不定期連載『みんなマンガで強くなった』 宮市亮(前編)

 マンガに影響を受けたアスリートは、少なくない。ただ娯楽として楽しむ人もいれば、キャラクターのひと言を胸に刻み、ケガやスランプの日々を乗り越える力に変えた人もいる。

この連載では、トップアスリートを支えてきたマンガを、本人の言葉でたどっていく。初回に登場するのは、横浜F・マリノスの元日本代表FW宮市亮。マンガとの出会いから、欧州でマンガが最高のコミュニケーションツールになった日々まで、笑顔で語ってくれた。

横浜F・マリノスの宮市亮を育てた『NARUTO』と『SLAM...の画像はこちら >>

【中学で『ジャンプ』を毎週買うように】

 マンガとの出会いは人それぞれ。横浜F・マリノスに所属して6年目になる宮市亮の場合は、アニメがきっかけでマンガの世界にのめり込んだ。

「小学生の時、『NARUTO』がアニメ化されて。確か最初は木曜日の18時半に放送されていたと思うんですけど、それを見始めてからマンガも読むようになりました」

 今では世界的な知名度を誇る「忍」の世界を題材にしたバトルアクション作品『NARUTO』のアニメ放送が始まったのは2002年10月のこと。当時、宮市は小学4年生だった。

 元社会人野球選手だった父と、高校時代にやり投で全国ランキング8位の実績を持つ母との間に生まれた宮市は小学生時代、サッカーと野球に打ち込むスポーツ漬けの生活を送っていた。それもあって『NARUTO』に出会うまでは、「マンガにはあまり触れてこなかった」という。

 ところが中学、高校と進学していくとともにマンガが生活の重要な一部となっていった。

「中学生になってからは『週刊少年ジャンプ』を毎週買うようになりました。『NARUTO』の連載があるのもそうだし、周りの友だちにもジャンプ派が多かったので。

当時は他に『ONE PIECE』や『BLEACH』をよく読んでいた記憶があります。僕は単行本を買うタイプではなく、毎週月曜日に本誌で最新回を読んで、学校に行ったら周りの友だちとその週のジャンプの話をするのが楽しみでした。

 当時アニメが始まって流行っていた『アイシールド21』の主人公・小早川瀬那になりきって、必殺技『デビルバットゴースト』の真似もしていましたね。放課後にグラウンドでサッカーボールを抱えて。僕、足が速かったので(笑)」

【『NARUTO』と『BLEACH』がお気に入りに】

 当時の連載作品の中で特にお気に入りだったのは、『NARUTO』と『BLEACH』。とりわけマンガに触れるきっかけとなった『NARUTO』への思い入れは強い。

 連載終了から10年以上が経った今も世界的な人気を誇る『NARUTO』は、忍者たちが里を築いて暮らす世界を舞台に、孤独を抱えて育った少年・うずまきナルトが、仲間や師との出会い、ライバルのうちはサスケとの葛藤、数々の戦いを通じて成長していく物語である。

 はたけカカシや春野サクラと組む「第七班」、ナルトと同じように孤独を背負う我愛羅、禁術を操る大蛇丸、暗躍する組織「暁」、木ノ葉隠れの里を率いてきた歴代火影など、立場も信念も異なる人物たちの思惑が絡み合い、物語はやがて忍の世界全体を巻き込む戦いへと広がっていく。

「『NARUTO』は、エリートではなかった主人公のナルトが、努力とひたむきさでたくさんの困難を乗り越え、信頼できる仲間を集めて火影になっていく様がすごくいいなと思っていました。対照的なサスケという存在もいて、いいライバル関係だなと思って読んでいましたね。

 あとは我愛羅も好きでした。最初に出てきた時はめちゃくちゃ強い敵キャラでしたけど、過去の苦しみをナルトが受け止めて、殻を破った彼は最終的に頼もしい仲間になるんです。熱い展開ですよね。

 ストーリー的な山場もたくさんあって、なかでも終盤の『第四次忍界大戦』はオールスターの激闘に次ぐ激闘で、強く印象に残っています。大蛇丸が使った禁術『穢土転生』により歴代火影(初代~四代目)全員が戦場に蘇って勢揃いする場面は胸熱でしたし、父親の波風ミナトとナルトが再会するシーンもよかった。すべてが終わった後にナルトとサスケの決闘があって、お互いの正義を貫いて戦った末に心を通わせるというのもまたいいな......と」

 2000年代後半から2010年代にかけてのジャンプでは、他にも『銀魂』や『家庭教師ヒットマンREBORN!』、『D.Gray-man』、『トリコ』などたくさんの人気作品が連載されていた。その中でも圧倒的な画力と魅力的なキャラクターで人気を博した『BLEACH』にも大きな影響を受けた。

「『BLEACH』はキャラクターがとにかくカッコいいし、出てくる相手も強いし、いつも『カッケェ......』という感じで読んでいました」

 筆者も同世代で、学生時代に親しんできた作品がほとんど同じということもあったかもしれないが、宮市が『BLEACH』のことを話し始めると止まらない。

【『SLAM DUNK』で号泣】

『BLEACH』は、霊を見ることのできる高校生・黒崎一護が、死神・朽木ルキアとの出会いをきっかけに死神の力を得て、家族や仲間を守るために戦う物語である。死後の世界「尸魂界」(ソウル・ソサエティ)を守る護廷十三隊、その上位に立つ零番隊、藍染惣右介の配下として現れる破面、死神と深い因縁を持つ滅却師など、物語が進むたびに新たな勢力と強敵が登場し、戦いの規模も大きくなっていく。更木剣八をはじめとする個性的な隊長たち、一護の仲間である滅却師・石田雨竜、破面の精鋭集団「十刃」に属するグリムジョー・ジャガージャックら、敵味方を問わず強烈な魅力を放つキャラクターも同作の大きな特徴である。

「読んでいない方にはネタバレみたいになってしまいますけど、ストーリーが進んでいった時に護廷十三隊よりも上の立場になる零番隊が出てきて『さらに上がいるの!?』と驚かされましたし、『BLEACH』は常に次の展開で何が起こるかわからないワクワク感がありました。

『千年血戦篇(55巻~最終巻)』では『滅却師もこんなに強かったの!?』となり、そこで仲間を捨ててでも自分が守らなければいけないものがあると石田雨竜が滅却師側について......最終的にどうなるかは皆さんに読んでもらいたいんですけど、とにかく終盤の頂上決戦はずっとハラハラしてすごく楽しいですよ。

 キャラクターで言うとグリムジョー(・ジャガージャック)や更木剣八の漢気が好きだったんですけど、その中でも一番好きだったのは、やはり主人公の黒崎一護。彼は常に誰かを守るために戦っていて、その姿がカッコいいなと思っていました。ストーリーの中で『虚化(ほろうか)』して悪の道に入ってしまいそうになるんですけど、それでも自分と向き合って、また新たな自分を手に入れていくんです。

人間、誰しも何かしら抱えているものがあるし、それと向き合って成長していくものだと思うので、そういった重要な学びをマンガから得られたと感じています」

 愛知県内屈指のスポーツ名門校として知られる中京大学附属中京高等学校に進学し、爆発的なスピードを武器に全国的な知名度を獲得していく。そんな当時の宮市は、最新の作品ではなく『SLAM DUNK』にハマった。

「中京大中京はスポーツが盛んな高校だったので、『SLAM DUNK』はバイブルみたいになっていましたね。誰が持ってきたのかは忘れてしまいましたけど、教室のロッカーに全巻揃っていて、みんなで回し読みしていました。

 僕は最終巻の見開きで桜木花道と流川楓がタッチを交わすシーンで号泣しました。たぶん泣いているシーンはみんな一緒ですよね......」

【龍ちゃんに『ジャンプ』を借りて】

 宮市は、高校時代にクラスメイトだった木原龍一──フィギュアスケートのペア"りくりゅう"として知られる、あの木原──とのエピソードも明かしてくれた。

「3年間同じクラスだった(木原)龍ちゃんは、月曜日になるとジャンプを教室に持ってきて、みんなに貸してくれる『ジャンプ係』みたいな存在でした。僕も借りて読んでいました」

 安西先生の名言である「あきらめたらそこで試合終了ですよ」は宮市の記憶にも刻まれている。何度も膝に大ケガを負いながら、そのたびに復活を遂げて日本代表まで上りつめ、F・マリノスにとっても重要な選手であり続けている。木原は三浦璃来と"りくりゅう"ペアを組み、自身4度目の五輪出場となった2026年ミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケート・ペアで悲願の金メダルを獲得した。

 宮市は「マンガは青春を共にしたもの」だと述べ、こう続ける。

「マンガから得るものは大きかった。

自分自身がマンガに救われたこともありましたし、海外に出てひとりで戦っている時の楽しみのひとつがマンガを読むことでもありました。コミュニケーション面でも、マンガを通じて会話が広がりましたし、マンガやアニメの文化は日本が誇るべきものだと、海外に出てよりいっそう感じるようになりました」

 中京大中京高校在学中にイングランドの名門アーセナルへの加入が決まった宮市は、イングランドやオランダ、ドイツのクラブを渡り歩いて欧州で約10年間プレーした。日本を離れていてもマンガは常にそばにあり、サッカーと向き合うにあたっての原動力となった。

(つづく)

>>> (後編)宮市亮のアーセナル時代の同僚ウォルコットは『ドラゴンボール』が大好き ポドルスキは日向小次郎に憧れていた

宮市亮(みやいち・りょう)/横浜F・マリノス
 1992年12月14日生まれ、愛知県出身。183センチ、79キロ。中京大中京高時代にアーセナルと正式契約を交わし、2012年2月にはローン先のボルトン・ワンダラーズで日本人最年少となる19歳1カ月28日でプレミアリーグに初出場した早熟の高速ウイング。欧州ではそのほか、ウィガン・アスレティック(イングランド)、トゥエンテ(オランダ)、ザンクトパウリ(ドイツ)でプレーした。度重なる負傷を克服し、近年は横浜F・マリノスの顔のひとりとして、活躍している。

取材・文●舩木渉 Wataru Funaki

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