顕著なように、彼は会場にいる人々を強く意識するようになっている。お互いが呼吸を合わせるようにショーを盛り上げ、信じられないような熱量をひとつの空間に生み出す。プロデューサーの面目躍如だ。

「(他のショーと)熱量を比較するものではないですけど、『Ice Brave』は信じられないくらい大変で。その大変さからくる自信というのはあるかもしれません。それで力を100%出せるというか。そこでお客さんの大きな声や拍手を受けると、さらに120%まで、これ以上は無理というところまで毎回出しちゃうんです」

 宇野はそう言って、明るく笑っている。

 彼は変身を遂げつつあるが、滑ることに真摯な姿は現役時代とは変わっていない。どこまでも自分を追い込むことで、100%の最大出力に挑む。

練習だけが裏切らず、試合だけうまくいくという甘さはない。その生きざまが、今も多くの人に愛されるし、熱気も味方にできる。

 今回の『Ice Brave』、それは競技者時代にたとえるなら、ショートプログラムとフリーをそろえて高得点を出したようなものかもしれない。『Ice Brave 2』開催決定は、"最初で最後"の気概で勝ち獲った栄冠だ。

「正直、『だよね』と思いました(笑)。それだけいいものができたので、ガチなリアクションだと、まあまあそうなるよなって......まあ半分は冗談ですけど(笑)。発表はしましたけど、中身はまだ決まっていないですし、これから考えていこうかなって」

 続編決定について彼ははぐらかすように言う。つかみどころがない。だから、何者にでもなれるのか。

 次回作に向けた情報は、7月18日、トヨタイムズスポーツで生配信されるという。

宇野昌磨が「最初で最後」と挑んだ『Ice Brave』の続編決定 『ワンピース・オン・アイス』で得た経験が生きている

中編につづく

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