かつてのトップフットボーラーの息子たちが、欧州の第一線で活躍している。今季チャンピオンズリーグ(CL)のグループフェーズでも存在感を放った選手を中心に、元『ワールドサッカーダイジェスト』編集長が厳選して紹介する。
【ペレ、ジーコ、ロマーリオの息子は大成せず】
「二世タレント」という言葉に、どこか蔑むようなニュアンスが含まれるのは、良血を受け継ぎながら、偉大な親を越えられないケースが圧倒的に多いからだろう。
芸能ネタでしばしば取り上げられるこの手の話は、スポーツの世界でもよく耳にする。二世アスリートが"親の七光り"と一刀両断にされがちなのは、生まれた瞬間から親と比較されるプレッシャーに苛まれ、一方では裕福な家庭に育ったことで、ハングリーさに欠けるというメンタル的な弱点を抱えているからかもしれない。
サッカー界では、例えば王国ブラジルのレジェンド、ペレ、ジーコ、ロマーリオの息子たちもプロフットボーラーになる道を選んだが、いずれも大成できなかった。キング・ペレの息子エジーニョはGKとして父と同じ名門サントスでプレーした時期こそあったものの、際立った活躍はできないまま29歳の若さで引退。その後、2005年には麻薬売買に関与した容疑で逮捕されるという転落人生を歩んでいる。
それは極端なケースだとしても、サラブレッドの子が血統書どおりに走ってくれる確率は、過去を振り返っても決して高くはなかった。
だが、時代は変わりつつあるのかもしれない。
2025-26シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)、リーグフェーズの第1節で躍動したのは、二世フットボーラーたちだった。
敵地でのアヤックス戦で、CKからヘッドで2発を叩き込み、インテルを勝利に導いたのは、パルマ、ユベントス、バルセロナなどで活躍した往年の名DF、リリアン・テュラムを父に持つマルキュス・テュラム(1997年生まれ)。9番を背負うストライカーのマルキュスは、192㎝・90㎏と体格に恵まれ、その圧倒的なフィジカルを武器に独力でゴールをこじ開ける。父が307試合で2ゴールに終わったセリエAの舞台で、インテル加入3年目にして30ゴール(71試合)に到達。ポジションが異なるとはいえ、この点ではすでに父親越えを果たしている。
【"リベリアの怪人"の息子がレアル・マドリーから得点】
強豪レバークーゼンを相手に、2-2のドローゲームを演じた伏兵コペンハーゲンに価値ある先制点をもたらしたのは、ヘンリク・ラーションの長男、ジョーダン・ラーション(1997年生まれ)だった。セルティック時代に5度の得点王に輝き、バルサ時代の2005-06シーズンには名脇役としてCL制覇に尽力した父ヘンリクは、打点の高いヘディングと決定力が売りだったが、ジョーダンの一番の魅力はスピード。右サイドからの鋭い仕掛けでチャンスを生み出すウインガーは、今年6月、約4年ぶりにスウェーデン代表復帰も果たしている。
その他、彼らと同じ中堅クラスで言うなら、前線の層が厚い今シーズンのリバプールでは出番が限られているとはいえ、イタリア代表では不動のレギュラーを務めるフェデリコ・キエーザ(1997年生まれ/父は元イタリア代表FWエンリコ・キエーザ)、昨シーズンのボーンマスで12ゴールを挙げてチームの9位躍進の立役者となったジャスティン・クライファート(1999年生まれ/父は元オランダ代表FWパトリック・クライファート)なども、大成した二世フットボーラーに数えられるだろう。
さらに目を引くのは、彼らよりも下の世代、2000年以降生まれに優秀な二世がひしめいていることだ。
ユベントスの中盤に不可欠な存在となりつつあるのが、2001年生まれでマルキュスの4つ年下の弟、ケフレン・テュラムだ。DFだった父、ストライカーの兄とも異なり、こちらはハードワークが身上のセントラルMF。タイトな守備に加え、ダイナミックに持ち運ぶドリブルで局面を前進させるプレーも得意とし、これからワールドクラスへと駆け上がれるだけのポテンシャルを秘めた逸材と言っていい。
今シーズンにユベントスからのレンタルでマルセイユに加わったティモシー・ウェア(2000年生まれ)は、ミランで一世を風靡し、アフリカ人初のバロンドールに輝いた"リベリアの怪人"ことジョージ・ウェア(現役引退後はリベリア大統領)の三男だ。本職は父親にも負けず劣らずのスピードを武器とするウイングだが、SBやWBをこなせるマルチロールでもあり、サイドなら左右を問わない。このティモシーもまた、レアル・マドリーと対戦した今シーズンのCL初戦でゴールを決めている。
【名門の下部組織で鍛えられる良血馬たち】
マルキュスとケフレンのテュラム兄弟、そしてジョーダン・ラーションは、父親がバルサでプレーしていた時代に、ラ・マシア(バルサの下部組織の総称)に短期間ながら所属している。そして、アメリカで生まれ育ったティモシー・ウェアは、父が名を上げたパリ・サンジェルマンのユースチームに、10代の半ばから籍を置いていた。
近年、二世フットボーラーの台頭が顕著な理由には、もしかするとそんな生い立ちも関係しているのかもしれない。
人格形成に大きな影響を及ぼすのは、生まれた場所ではなく、育った環境だ。偉大な父を持つ自らの出自に縛られず、幼少期に異なるカルチャー、異なるフットボールに触れることで、コスモポリタンな感覚を身につける。類まれなDNAを受け継ぐ者たちが、そうした多様性と柔軟なマインドを手に入れたとすれば、成功の道はおのずと開かれるだろう。
環境を変える判断は、10代後半であってもいいはずだ。父パトリックと同じアヤックスのユースで育ったジャスティン・クライファートは19歳で祖国を離れ、26歳にしてすでにイタリア(ローマ)、ドイツ(ライプツィヒ)、フランス(ニース)、スペイン(バレンシア)、そして現在のイングランド(ボーンマス)と5大リーグすべてでのプレーを経験している。彼がウイングからトップ下に主戦場を移してブレイクを遂げるのは、2年前にボーンマスに加入してからだ。
(つづく)