スマホのレコーダーの取材時間にして38秒。ソフトバンクに3連敗を喫し、崖っぷちに立たされた阪神・藤川球児監督の試合後の会見は手短だった。

 指揮官のいわゆる"塩対応"とも言える振る舞いは、「敗者の将は多くを語るべきではない」という気持ちの表れにも見えた。その姿勢自体は理解できなくもない。ただひとつ気になったのは、取材中に藤川監督が口にした言葉が、昨年、2連勝から4連敗を喫した敵将・小久保裕紀監督の言葉とまったく同じだったことだ。

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【振り返ってもしょうがない】

「(試合を)振り返ってもしょうがないんでね。3つ勝つということだけなので。明日、まずひとつを取りにいく。これしかないので」

 藤川監督はそれだけ語ると取材エリアをあとにした。しかし、負けた試合を振り返らずして、どうやって明日勝つというのか。昨年、ソフトバンクの小久保監督が「短期決戦は敗戦を振り返ってもしょうがない」と口にした時も疑問を覚えたが、今年の阪神・藤川監督も同じようになってしまうのだろうか。

 指揮官が振り返らないのなら、勝手ながら、この4試合で何が起きていたのかをあらためて整理してみたいと思う。なぜ阪神は、王手をかけられたのか。

 シリーズ初戦。阪神は、僅差の勝負をものにする"らしい"戦いぶりで1勝を挙げた。

6回表、無死二、三塁のチャンスをつかむと、3番・森下翔太の内野ゴロの間に同点。つづく佐藤輝明がライトへ適時二塁打を放ち、逆転に成功した。

 守っては、全幅の信頼を寄せるクローザー・石井大智をイニングまたぎさせ、勝利を手にした。

 ただ、その戦いぶりは"強力打線"というイメージとは、少し異なるものだった。試合後、小久保監督が「こうやって勝ってきたチームなんだなと思った」と語った言葉には、どこか意外そうな響きがあった。

 第2戦。阪神は、2カ月ぶりの登板となるジョン・デュプランティエを先発に送り出したが、これが誤算だった。

 1回表に1点を先制したものの、その裏にすぐさま3点を失い、逆転を許してしまう。しかし藤川監督は、ここでデュプランティエの復調を待って、2回も続投させた。だが結果的には、傷口を広げるだけの判断となってしまった。山川穂高に本塁打を浴びるなど、スコアは1対10の完敗。

 先発の抜擢が裏目に出て敗れることは短期決戦では珍しくないが、クライマックスシリーズ・ファイナルから湿りがちだったソフトバンク打線が完全に息を吹き返したのは間違いなかった。

 第3戦は僅差の勝負となった。阪神は初回に1点を先制したものの、その後は追加点を奪えずにいた。すると4回表、山川に2試合連発となる同点弾。さらに6回表には今季好調の柳町達にタイムリー三塁打を浴び勝ち越され、そのまま逃げきられてしまった。

【機能しない5番以降の打順】

 そして第4戦、阪神は2回表にまたも主砲・山川に本塁打を浴び、出鼻をくじかれた。その後は、相手先発・大津亮介の緩急自在のピッチングにタイミングを外され、攻撃のリズムをつかめず、得点を奪えない。

 すると5回に柳町の犠牲フライ、6回には代打・近藤健介にタイムリーを浴びリードを広げられてしまう。

 3点のビハインド。ソフトバンクは6回から継投に入ったが、阪神打線は相手の好守もあり反撃の糸口をつかめず。8回裏にようやくセットアッパーの松本裕樹をとらえて、佐藤輝明のタイムリーと大山悠輔の内野ゴロで1点差に追い上げたが、そこまでだった。

 これまでの試合を通して明らかなのは、"強力打線"と称された攻撃陣の低調ぶりだ。1番・近本光司から4番・佐藤までの上位4人は存在感を見せているものの、チーム全体としての攻撃がまったく機能していない。特に5番以降が湿りっぱなしである。

 この日は6番に前川右京が先発したが無安打。じつは第1戦から4戦まで6番は違う選手が入ったが、起爆剤となる活躍は果たせていない。

「昨日も言いましたけど、あと1、2点の勝負」

 この日の試合後、そう前を向いたのは佐藤だ。阪神はここまでの4試合で6得点と打線の不調は深刻だが、佐藤は4試合連続打点を挙げるなど気を吐いている。

 特に佐藤の打席で印象に残ったのが、第4戦の8回裏の場面だ。先述したようにこの打席で佐藤は適時打を放ったが、カウント3ボールから放った一打だった。

 佐藤がこの打席で見せたのは、カウントとの勝負だった。投手と打者は球種や配球の駆け引きで戦っているが、同時に「カウント」とも戦っている。ボール先行の、いわゆる打者有利のカウントに持ち込むことは容易ではないが、常にそのせめぎ合いを繰り広げている。重要なのは、有利なカウントになった時にそれをどう生かすかだ。佐藤にはその意識が常にあり、この3ボールからの対応は、投手と打者の心理戦を象徴するかのような一打だった。

 阪神打線の上位と下位の大きな違いはそこだ。

配球の勝負を意識するあまり、カウントで駆け引きすることができていない。もちろん、下位打線だと「待て」のサインが出やすい事情は理解するが、打者有利のカウントで仕掛けてこそ、コンタクト率は上がるものだ。

【小久保監督の積極采配】

 シリーズの展開が劣勢になると、「積極的にいくべきだ」という声が多くなるが、実際は優位なチームほど積極的な采配が目立つ。

 この日、ソフトバンクは6回表の攻撃において、5回まで阪神打線を3安打無得点に抑えていた大津に代打・近藤を送った。かなり早い勝負手に思えたが、この姿勢は昨年の小久保監督にはなかったことだ。

 さらに言うと、ソフトバンクは第5戦で有原航平を先発させると発表した。

 振り返れば、昨年の日本シリーズでDeNAは先発を中4日で回し、攻撃でも早い勝負を仕掛けてきた。そんなDeNAの姿勢に後手に回ってしまったソフトバンクは、日本一を逃してしまった。その教訓からか、今回の日本シリーズではソフトバンクの早い仕掛けが目立つ。

 人は失敗(敗戦)から学ぶ。それは試合そのものを振り返ることだけでなく、記者の質問に答えたり、自ら言葉を発したりする過程で、指揮官自身の思考が整理されていくことも少なくない。だがその時間を避けてしまうことで、ネガティブな状況を好転させるチャンスを逃しているのではないか。

 昨年のシリーズで小久保監督が口にした「振り返ってもしょうがない」という言葉は、記者との穏やかなやり取りのなかから出たものだった。しかし、その姿勢ではシリーズの流れを変えることはできなかった。

 はたして、藤川監督は絶体絶命のピンチでどんな采配を振るうのか。セ・リーグ王者としての意地を見せてほしい。

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