中学部活動の地域移行化がもたらす新たな火種(前編)

 高校野球の世界が7回制導入を巡る議論でざわつくなか、中学野球周辺でも落ち着かない空気が漂っている。教員の負担軽減や生徒数の減少といった背景から、部活動の指導を外部に委託する取り組みが各地で始まりつつある。

しかし、その内容は統一されておらず、導入時期も自治体まかせのままで不透明だ。地域ごとに事情が異なるなか、方向性を定めきれずにいる自治体も少なくない。

地域移行が進む中学の部活動 その陰で置き去りにされる「指導を...の画像はこちら >>

【加速する指導の外部委託化】

 新年度が迫るなか、中学校の部活動のあり方について考えていると、昨秋に島根県出雲市で2日間にわたって行なわれた、ある合同練習会のことを思い出した。出雲市近郊の中学校から集まった約30名の生徒と、教員および元教員7人が参加しての会だった。

「中学生でも大人の意識は持てるんやぞ! もっとアンテナを張って!」

「ここで身につけたことをチームに持ち帰って、しっかり教えてやってや!」

 深い緑の木々に囲まれた校庭に張りのある声を響かせていたのは、講師役を務めた奥村幸治だった。コアな野球ファンなら、この名前にピンと来る人もいるだろう。

 かつてオリックスで打撃投手を務め、イチローがNPB史上初の200本安打を達成した際には、"イチローの恋人"としてメディアでも取り上げられた人物だ。その後は、自ら立ち上げた中学硬式チーム「宝塚ボーイズ」で、田中将大(現・巨人)の成長にも深く関わった。

 2023年に率いていた宝塚ボーイズを解団後、奥村は「ベースボールスピリッツ」の代表として、企業向け人材育成の研修講師や講演活動で各地を巡る一方、幅広く野球指導を続けてきた。

 島根での今回のイベントは、一昨年夏の甲子園で旋風を巻き起こした大社高校野球部に向けて奥村が行なった講演を、地元中学校の教員が聞き、強く共感したことをきっかけに実現したものだ。

 教員にとって部活動の指導が過度な負担となり、おもにネット上で「ブラック」との批判が高まったことを受け、指導を教員以外にまかせる外部委託の流れが一気に進んだ。

 たとえば神戸市では、2026年の8月をもって学校での部活動をすべて終了し、地域クラブへ移行する新たな枠組み「KOBE◆KATSU(コベカツ/神戸の地域クラブ活動の呼称)」を早々に発表。子どもたちの希望する部活動の種類なども踏まえ、昨秋の時点で競技・ジャンルを問わず、1000を超えるクラブが登録されているという。

 一方で、外部委託の流れには乗らず、2027年度から従来の部活動を継続・発展させていく方針を打ち出したのが熊本市だ。

 同市のプランでは、たとえば部員数の少ないA中学校の陸上部の生徒が、近隣のB中学校の陸上部と合同で活動できるほか、在籍校に希望する部がない場合には、別の中学校で活動できる「拠点校方式」による部活動の制度を採用。

 教員についても、希望する者のみが指導に携わり、その対価として指導に見合った給与を支払う仕組みとした。さらに市は、外部からの協力も広く募り、指導者の確保にも努めるという。

 神戸や熊本といった財力や活動力のある都市がダイナミックな動きを見せる一方で、少し想像力を働かせれば、人手も予算も余裕のない"ないない尽くし"の多くの自治体が、対応に戸惑っている様子が伝わってくる。

【厳しい待遇面での現実】

 島根県は、中学生の生徒数に対する軟式野球人口の比率が全国でトップクラスで高いという。クラブチームの数も少なく、たとえば出雲市内にある硬式クラブはわずかひとつ。野球をするなら、部活動が当たり前という土地柄だ。しかし今、その当たり前が、当たり前ではなくなろうとしている。

 合同練習会の合間、先生たちに話を向けると、さまざまな意見が聞こえてきた。

「部活の指導がブラックだ、ブラックだと言われますが、『部活をやりたい!』という先生がいるのも確かなんです。少なくとも僕らの周りには、そういう人間がまだまだいます」

 そう語ったのは、出雲市立第二中学校の野球部副顧問を務める寄友亘だ。自身はバレーボールの競技経験者だが、現在は野球部の子どもたちや若手教員を支えながら、充実した日々を送っているという。

「やりたい先生が、希望する部活動の指導をできていれば、今ほど部活指導が『ブラック』と言われることもなかったのではないかと思います。あとは、指導の労力に見合った手当の問題ですね......」

 待遇面を見ると、公立の小中学校教員は、部活動指導は残業扱いになるものの、教職員給与特別措置法(給特法)が適用され、給与月額の4%相当が上乗せされるのみ。実際の労力を考えれば、とても見合っているとは言い難い。ちなみに、土日などの休暇日に行なう部活動の指導や大会の引率については、4時間以上で3600円と定められているのが現状だ。

「それでも部活をやりたい、部活をするために教員になったという先生がいます。彼もそうです」

【部活の指導者になりたくて教員に】

 寄友から紹介を受けたのは、合同練習会のきっかけをつくった出雲市立第二中学校野球部の顧問(監督)・錦織輝だ。寄友が「若くて、野球も子どもも大好き。仕事もできて、運営力もある」と絶賛する31歳。その錦織は、「自分は間違いなく、部活動をやりたくて学校の先生になりました」と、澄んだ目でこちらを見つめながら語った

 話を聞くと、錦織は野球少年だった中学1年時に病に倒れ、2年間グラウンドから離れることを余儀なくされたという。治療を重ね、中学3年で復帰したものの、高校進学にあたっては周囲から心配の声が相次いだ。それでも本人は「自分には高校野球をやらないという選択肢はなかった」と語り、大社高校へ進学。3年間、野球部の一員として活動した。

 その後、大学へ進み教員を志すなかで、「子どもたちと思いきり野球を楽しむ日々」を将来の目標に描くようになり、やがてその場所へとたどり着いた。ところが、まさにその矢先、部活動の地域移行という話が持ち上がった。

「島根県は、外部移行への動きとしてはまだ遅い方だと思いますが、市によってはすでに動き出しているところもあります。そう考えると、やはり部活動は、なくなる方向へ進んでいるのだろうな、と感じてしまうんです。でも、もし本当になくなるとしたら、自分はどうするのか。何のために教員になったのか。そう考えると、これからどうしたらいいのかわからなくなって......」

 そんな自問自答を繰り返すなかでの、奥村との出会いでもあった。

「大社高校での講演を聞き、直接お話もさせてもらって、奥村さんの熱量や考え方に触れました。そこで、これまでに味わったことのないほどの衝撃を受けたんです。もしかしたら、自分にはまだもっとできることがあるんじゃないか。自分自身が成長し、変わることができれば、野球を通して子どもたちに何かを伝えられるのではないか。子どもたちの未来を変えることだってできるかもしれない。

そう思うようになりました。そのためにも、もっと野球を学び、子どもたちに教えたいという気持ちが、溢れるようになったんです」

 しかし、学びの場であり、教えの場でもある部活動がなくなっていくとしたら......。教員の負担軽減という「ブラック」からの救済の一方で、部活動に関わりたい教員が現場に立てなくなる可能性もはらんでいる。部活動の外部移行は、そうした矛盾を抱えた問題でもあるのだ。

つづく>>

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