昌平高校 岩﨑優一監督インタビュー 前編

 10月23日に行なわれるドラフト会議の有力候補のひとりとして注目される、埼玉県の昌平高校で高校通算49本塁打を記録した櫻井ユウヤ。同校では2021年の吉野創士(楽天・ドラフト1位)以来、4年ぶりのプロ野球選手の誕生が期待されている。

 昌平高校を率いるのは、今年で33歳になる岩﨑優一監督。2023年秋から指揮を執り、夏の高校野球埼玉県予選では昨年、今年と2年連続で決勝進出。結果はどちらも準優勝と、甲子園初出場まであと一歩のところまできている岩崎氏に、チームの現状や指導で意識していることなどについて聞いた。

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【選手時代、社会人で日本一を経験】

――まずは、昌平高校OBの岩崎氏が、母校の指導者になった経緯を聞かせてください。

「最初にオファーをいただいたのは、私が三菱重工名古屋(2020年限りで統合)でプレーしていた25歳の時だったと思います。当時は『まだ現役でプレーを続けたい』と思っていたので、お断りしてしまったんですけど、その後も熱心に声をかけてくださって。引退を決めた28歳の時にオファーを受諾し、コーチとして指導することになり、その後は監督に就任しました」

――監督として野球部の指導にあたる傍ら、授業も担当されているようですね?

「はい。高校1年生の情報科の授業を受け持っていて、情報科の主任を務めています。授業の時間は、ユニフォームを着ている時には見えない野球部員の姿や、今の高校生の価値観や実態を見ることもできるので、野球の指導に役立つことも多いです。忙しい毎日ですが、周りの先生方はじめ多くの方に支えていただいて成り立っています。

 野球選手は年代問わず、監督の前ではしっかりとした姿を装う生き物ですから、グラウンドだけではどうしても本質の部分が見えなくなってしまう。野球の指導を極める為にも、授業は受け持ちたいなと思っています」

――岩崎監督はかつて三菱重工名古屋時代、2018年の日本選手権で優勝を手にしました。トーナメント形式の大会を制した経験が、同じく負けたら終わりの高校野球の指導に生かされている部分はあるのでしょうか?

「確かに、どちらも負けたら終わりの戦いですし、打者でいえば限られた打席のなかで結果を出さなければいけなかったので、高校野球に通じる部分はあると思います。

社会人でプレーしていた頃の私は、『どのように結果を残すか』を突き詰めながら練習していました。

 打撃でいえば、選手たちには具体的な指導として『とにかくファーストストライクからいいスイングができるように』と伝えて、試合に送り出しています。結果は空振りでもいいんです。そのいいスイングが次の打席につながり、試合終盤の相手が絶対に失敗できない大切な場面などで活きてきます。待ち球を絞れるようになるんです。

 しかし、初球のストライクを簡単に見逃してしまうと、私の感覚だと残り1回しか自分のスイングができない。追い込まれてから自分のスイングをすることは難しく、結果を出すのが困難になります。言葉では簡単ですが、高校生のうちはチームの主軸だった櫻井(ユウヤ)ですら苦戦するくらいに難しいことです。自分自身、選手時代にどこまでしっかりできていたかはわかりませんが、ボールの待ち方や投手との駆け引きについては口を酸っぱくして伝えています」

【生徒たちに伝える「情報」との向き合い方】

――練習場に、さまざまな図が貼られているのが印象に残りました。

「現役時代の私もそうでしたけど、指導者が『ああしろ、こうしろ』と言っても、話を聞いているようで、実際には本質まではあまり届いていなかったりする。私も気づくのが遅かった人間なので、お世話になった方々の言葉が今この立場になって身に染みることが多いです。

【高校野球】昌平の監督が選手に伝える情報の正しい受け取り方 2年連続で甲子園初出場まであと1勝
練習場に貼ってある図や言葉 photo by Shiratori Junichi

 それでも『今、部員たちに思いが伝わってほしい』と思っているので、資料を作って、習慣的に身体に染み込んでいくような環境を整えているんです。

高校時代の3年間は、長いようですぐに過ぎてしまうので、時間をかけることでしか伝わらない領域をいかに短期間で伝えていくか。伝えすぎても学びの機会を奪ってしまいますが、そのジレンマを感じながら過ごしています」

――今の時代は、上達するための情報がより手に入りやすくなったように感じます。

「私たちの高校時代は、正解がわからず、少ない情報のなかから正しいものを必死に探していくような状況でしたが、現在は至るところに溢れている情報のなかから、何を選び、何を信じていくかが求められるようになりました。情報科の教員としても『どの情報にも、発信者の何らかの意図が含まれていることを頭に入れて、それらと向き合うように』と生徒に伝えています。

 野球においても、正しい情報の受け取り方を養っていかないと、技術もなかなか伸びていかない。そんな現実はありつつも、『経験や失敗の少ない高校生のうちは、すべての情報を正しく判断することも難しいだろうな』と思う場面もありますね。誰にとっても、つらいことを地道に続けることは大変ですし、『できることならやりたくない』と思っている。継続することを多くの人ができずに伸び悩んでいます。

 発信者はその人たちのニーズに対応するかのように、YouTubeやSNSで発信をして注目を集めています。『これさえやれば、あなたも!』といった情報に飛びつきたくなる気持ちもわからなくないですが、そんな魔法のようなものは基本的にないと思っています。仮に、すぐにできるようになったとしても、そういったものは失うのも早い。いつの時代も、技術において大切なことの本質は変わっていません。

その普遍的な部分を伝えられるように、日々生徒たちと向き合うようにしています」

――昨夏に行なわれたインターハイで、昌平高校のサッカー部は優勝を勝ち取りました。夏の予選で2年連続準優勝と、甲子園まであと一歩に迫っている野球部への期待も大きいのではないでしょうか。

「私が昌平高校の生徒だった頃、サッカー部を強豪に育て上げた藤島崇之さんがエネルギッシュに指導されている姿を見て、違う競技でしたが当時から尊敬の念を抱いていました。ありがたいことに今では上司と部下という立場ですので、ミーティングでの声がけや試合に対する向かい方など、多くのことを参考にさせていただいています。

 野球部は、残念ながら2年連続で県大会準優勝に終わってしまいましたが、それでも去年から前進しているという手応えは感じています。今年負けてわかった失敗を生かしていきたい、という思いで日々の指導にあたっています。

 ただ、私には来年の夏がありますけど、今年の高校3年生にはそれがない。小さい頃から甲子園の土を踏むことを夢見て頑張ってきて、昌平高校を選んでくれたのに、あとわずかなところで出場させてあげられなかった。そこに関しては申し訳ない気持ちが消えることはありませんし、彼らに悔しい思いをさせてしまったからこそ、次の生徒たちにはそんな思いはさせたくない」

(後編:昌平は敗戦から学び強豪になった 指揮官の目標の日本一は「必ず実現できる」>>)

【プロフィール】

岩﨑優一(いわさき・ゆういち)

1992年生まれ。昌平高校から獨協大に進み、社会人野球の三菱重工名古屋(2020年限りで統合)でプレー。2018年の日本選手権で優勝を経験した。引退後、母校のコーチを務めたのち、2023年秋に監督に就任した。

<取材協力/秋山高志>

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