沖縄で開催された第32回U−18 野球ワールドカップ。決勝戦前の室内練習場でU−18侍ジャパンの副将を務める大阪桐蔭の中野大虎は小倉全由(まさよし)監督のもとへ駆け寄り、何やらお願いしていた。

 中野がお願いしたのは、練習前のアップに合図に合わせてジャンプしたり体を左右に動かしたりするメニューがあるのだが、その合図役を小倉監督に務めてほしいということだった。

 小倉監督は快諾し、選手たちが集まる方へ歩いていくと、手にしたホイッスルを鳴らし始めた。合図を送る小倉監督を見つめながら、選手たちは体を左右に動かし、やがてジャンプを始める。選手たちの表情からは笑顔が溢れ、試合前とは思えないほど穏やかな雰囲気が漂っていた。

「小倉監督にやってもらいたかったんです。それでお願いをして」

 指導者をはじめ、コミュニケーションに長けた中野が、そう語りながら表情を緩めた。この日で代表チームとしての全体練習は最後。その時間を、監督と少しでも共有したいという思いがあった。まさに、今回のチームの雰囲気のよさを象徴するシーンだった。

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【失敗してもいいんだよ】

 2年前のワールドカップで初優勝を飾り、連覇の期待がかかった今大会、小倉監督は再び「世界一を目指す」という強い思いで挑んだ。チームはスーパーラウンドの台湾戦まで8連勝と順調に勝ち進んだが、決勝のアメリカはやはり手強かった。

 アメリカの先発のコールマン・ボースウィックは常時150キロ台を計測し、球威に加えてキレのある直球で日本打線を封じ込めた。日本はいい当たりを放つも、相手内野陣の堅守に阻まれ、決定機をつくれないまま0対2で敗戦し、大会連覇はならなかった。

それでも試合後の囲み取材に応じた小倉監督はいつもどおり穏やかな表情を見せ、こう語った。

「世界一を目指してここまでやってきました。アメリカのピッチャーは力がありましたね。あれだけのボールを、あの体格から投げられたら......。でも選手たちはよくやってくれました。前回優勝していますけど、やっぱり難しさはありますね」

 大会期間中は毎試合前に小倉監督の囲み取材が行なわれた。小倉監督はメディアの質問に答えるなかで、「選手を信じたい」という言葉を何度も口にしていた。

 8月28日から合宿が始まり、大会を含めてもおよそ3週間という短期間で、どれだけ選手の特性を把握し、信頼関係を築けるか。各校の精鋭が集まり、なかには個性の強い選手もいるだろう。そのなかで指揮官が選手を信頼することは、容易なことではない。

 しかし小倉監督は、限られた時間の中で選手を見極め、信頼を寄せながら起用していた。

 不動の1番打者として、打線を牽引した岡部飛雄馬(敦賀気比)は、小倉監督についてこんなことを話してくれた。

「小倉監督は何か指示を出したあと、必ず最後に『失敗してもいいんだよ』と声をかけてくださいます。私たちにとって失敗やミスは許されないもの、絶対に避けなければならないものだと思っていますが、『ミスをしても取り返すチャンスはある』とも言っていただける。そう言われることで、失敗を恐れず思いきってプレーすることができました」

 一次ラウンドの南アフリカ戦では、こんなこともあった。

 試合前に降雨予報が出ていたためグラウンドには大きなシートが敷かれていた。しかし雨はほとんど降らず、シートを撤去しようとしたものの、球場スタッフの人数には限界があった。そこで助っ人を呼ぶと、日本ベンチからユニホーム姿の数人が加わり、そのなかには小倉監督の姿もあった。

 一緒に出てきた大角健二コーチは、小倉監督にベンチに戻ってくださいという素ぶりを見せたが、小倉監督はそのまま作業を続けた。その時のことを小倉に尋ねると、「ああ、あの時ね」と笑みを浮かべ、こう口にする。

「ああいう時は、誰かがやらなきゃいけないから。何か困ったことがあった時に、すぐにできるようじゃないとダメ」

【不安にさせない言葉をかけてくれる】

 国際大会では、大会中に不調に陥ったり、本来のプレーを発揮できなくなる選手が出ることもある。今大会では、大栄利哉(学法石川)が送球に苦しんだ。投手と捕手を兼ねる"二刀流"として招集されたが、南アフリカ戦で中野とバッテリーを組んだ際に思うように返球ができず、途中交代でベンチに退いた。苦労する姿を見た小倉監督は、その後の練習で大栄と時間をかけてキャッチボールをしていた。

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大会連覇を目指した小倉全由監督(中央)率いる侍ジャパンU−18のメンバーたち photo by Sankei Visual
 関東一の坂本慎太郎は、小倉監督について次のように語る。

「自分の考えを伝えると、思いきりやらせてくれるというか、自分たちを信じてくれているのがよくわかります。結果が出なかったとしても『監督の責任だから』と言ってくれる。その言葉に応えたい一心でやってきました」

 さらに坂本は「それでも自分はあまり結果が出なかったですけど......」と苦笑いを浮かべ、こう続けた。

「自分のチームは中軸を打ってきましたが、今回は9番。役割は1番の(岡部)飛雄馬につなげることだと思ってやってきたのですが......。そんな自分の気持ちを小倉監督はちゃんと理解して、打席に立たせてくれました。

 アメリカ戦で自分はエラーをしてしまったんですけど、『攻めた結果のミスなんだから仕方ないよ。みんなカバーしてくれるし、そういう姿勢なら流れが来るから』って言ってくださった。とにかく、ミスをしたとしても不安にさせない言葉をかけてくれる。そのおかげでどんな状況でも積極的にプレーできたと思いますし、攻める気持ちはずっと持ち続けなきゃいけないと思いました」

【もうユニホームは着ない】

 アンダースローとしての期待もあって招集された辻琉砂(履正社)は、今大会9試合中2試合に登板。そのうちスーパーラウンドのパナマ戦では、満塁のピンチで3番手としてマウンドに上がった。

しかしストライクが入らず押し出し四球を与え、打者ひとりで降板となった。小倉監督は「難しい場面で登板させてしまい申し訳なかった」と頭を下げたという。

 決勝戦後、小倉監督は準優勝に終わった悔しさをにじませながら、最後まで戦い抜いた選手たちへの感謝と労いの言葉を口にした。

「相手があれだけ喜んでいる姿を見ると、悔しさがいっそう強くなりますよね。負けてそのままで終わったら、それこそ本当の負け。この悔しさを糧に、自分を成長させてほしい。それが人生ですから。負けたままでいないように、選手たちにはこれから成長してもらいたいですね」

 小倉監督はいつものように穏やかな表情を見せ、静かにその場を後にした。「もうこれでユニホームは着ないと思います」と語り、監督として最後の試合になることを示唆した。世界一は届かなかったが、選手の気持ちを汲み、最後まで寄り添い続けた姿は、20人の"教え子"たちの心に深く刻まれたはずだ。

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