── イチロー流の走塁だ!

 そのプレーを目にした瞬間、そう思った。8月11日の甲子園2回戦・豊橋中央(愛知)対日大三(西東京)。

2回表二死満塁の場面で、豊橋中央の打者が二塁ゴロを放った。日大三の二塁手は捕球時にファンブルし、まごつきながらもボールを拾って、二塁ベースカバーに入った遊撃手にトスした。

 すると、豊橋中央の一塁走者だった長谷川瑠は猛然とダッシュし、スライディングすることなく二塁ベースを踏みしめ、そのまま駆け抜けたのだ。

 送球のほうがワンテンポ早かったため、長谷川のフォースアウトが宣告された。長谷川はそのまま勢い余って、左翼付近まで走り抜けた。もはや「オーバーラン」の概念を覆すような、鮮やかな駆け抜けだった。

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【スライディングより駆け抜けのほうが速い】

 このプレーは、あのイチロー(元マリナーズほか)が提唱した走塁法である。

 2020年冬にイチローが智辯和歌山の指導に訪れた際、二死で複数ランナーがいる場面の二塁フォースプレーでは、「スライディングよりも駆け抜けたほうが速い」と伝授した。翌夏、智辯和歌山は和歌山大会決勝で「二塁走り抜け」を披露。間一髪、二塁セーフになった走者が塁間で挟まれる間にダメ押し点を奪い、結果的に優勝を飾っている。

 長谷川の走塁にも、同様の意図があったのか。本人に確認してみた。

「あのプレーは、萩本(将光監督)さんがチームの徹底事項にしていることです。

スライディングより、駆け抜けのほうが速いからと。あそこでスライディングを選択していたら、止まってロスになるので。スピードを殺さないように、思いきりレフトのほうへ走りました」

 やはり明確な意図があって、長谷川は二塁ベースを駆け抜けたのだった。長谷川は「自分がセーフになっていれば、1~2点入るプレーだったので」と無念を押し殺した。この日、豊橋中央は2対3で日大三に惜敗していた。

 長谷川が「チームの徹底事項」と語ったように、このプレーは豊橋中央のチーム全体で取り組んでいる。長谷川は「全員が身につけているので、みんなできます」と語った。

 このワンプレーだけでも、豊橋中央が野球に対して細部にこだわり、追求してきたことが伝わってくる。そんな印象を伝えると、長谷川は誇らしいような悔しいような、複雑な表情を見せた。

「見ている人を感動させる野球をするのが、豊橋中央なので。今日は豊橋からたくさんの人がバスに乗って甲子園まで応援に来てくれましたし、(愛知大会の)決勝で対戦した東邦のブラスバンドが演奏してくれていたんです。スタンドのすごい応援が届いていたので、なんとか勝って、感動を届けたかったです」

【イチローから受けた影響ではない】

 イチローは愛知県出身である。

愛知代表の豊橋中央が、同県出身のスターの提唱する走塁法をマスターした......。そんな筋書きだったら、わかりやすい美談だっただろう。

 ところが、取材を進めるなかで意外な事実が判明した。

 萩本監督に二塁駆け抜けのプレーについて尋ねてみると、「あれは基本的なプレーなので」と言葉少なに返ってきた。

 重ねて、「イチローさんが提唱しているプレーですよね?」と聞くと、萩本監督からこんな反応が返ってきた。

「いえ、あれは昔から基本的なプレーとしてやっています。駆け抜けたほうが速いので。私が指導者になってから、そう教えています」

 取材時間が限られていたこともあり、それ以上は尋ねることはできなかった。驚きだったのは、萩本監督がイチローから受けた影響ではないと否定したことだ。

 不勉強ながら、私はこの「二塁駆け抜けプレー」が、野球の基本とは認識していなかった。おそらく、多くの読者が同じ認識なのではないか。

 だが、偉大な野球人が提唱する以前から、特殊なプレーを「野球の基本」と位置づけ、高校生に教える指導者がいた。

その事実に、野球界の底知れなさを感じずにはいられなかった。

 結果だけを見れば、豊橋中央は「甲子園初戦敗退」である。

 しかし、甲子園に至るまでに、気の遠くなるような積み重ねがあったことを、この走塁が物語っていた。

 神は細部に宿る。豊橋中央の野球を再び甲子園の舞台で見てみたい。そう願っているのは、筆者だけではないはずだ。

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