巨人・泉口友汰 インタビュー

(岸田行倫のインタビュー>>)


大阪桐蔭時代はチーム内の競争も】

 2025年シーズンをセ・リーグ3位で終えた巨人だが、チームの明るい未来を予感させる若き才能の台頭も目立った。その筆頭は、チーム最多の133試合に出場し、リーグ2位の打率.301を記録した泉口友汰(いずぐち・ゆうた)だろう。

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 開幕は二軍で迎えるも、4月4日に一軍に登録され、同9日のDeNA戦に8番ショートで先発出場。

そこから6試合連続ヒットを放つなど、結果を残し続けてレギュラーを獲得した。

 首位打者のタイトルは惜しくも逃したが、ゴールデン・グラブ賞を受賞し、ベストナインにも選出された。そんな飛躍のシーズンを、泉口はこう振り返る。

「プロ2年目で、いつ先発を外されるかわからない状況でしたから、『毎日、とにかくベストを尽くそう』と思っていました」

 その意識は、プロ入り前に培われたものだろう。

 泉口は大阪桐蔭高校、青山学院大学を経て NTT西日本でプレー。2023年のドラフト4位で巨人に入団した。高校3年時には2017年の春のセンバツで優勝したが、ひとつ下の年代は、翌年に甲子園で春夏連覇を達成した"最強世代"。そのなかのひとり、根尾昂(中日)がショートを守る際は、泉口がベンチを温めたこともある。

「なかなか試合に出られず、野球を楽しめていない時期もありましたね」

 それでも泉口は「いつかチャンスは来る」と信じ、必死に白球を追った。大阪桐蔭を率いる西谷浩一監督の「しっかり物ごとを考えられるような選手しか成功をつかめない」というアドバイスを胸に刻み、"頭を使ったプレー"を心がけるようになったという。

「自身の強み」としている守備に磨きをかけ、「監督が起用しやすい選手になるにはどうすればいいか?」を必死に考えながら己を高め、状況に合ったプレーができるように努力を続けた。

 その後、東都2部だった青学大に進学すると、1年時からレギュラーの座をつかんだ。

3年時には2020年秋のリーグ戦でMVPを獲得し、チームは優勝して1部に昇格。翌年は主将を務めた。

 青学大の特徴でもある選手の自主性にまかせる練習のなかで、泉口が最も力を注いだのは、下半身を使ったスローイングだという。

「上半身だけでスローイングをしてしまうと、ボールが引っかかったり、抜けてしまったりすることがあるんです。しっかりステップを踏み、下半身を使うことを意識して練習を続けました」

 目標としていた選手について聞くと、意外な答えが返ってきた。

「野球はプレーする専門だったので、誰かを目標にするというわけではなく、自分のプレーを磨いていくことをイメージして練習に臨んでいました。観戦するなら、サッカーのほうが多かったかもしれません(笑)。

 大学1年生の時には、寮のみんなとロシアW杯のベルギー戦をテレビで見ました。最後に逆転負けを喫してしまって、あの時は本当に悔しかったですね。今年もW杯がありますが、日本代表もさらに強くなっていますから、ベスト8以上に進めることを願って応援したいと思います」

【首位打者争いは「細かい数字を気にする余裕はなかった」】

 大学卒業後、NTT西日本でのプレーを経て巨人に入団した泉口は、1年目の2024年シーズンの開幕を一軍で迎え、66試合に出場した。ただ、シーズン全体で見ると打撃成績は伸び悩み、打率.201、1本塁打、9打点に終わっている。

 バッティングで活躍できないと、なかなか試合には出られない――。それを痛感し、昨春からウエイトトレーニングと体幹強化に取り組んだ。

その成果もあって安打を量産し、"投高打低"と言われるなかで打率3割をキープ。小園海斗(広島)らと首位打者争いを繰り広げた。

「とにかく『甘い球をきちんと仕留める』ことを一番に意識していたので、目先の細かな数字を気にしている余裕はなかったです。ただ、今振り返ると、数字や成績をさほど考えずに日々の試合に臨めていたことが、好成績を残せた理由のひとつだったのかなと思います」

 10月1日に東京ドームで行なわれた中日とのリーグ最終戦では、2打数2安打、2四球と4打席すべてで出塁し、一時は出塁率でリーグトップに浮上。最終的には3位だったが、得点圏打率も.304と勝負強さも見せた。

「『自分がやるべきことをやるだけ』と言い聞かせて、どんな時も平常心で打席に向かうことを心がけていました。ただ、自分としては『多くのチャンスを潰してしまった』という感覚があるんです」

 泉口は「昨シーズンの一番悔しかった打席」として、7月9日に福島県で行なわれた中日戦の最終打席を挙げた。

 その試合は、ルーキーの荒巻悠と泉口の2本のホームランで2点のリードを奪うも、最終回に登板した守護神のライデル・マルティネスが細川成也に逆転3ランを被弾。その裏、巨人は二死満塁のチャンスを作り、泉口がバッターボックスに入ったが......レフトフライに倒れ、試合は終了した。

「僕が打てば勝てたかもしれない状況で、最後のバッターになってしまって本当に悔しかったです。でも、すぐに次の試合があるので、いつまでも失敗を引きずっていても仕方ない。(ネガティブな感情を)抱えている"暇がない"という感覚で、気持ちを切り替えました」

 その言葉通り、2日後のDeNA戦で2安打を放ち、チームも延長11回に坂本勇人の勝ち越し本塁打が生まれ、勝利を収めた。

【自分の応援歌ができた時の喜び】

 泉口は監督選抜で、オールスターゲームに初出場した。「とにかく楽しかった」という球宴の2戦目には、初打席でタイムリーを放った。

 8月には、泉口専用の応援歌もできた。シンプルなメロディと、泉口の力強いプレーを表した歌詞が印象的だ。

「僕はプロ野球の応援歌が好きで、『歌を作ってもらえる選手になる』ということを目標のひとつに掲げていましたから、自分の応援歌ができると聞いた時は本当にうれしかったです。

 青学大時代にはチャンスの場面で、大学の先輩である吉田正尚さん(ボストン・レッドソックス)の応援歌が流れるなかで打席に入ったこともありました。僕ももっと活躍して、後輩に応援歌を使ってもらえるような選手になりたいですね」

 泉口は最後に、2026年シーズンの目標についてこう語った。

「昨シーズンはある程度の結果を出せたと思いますが、危機感を持ちながら練習に取り組みたいです。チームもシーズンは3位、CSも2連敗という悔しい結果に終わってしまったので、今年こそはリーグ優勝と、その先にある日本一を達成できるように頑張りたいです」

 さらなる高みを目指してグラウンドに立つ背番号35は、チームに再び栄冠をもたらすことができるのか。その行く末を見守りたい。

【プロフィール】

泉口友汰(いずぐち・ゆうた)

1999年5月17日生まれ、和歌山県出身。ショート。

大阪桐蔭高校で2年秋からベンチ入りし、3年時の春夏の甲子園出場。春のセンバツでは優勝に貢献した。青山学院大学では1年時春からレギュラーとして活躍。チームが8シーズンぶりに1部昇格を果たした3年秋の2部リーグ戦ではMVPに選ばれた。4年時には主将を務め、卒業後はNTT西日本でプレー。2年目の2023年のドラフト会議で巨人から4位指名を受けて入団した。

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