この記事をまとめると
■「カーボンブレーキ」について詳しく解説



■文字どおりカーボンを素材としたディスクを持つブレーキシステムを指す



■最高峰のブレーキシステムとされるが、使い方によってはメリットが得られない



もともとは航空機用として考案されたシステム

自動車は、機械工学、電気工学、電子工学、材料工学といったテクノロジーの集大成による工業製品である。つまり、コストを投入すれば、その分だけ性能を向上させることができる、という側面を持っている。わかりやすく言えば、市販品いわゆるノーマル状態の車両性能を引き上げようとすれば、各部をチューニングすればよく、コストの投入分に応じた性能向上が期待できる、という関係が成り立つことになる。



しかし、何事にも例外はつきもので、ブレーキのアップグレードもそのひとつと言ってよいだろう。ブレーキは走る車両の運動エネルギーを熱エネルギーに変換して大気中に放散、それによって減速、停止の変化をもたらす機構で、基本性能の向上を基本メカニズムに置き換えて並べてみると、型式はドラムブレーキ→ディスクブレーキとなり、ディスクブレーキはローターの形状からソリッドディスク→ベンチレーテッドディスク、さらにスリット入り、ホール(貫通穴)あるいはディンプル(窪み)の設けられたもの、そしてキャリパーはシングルピストン(=ポット)→2ピストン→4ピストン→6ピストン、ブレーキパッドはノンアスベスト(セミメタリック/ロースチール/ノンスチール=アラミド繊維、銅繊維、真鍮繊維、セラミック繊維など)→焼結合金系(銅、真鍮、鉄)、C/Cコンポジット(カーボン)系と高摩擦系あるいは高耐摩耗性へと段階的に変化していくことになる。



ガチのカーボンブレーキはじつは市販車向きじゃない! 航空機や...の画像はこちら >>



ところで、これらのアップグレードは、基本的には鋳鉄ローターを持つ従来のディスクブレーキを前提としたものだが、最近、最高峰のブレーキシステムとしてカーボンブレーキ(じつは、そんなに最近ではないのだが)の認知度が高まっている。では、カーボンブレーキとはいったいどんなブレーキなのか、この点についておさらいしておこう。



ガチのカーボンブレーキはじつは市販車向きじゃない! 航空機やF1で使われるブレーキシステムは何がスゴイのか?
クルマに装着されたカーボンディスクブレーキ



文字どおりカーボン(炭素)を素材としたディスク(ローター)を持つブレーキシステムで、レースカー用として使われ始めたことで知られているが、もともとは航空機用として考案されたシステムである。発端となったのは1972年、ビッカース社のVC10で試験的に採用され、1974年にコンコルドで本格採用となった。レースの世界ではこれより2年ほど遅れた1976年にブラバムBT45(F1)で試され、1984年のマクラーレンMP4/2(F1)で常用メカニズムとして採用される道のりを歩んでいる。



ガチのカーボンブレーキはじつは市販車向きじゃない! 航空機やF1で使われるブレーキシステムは何がスゴイのか?
マクラーレンMP4/2Cの走行写真



※写真はマクラーレンMP4/2C



ローター素材のC/Cコンポジットとは、カーボン・カーボン・コンポジットのことで、炭素繊維を炭素で強化した複合素材で、軽量、高強度、高弾性といった特徴を備えている。比重は、炭素繊維と炭素の配合割合から異なってくるが、約1.5~1.6といったあたりが多く、単純に鉄と比べた場合5分の1程度と超軽量な素材である。



ガチのカーボンブレーキはじつは市販車向きじゃない! 航空機やF1で使われるブレーキシステムは何がスゴイのか?
カーボン・カーボン・コンポジットの写真



カーボンを使用したブレーキシステムとして見た場合、絶対重量が軽く耐熱性が高い(=熱エネルギーの放散量が大きい)ことから、高速域からの強力な制動力が必要な航空機(コンコルドの着陸速度は160ノット=296km/h、ボーイング777/787もほぼ同じで最速着陸速度の部類に入る)でカーボンブレーキが着目されたのは、当然の成り行きと言えるものだった。



ガチのカーボンブレーキはじつは市販車向きじゃない! 航空機やF1で使われるブレーキシステムは何がスゴイのか?
ボーイング787の写真



ブレーキ系が発熱した状態でないと性能を発揮できない

しかし、カーボンブレーキには大きなウイークポイントがあった。温度依存性が高いことである。

ブレーキ系が発熱した状態でないと利かないのだ。逆の言い方すれば、冷えた状態では効かないということで、たとえば車重1トンの自動車が100km/hからフルブレーキングした程度では、十分な発熱が得られずブレーキが効かないことになる。航空機の場合は、最新で最高の着陸速度となるB777/B787の最大着陸重量は180トン前後、着陸滑走距離は2160m/1750mとブレーキにかかる負荷は大きく制動距離(時間)も長い。



これに対し自動車は、重くても車重は2トン、制動距離は長くて200m、時間にして4~5秒のことで、冷えた状態のブレーキ系がブレーキペダルを踏んで発熱し、十分な制動効果が得られるまで温度が上昇するには条件的に無理が多い。



ガチのカーボンブレーキはじつは市販車向きじゃない! 航空機やF1で使われるブレーキシステムは何がスゴイのか?
ホンダ・NSX(2代目)の走行写真



実際、極限の制動性能が求められるレーシングカーの場合にも、たとえばグループCカートヨタTS010の設計段階では、ドライ時はカーボンブレーキ、ウエット時は従来型鋳鉄製ブレーキを振り向けるという、路面コンディション(温度条件)によってブレーキ材質を使い分ける配慮が行われていた。同じようなことはインディカーについても言え、オーバルトラック時は従来型鋳鉄ブレーキ、ロードコース時はカーボンという使い分けがされていた。ブレーキ負担の小さなオーバルトラックでは、逆にピットイン時にブレーキが利かなくなることへの対応策だった。



ガチのカーボンブレーキはじつは市販車向きじゃない! 航空機やF1で使われるブレーキシステムは何がスゴイのか?
インディカーがオーバルトラックを走行している写真



絶対性能は高いが、性能を発揮させにくいという特徴から、市販車用としてカーボンブレーキ(C/Cコンポジット)は用意されなかったが、最近、セラミックとの複合材によるカーボン/セラミックブレーキが商品化されている。C/Cコンポジットと比べて温度依存性が低く、それでいて鋳鉄よりは圧倒的に軽いことから、スーパースポーツカーの標準ブレーキシステムとして使われたり、高性能GTカーのオプション装備として用意されている。



ガチのカーボンブレーキはじつは市販車向きじゃない! 航空機やF1で使われるブレーキシステムは何がスゴイのか?
サーキットを走行するポルシェ911のブレーキ



レースエンジニアによれば、いわゆるカーボンブレーキとは別物と考えて欲しいとのことだったが、従来の鋳鉄製ローターよりはるかに軽く、一般公道の使用において強力な制動力が得られることから、優れたブレーキシステムということが出来る。



ガチのカーボンブレーキはじつは市販車向きじゃない! 航空機やF1で使われるブレーキシステムは何がスゴイのか?
メルセデスAMG・E63S 4MATICプラスのエクステリア



ほかにカーボンブレーキの難点としては、ローターの製作工程が複雑なことから、非常に高価なブレーキシステムになっていることだろうか。超高速域からのブレーキングで、安定した制動力を発揮するブレーキシステムとしての能力は抜群に高いが、こうしたスピード域からのブレーキングは、常識的にはサーキット走行以外にあり得ず、またこうした環境でなければ所期の性能を発揮できないシステム、と考えるべきなのだろう。

編集部おすすめ