この記事をまとめると
■アルピーヌA110のラリー仕様となるA110RGTがラリージャパン2024にて日本初上陸■ラリージャパンのテストデイに同乗試乗体験が行われた
■開発現場で見たメカニズムの詳細を交えながらA110RGTについて徹底解説する
アルピーヌA110のラリー仕様が日本初上陸
今週末はWRC最終戦、ラリージャパン2024が行われるが、タイトルをほぼ手中にしたヒョンデとホームで迎え撃つトヨタGAZOO RACINGの対決モード以外にも、見どころが多々ある。そのひとつが、欧州の域外で行われるラリーに初めて姿を現したアルピーヌA110RGTだ。
エントリーしているのは、フランスはセヴェンヌ地方に拠点を置くシャゼル・テクノロジー・クルスというプライベーターチーム。
結果、A110RGTは、直近のフランス国内選手権の2駆クラスを3度、FIAのR-GTグループを2度、制している。FIAのR-GTグループは、A110RGT以前はポルシェ997型GT3やアバルト124が優勢だった、2駆のツーリングカーでラリーを争うためのカテゴリーであり、いまやフランス選手権ではフランソワ・デルクールやセバスチャン・ローブなど、往年の名手らがこぞってA110RGTまたはその進化版A110GT+で出走するなど、2駆でそのテクニックを見せつけながら優勝を記録し、大きな盛り上がりを見せている。

今回はラリージャパンのテストデイに、シャゼルのA110RGTのコパイ・シートに収まって、実際のSSに近い走りを同乗体験してきた。鞍ヶ池公園の北駐車場で迎えてくれたのは、シャゼル・テクノロジー・クルスのチームマネージャー、ルイ・シャゼル氏だ。

「現代のアルピーヌが欧州の地を離れて初参戦するラリーとあって、非常に名誉に感じています。日本のラリー・ファンの熱意もすごいですしね。とても難しいラリーだとも聞いていますが、走らせるのが楽しみ」。
彼によれば、フランスではラリーは公道で行われる"観戦タダ"のスポーツだから、行く先々のコースのどこにでも観客がいて賑わっているが、日本では安全面を考慮した規制がキチンとなされているぶん、リエゾン区間で手を振ってくれる観客とのやり取りが独自の雰囲気で、好ましいという。そのぶん、スタジアムでのステージような特殊な挑戦もあり、なにかと独特なのだとか。

ドライバーのアルマン・フュマル氏はベルギー人。
「コース幅が狭くてコーナーの曲率が高くて、気候が異なるけどツール・ド・コルスに似たところがあるかな。晴れているけど路面はハーフウェットだったから、いつもならA110はスムース・ドライビングで走らせるんだけど、日本でこの条件ならドリフトを多用させるほうが速くイケる感触だね、いまのところ」。
「ぼくらの地元のセヴェンヌにも似ていると思うよ。通常のラリーではふたつぐらい先のコーナーの情報を読み上げるんだけど、ここは狭くてトリッキーだから、ひとつ前しかいわない。でないとドライバーも混乱しちゃうからね」。

と、なんだか楽しみなコメントが返ってきたところで、車両のメカニズムを観察させてもらった。
メカニズムは7割市販車と同じ……だが見ると別物
市販車両から70%のコンポーネントは引き継いでいるというが、実車を前にあれこれ解説を聞きながら、変更されている30%が肝心であることを思い出した。2年前にシグナテックのアトリエを取材した際、ちょうどFIAのR-GTホモロゲ―ションが取れたところで、フィリップ・シノー氏自ら嬉しそうにあれこれ説明してくれたのだ。

まず、前後のサブフレームは鍛造アルミニウムから削り出したもので、軽量高剛性であるのはもちろん、ノーマルよりもボディに高くマウントすることでショックアブソーバーのアッパーストラット位置ごと高くし、減衰ストローク量もAアームの上下動をも稼ぎ出している。

ちなみにリヤのサブフレームはGT4仕様と骨格は同じなのだが、ピロボール化されたAアームのマウント位置をRGTは低く、GT4は高くとることで、重心高を変えている。フロント側は、もともとアルミのL字型補強があちこちに入ったノーマルのサブフレームにストラットマウントを追加しているGT4に対し、RGTは鍛造アルミでストラットマウント一体のまま削り出している。

それだけラリーマシンが路面から受ける負荷が大きいということだ。極太のサブフレームの間には、基本的にはGT4と同じ仕様の、燃料の安全タンクが挟み込まれるように低く搭載されている。
そういえば、市販車は前後タイヤのトレッド幅が異なるが、A110RGTはパンク時などを考慮して前後とも235/40R18サイズで統一されている。

シグナテックで見かけたヘルパースプリングは、シャゼル仕様では縮め切って使われていた。ショックアブソーバーはフランスのALPレーシング製のARSというサブタンク式で、シャゼルもそのまま採用しているとのことだ。マネージャーのルイによれば、パーツ変更がほとんど許されないレギュレーションで、変更できるのはそれこそキャンバーやトー角などセッティングの範囲内に限られる。

だがA110RGTの強みは、ステアリングホイール上中央のボッシュ製モータースポーツ用ABSの12段階ダイヤルと、右下5段階のトラクションコントロールを、スペシャルステージの最中にでも状況に応じてドライバーが変えられることだという。左下のダイヤルはエンジン・マッピングで、ここだけはチームとの話し合いによって変える。ところでドライバーの右側に伸びているレバーはハンドブレーキで、シフトの変速はパドルシフターだ。

また、エンジンだが、ヘッドガスケットや電動ファンなどは強化されているものの、基本的にはノーマルのSの300馬力強。ターボチャージャーもノーマルのままだが、トランスミッションは3MO製のシーケンシャル6速で、発進時のみクラッチ操作を必要とする。

そうこうしているうちに、順番がまわって来た。

鋭い挙動だが市販車の面影も感じられる
フュマル氏のドライブで、まずは一般道へ。テストSSまではけっこう距離があるのだとか。確かにガシャン、ギュイーンといった駆動ノイズが容赦なく車内に侵入してくるが、多少ノーマル仕様より視線は低いとはいえ、乗り心地が意外なほど跳ねなくて快適であることに驚かされる。エンジンもほぼノーマルだから気難しさは一切なく、1速発進時に左足でクラッチ操作をしている以外は、ナビシート側にいるとはいえ驚くほどロードカーに近い感触だった。
やがてSS入口に着いて、マーシャルが我々の安全装備を確認して、前車との距離を保つよう指示があったあと、いよいよスタート。ハーフウエットどころか、しっとり濡れて枯葉もけっこう脇に積もったまま、そんなコンディションの奥三河の農道で、もちろんいきなりフル加速だ。ちなみにABSは12段階中の4、トラクションコントロールは5段階中の2と、いずれも弱めのセッティングだった。

ラリー用のローギヤードがものをいい、エンジンの吹き上がりが鋭い。いくら内装材を剥いで、鋳鉄のロールケージやウレタンフォームで埋めたドアパネルを張っているとはいえ、1080kgに収まった車体は弾かれたようにコーナーに進入していく。
ときどき、長いストレートじみた区間では速度がのるが、余裕をもってブレーキングしては、再びスライドからエイペックスをピタリとかすめるようなコーナリングが続く。ステアリング舵角は大きくても90度以上は使わない様子で、コーナーからの脱出時にむしろアウト側へステアリングを切りながら加速している感覚だ。あれだけタイトコーナーが続いても、一度たりともフュマル氏が手もとをもち変えることはなかった。

「氷の上みたいにすごく滑るコンディションだから、グリップの範囲内で走らせるよりも、こっち(滑らせる)のほうが断然、マージンがある状態で速く走れるんだ。前回、フランスで走ったときのセッティングがそのまま、ここのコースに相性がいいみたいだね」。
そうドライバーのフュマル氏は走りながら、こともなげに説明する。A110RGTがリヤを沈めながら、わずかにカウンターを当てた状態で立ち上がって来る姿はさぞかしスペクタクルだろうなと、車内にいながらにして想像できた。
それにしても強烈に印象に残ったのは、挙動の鋭さは数段上とはいえ、その走行感覚には一連のA110の市販バージョンに通底するものが、はっきり感じられたことだ。しなやかに地面を捉え続けては、積極的な荷重移動で躍動感たっぷりに走る感覚は、シャシー・アルピーヌに似ている。

もちろんWRCのトップカテゴリーの、効率に優れた4WDマシンがタイムでは上まわる。だが、モータースポーツの楽しさも「相対的なスピード」のなかで捉え直されつつあることが、今回の同乗試乗を通じて確信できた。フランス国内のラリー選手権に、往年の名手たちがA110RGTあるいは空力をさらに磨いたA110GT+を駆って、プライベーター参戦するほど盛り上がっているのは、乗り手と観客の要求にこのマシンが重なり合うところがあるからなのだ。

ちなみにA110RGTの価格は18万5000ユーロ(税抜3000万円強)。プライベーター向けのモータースポーツ専用車両として、とくに高過ぎる価格ではないのだ。