この記事をまとめると
■NASAは宇宙飛行士専用車としてエアストリーム社に「アストロバン」を製作させた■アストロバンはキャンピングカー「エクセラ」をベースとして製作
■お役御免となった現在はケネディ宇宙センターなどに展示されている
宇宙飛行士を乗せてたった9マイルを往復するだけ
最新型の月面探査車のニュースを聞いても、不思議なことにさほど胸が騒ぎません。タイヤがどうしたとか、太陽エネルギーで走るとかなんとかいわれても、1960年代の昔から大して変わってないやんけ、と感じるのは筆者だけでしょうか。
一方で、NASAがアストロノーツ(宇宙飛行士)を乗せて、たった9マイルの往復のためだけの専用車を、かのエアストリーム社に作らせた、というエピソードには胸が高まる方も多いはず。
1960年代にNASAが宇宙飛行士を月に送る準備をしていた際、科学界では未知の月面病原体の脅威について懸念が生じました。宇宙飛行士が月面のバクテリアと接触し、帰還後に、病気の発生につながる可能性が心配されたのです。そこで、宇宙飛行士と彼らが収集したサンプルを移動検疫施設(MQF)にいったん封じ込めるアイディアが立案されました。
NASAはMQFの製造をエアストリーム社に託したのですが、その理由は「航空機のような」密閉可能な構造と、輸送の厳しさに耐えることができる高品質な内外装だったとされています。たしかにエアストリーム社は航空機レベルの素材を、これまた航空機製造の精度でもって組み立てるという、キャンピングカーと呼ぶにはもったいないクオリティですからね。

結局、MQFはアポロ計画11/12/14号で使用されていましたが、月の病原体は脅威ではないと判断され、その使用は中止されました。
が、NASAとエアストリーム社の関係はここで終わらず、フロリダ・ケネディ宇宙センターのオペレーション・アンド・チェックアウト・ビルから発射台まで宇宙飛行士を輸送するためのクルマ、アストロバンが作られたのでした。

インテリアにはキャンピングカーのものをそのまま流用
1983年に発注されたアストロバンは、アポロやサターン計画ではなく、スペースシャトル計画に沿ったもので、27フィート(8.23m)のキャンピングカー「エクセラ」をベースとして、3台が製造されています。

宇宙飛行士の送迎車といっても、特別な仕立て直しはそれほど多くありません。標準的なリビングエリアとダイニングエリアの代わりに、アストロバンは8人のシャトルクルーをサポートするために、両側にベンチシートを配置。このベンチには、宇宙飛行士のかさばるオレンジ色の打ち上げスーツに冷気を循環させるためのベンチレーターユニットなどが格納できるようになっていたそうです。
また、貨物の積み込みを可能にする大型の後部ハッチや、トイレや冷蔵庫などエアストリームの標準装備はそのまま流用。標準装備といえば、ダークウッドのパネルや金のカーテンなど、もとのインテリアがそのまま使われており、なんだかほのぼのムードを感じさせてくれますね。

1983年から2011年7月の最終ミッションまで27年間の運用で、アストロバンの走行距離はわずか2万6500マイル(約4万2000km)でした。これは、打ち上げのリハーサル中と打ち上げ当日に、乗組員がスーツを着た場所から発射台まで約9マイル移動して戻ってくるためにのみ使用されたため。なお、このうちエンジントラブルやパンクなどの故障は一切報告されていません。
現在はさすがにお役御免となって、フロリダ州ケープカナベラルのケネディ宇宙センターなどに展示されているとのこと。磨き上げられたアルミボディに、ちょっと古めかしいNASAのロゴやフラッシュラインの映えることいったらありません。

じつはアストロバンはNASAが使っていただけでなく、ボーイング社のCST-100スターライナー乗組員向けに作られた「アストロバン II」も存在します。こちらは、エアストリーム・アトラス・ツーリング・コーチという現代的なモデルをベースに仕立てられたもの。

フロリダ州ケープカナベラルの宇宙飛行士が、スーツを着た場所から発射台までボーイングの宇宙飛行士を送り迎えするというのは初代と同じ役割です。
カタチこそ変わっても、アストロノーツ専用車というだけで胸が高まってくるではありませんか。