ホンダ・レーシング(HRC)チーフエンジニア
湊谷圭祐インタビュー@前編
with白幡勝広(元ウイリアムズ・メカニック)

 ホンダのパワーユニット(PU)を現場の最前線で支える湊谷圭祐チーフエンジニアに、元ウイリアムズのメカニックである白幡勝広氏が直撃。2026年型PUの超複雑な制御システムや、苦戦を強いられた2026年前半戦におけるアストンマーティンとの現場での空気感など、最前線でしか語れないリアルを聞いた。

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── サーキットではいつも真剣な表情をされているので、なかなか声を掛けづらいんです。でも今回こうしてゆっくりお話しできてうれしいです。

「自分ではそんなつもりはないんですけどね(笑)。ただ、周りからはよくそう言われます」

── やはり「ホンダを背負って戦っている」という思いもあるのではないでしょうか。私たちもそんなふうに見ています。

「その思いはもちろんあります。第3期の頃は『現場で笑顔を見せるな』と言われていたという話もありますし(笑)。僕自身は直接言われたことはありませんが、結果的にそんな雰囲気になっているのかもしれません」

── 日本人はそうなりがちですよね。僕もF1の現場で働いていて感じたのですが、イギリス人は『どんな状況でも笑えない人は余裕がない』という考え方をしているように思います。どれだけ厳しい状況でも冗談を言ってリラックスし、平常心を保ちながら的確に対応する。そんな文化がありますよね。

「僕らもアストンマーティンのスタッフと一緒に仕事をしていて、そういう空気は感じます。

実際、シーズン前半戦は結果だけ見ればかなり厳しい状況でしたが、トラックサイドのエンジニア同士やメカニック同士の会話は明るいですし、落ち込むのではなく雰囲気をよくしようとするのが上手なんです。日本人はどうしても真面目に考え込んでしまいますからね」

── とても難しく、大変な仕事だと思います。

「大変ですけど、楽しいですよ(笑)。去年までと比べても、やり甲斐はかなり大きいです。今年はPUが車体パフォーマンスに与える影響が非常に大きく、自分たちの責任もこれまで以上に重くなっています。

 単純なPU性能だけでなく、車体の空力バランスやリミテーション(制約要素)がどこにあるのか、さらにドライバーの意見も含めて総合的に判断する必要があります。そのなかで、自分たちがパフォーマンスを左右する重要な役割を担っていると実感しますし、だからこそ誇りを持てる仕事だと思います」

【スパナを握ったこともありません】

── レッドブル時代は担当チーフエンジニアを務めていましたが、現在アストンマーティンではどのような役割を担っているのでしょうか。

「今年は二足のわらじですね。チーフエンジニアとしてエンジニアリング全体を統括しながら、フェルナンド・アロンソ車のPUエンジニアとしてパフォーマンス領域も担当しています。ですから、一番の専門分野はパフォーマンスの最適化になります」

【F1】ホンダのパワーユニットを最前線で支える湊谷圭祐HRCチーフエンジニアに元ウイリアムズのメカニックが直撃 苦労している点は?
湊谷圭祐チーフエンジニア(左)の説明を熱心に聞く白幡勝広氏(右) photo by BOOZY
── その両立は大変ではありませんか?

「特に今年はパフォーマンス改善の余地が大きいので、エネルギーマネジメントやドライバビリティのセッティングに多くの時間を割かなければなりません。本来ならチーフエンジニアとして、各セッションの合間にメカニックと話したり、エンジンの顔つき(状態)を直接確認したりしたいのですが、現実的にはなかなか時間が取れません。

 レースウィーク中は95%くらいトレーラー内のオフィスにいて、ほとんど外へ出られないんです。そのため、現場対応は折原(伸太郎トラックサイド・ゼネラルマネジャー兼チーフエンジニア)さんに任せっきりになっている部分もあります」

── 湊谷さんはエンジニアですから、僕らメカニックのようにPUを触ったりボルトを締めたりすることはないですよね?

「僕が触るのは、せいぜいブレーキクリーナーくらいですね。

スパナを握ったこともありませんし、もしネジを締めたらメカニックに怒られると思います(笑)。

 メカニックは『これは俺のエンジンだ』という意識を持っていますし、自分たちのプライドをかけて管理している領域ですから。僕らは基本的に触らせてもらえません」

── 今年のレギュレーションでは、PUの複雑さがさまざまな形で取り沙汰されていますが、パフォーマンスに最も影響を与えるのはどの部分ですか?

「今年はレギュレーション変更によって、エネルギーマネジメントが車体パフォーマンスに与える影響が非常に大きくなりました。特徴的なのは、SOC(バッテリー残量)が1周の中で上限や下限に達しやすくなったことと、1周あたりの回生量が増えたことです。

 ストレートエンドでは、MGU-K(運動エネルギー回生システム)の出力を毎秒100kWの割合で段階的に落としていきます。本来であればコーナーだけで必要な回生量を確保したいのですが、多くのサーキットではそれだけでは足りません。そのため、ストレートエンドで『スーパークリップ』と呼ばれるブレーキ回生を使い、必要なエネルギーを回収しています。こうした手法を組み合わせながら、1周のエネルギーマネジメントを最適化しています」

【回生できる場所が限られている】

── 昨年まではMGU-Kの出力が120kWだったのに対し、今年は350kWと約3倍になりました。電動エネルギーの使い方が非常に重要になったわけですが、エネルギーマネジメントはどのように変わりましたか?

「予選ではトラックエボリューション(路面の向上)が進み、レーシングラインや縁石の使い方も刻々と変化します。その結果、走るたびにラップタイムが速くなっていきます。

 ラップタイムが短縮されるとコーナー滞在時間が短くなり、パーシャルスロットル(※)の時間も減ります。すると、パーシャルスロットル時の回生量も少なくなり、SOCが徐々に低下していきます。その不足分を補うため、ストレートエンドのスーパークリップを少しずつ増やしていくのが従来のやり方でした。

※パーシャルスロットル=加速も減速もしない程度にスロットル開度を保つこと。

 しかし、今年は実質的に使用できるSOCの幅が4MJ相当に制限されているので、単純にスーパークリップを増やせばいいわけではありません。場合によってはSOCが100%に達してしまうため、回生できる場所が限られているんです。

 たとえば、シルバーストンのマゴッツ~ベケッツのような高速コーナーでは、高い車速とダウンフォースがあるからこそ曲がれます。わずかにブレーキを残しながら車速を維持してターンインしていくので、手前で減速して回生量を稼いでしまうとコーナー全体でタイムを失います。そのため、そういった区間ではスーパークリップは使えません。

 こうしたエネルギー面と車体パフォーマンス上の制約があるなかで、ドライバーのスロットルの踏み方もリアルタイムで変化します。その状況に合わせて、アタックラップ中の短い時間でどう最適化するかが、今年の最大のテーマになっています」

── 走行中もアルゴリズムが自動学習し、エネルギーマネジメントが変化していくと聞いています。場合によっては、ドライバーが望まない挙動まで学習してしまうことはありませんか?

「そうならないようにしています。全開率やアクセルの踏み方、ラップタイムなどを基にパターン認識を行ない、スローラップは自動的に学習対象から除外しています。ドライバーが意図しない学習を防ぐように工夫しているんです。

 ただ、決勝ではブルーフラッグやイエローフラッグの影響で、想定以上に回生できてしまうことがあります。

すると、次の周回で通常どおり回生した場合、必要以上にエネルギーを回収してしまうケースはありますね」

【計196通りのモードを使い分け】

── 予選は1周で規定のエネルギーを使いきるように管理しますが、決勝ではそうはいきませんよね。状況によって使い方も変わると思いますが、どのようにコントロールしているのでしょうか。

「決勝では、回生と放出がおおむね毎周プラスマイナスゼロになるよう戦略を組みます。そのうえで、ラップタイムを重視した基本モードと、オーバーテイクやディフェンス向けのアタック&ディフェンスモードを使い分けています。

 さらに今年は、前車との間隔が1秒以内になるとオーバーテイクモードに入れるため、追加の電動パワーをデプロイできます。そうなるとラップタイムの考え方も変わってきます。どこにエネルギーを配分するのか、あるいはドライバー自身の判断で使わせるのか。さまざまなレースのシナリオを想定し、事前に複数のモードを用意しています。

 たとえば、オーストリア(第8戦/レッドブルリンク)では、ターン3が主なオーバーテイクポイントでしたけど、そこで抜けなければターン4で仕掛けることになります。ですから、『ターン3で仕掛けるプランA』と『ターン4に備えるプランB』をあらかじめ準備してドライバーと相談し、レース中に使い分けていきます」

── そのエネルギーマネジメント用のモードは、どのくらいの数を用意しているのですか?

「14種類あります。ロータリースイッチで切り替える基本モードが14種類あり、そのそれぞれに、マルチファンクションスイッチで選択する『エンジン11・ポジション5』のようなバリエーションが14種類ずつあります。

 単純計算で14×14ですから、合計196通りになりますね。

今年はこうしたモード変更をお願いする場面も多いので、ドライバーは本当に大変だと思います」

(つづく)

◆「湊谷圭祐×白幡勝広」後編>>トップドライバーの共通点「アロンソは頭がいい」


【profile】
湊谷圭祐(みなとや・けいすけ)
慶應義塾高、慶應義塾大学理工学部機械工学科を経て、2009年に慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程を修了し、本田技研工業に入社。量産ハイブリッド車のエンジン開発を経験したのち、2013年よりF1用パワーユニット(PU)の開発に携わる。2016年からマクラーレンとのレース活動に参加し、2018年にトロロッソ、2019年にレッドブルのトラックサイドPUエンジニアを担当。2023年にHRCのチーフエンジニアに就任した。現在はアストンマーティン・ホンダでエンジニアリング全体を統括する一方、フェルナンド・アロンソ車のPUエンジニアも兼任している。

白幡勝広(しらはた・かつひろ)
1973年1月28日生まれ、東京都出身。東京工科専門学校の教師として学生を指導していたが、ヨーロッパのチームでメカニックになる夢を追いかけて2004年に渡英。ベルギーのF3チームを経て、2006年にウイリアムズのテストチームのメカニックとして採用される。2008年よりトップチームに昇格し、中嶋一貴、ニコ・ヒュルケンベルグ、ブルーノ・セナ、バルテリ・ボッタスなどの担当メカニックを歴任。現在はフジテレビNEXTのF1解説などで活躍中。

米家峰起●取材・文 text by Mineoki Yoneya

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