この記事をまとめると
■ひと昔前の高性能車のボンネットにはコブのような膨らみ「パワーバルジ」があった■「パワーバルジ」は大きなエンジンや補機類を搭載する空間を得るために用いられた
■国産車・輸入車を問わずパワーバルジを見れば何のクルマかわかるほどの個性を発していた
ボンネットの膨らみでエンジンスペースを確保
クルマの高性能な部分にロマンを感じる人にとって、それを外観でわかりやすく判別できる要素はけっこう重要です。昨今ではバンパーに大きく開けられたエアインテークや、グランドエフェクトの象徴であるディフューザー処理がそのアイコンとして効いています。
ひと昔前ではブレーキ冷却用のダクト穴や、大型のリヤスポイラーがその象徴的存在でした。
いまの若い世代には耳馴染みが薄いでしょうから、「なんのこっちゃ?」となってしまうかもしれませんが、ここでは往年の高性能の証であった「パワーバルジ」について少し掘り下げてみましょう。
■パワーバルジとはなんぞや?
「パワーバルジ」を言葉から紐解いてみましょう。まずこの単語は「パワー+バルジ」とわけることができます。「パワー」はいわずもがな、「力」「出力」「性能」を表していますが、「バルジ」のほうは馴染みがありませんね。「バルジ」というのは英語で「bulge」と表記され、意味は「膨らみ」です。

「パワー=力」の「膨らみ」というと……そう、「パワーバルジ」とは「力こぶ」なんです。まあ、それは半分冗談ですが、要は「力」の存在を秘めた「膨らみ」という意味になります。
■パワーバルジの起源は?
このパワーバルジがどう生まれたのかについては諸説あるようですが、代表的なのはアメリカン・マッスルカーのV8エンジンに由来するという説があります。
<アメリカン・マッスルカーの場合>
アメリカ車のV8エンジンは、排気量が大きいために容積が大きく、大柄なアメリカ車でもエンジンルームで大きなボリュームを示して鎮座しています。

往年のアメリカン・マッスルカーは「ロー&ワイド」なスタイルがクールだとされて主流だったこともあり、とくに天地のスペースには余裕が少なかったようです。
そしてその当時、マッスルカーをベースにして、さらにパワーを上げてより速いマシンに仕上げるという「ホットロッド」というチューニングの流れがありました。

その世界ではV8エンジンのバンク間にデカいキャブレターやスーパーチャージャーを載せて一気に大パワーを稼ぐ方法が流行りました。そうなると、ただでさえ余裕のないエンジンとボンネットのすき間にはとうてい収まりません。
そうしてその界隈では、その膨らみのなかにはハイパワーを生み出す装置が収まっているという認識が広まり、憧れの対象として定着。メーカーもそれに着目して市販車にも反映させたのが世界に広まった、という説です。
<欧州レースシーンの場合>
また、もう少し時代を遡った欧州では、レースカーの空力やスタイリングの追求でスリムなボディ形状が求められていました。
しかし、マッスルカーのケースと同様に、エンジンの性能を高めていくと、どうしても大きなシリンダーヘッドや大口径のキャブレター、または大きくうねった排気管などが必要になるケースがあり、設計者やデザイナーはスリムなボディとのスペースの調整に苦心していました。
そこでその対策として生み出されたのが、必要な部分だけ膨らませばいいという方法です。

昔の流線型のボディをまとったレースカーを見てみると、ボンネットにポコッと膨らみがあるマシンが見付けられるでしょう。
モデルによってまったく異なる膨らみのカタチ
■パワーバルジのあるクルマの代表例
ダッジ・チャレンジャーT/A
まず前述のマッスルカーでは、発祥の一角であるだけに多くの例がありますが、個人的には「ダッジ・チャレンジャーT/A」が印象的な一台です。
このクルマは1970年に発売されたチャレンジャーの特別モデル。末尾の「T/A」は「トランス・アメリカ(アメリカ横断)」の略で、当時大流行した「トランザムレース」のホモロゲーション獲得用のモデルということになります。

レース向けに大口径キャブレターが3機装着されていて、そこにフレッシュなエアを導入するためにエンジンフードに大きなインテークダクトが設けられています。
これがひと目見て「T/Aだ!」と識別できるアイコンとなっていました。
ジャガー・Eタイプ
英国を代表するスポーツクーペといえばこの「ジャガー・Eタイプ」を挙げる人も多いでしょう。そのEタイプの長いボンネットフードには、中央に流線型の膨らみが設けられていて、それがデザインのアクセントにもなっています。

ちなみにのちのジャガーのクーペモデルたちにもこのバルジの意匠が受け継がれているようです。このバルジのなかにはジャガーの誇る大排気量4リッター直列6気筒エンジンのDOHCヘッドが収まっています。

その高性能な心臓を美しく誇示する膨らみに憧れた人は少なくないでしょう。
日産フェアレディZ
国産車でまず思い浮かべるのは「日産フェアレディZ(初代・S30型)」でしょうか。
上記のジャガーEタイプを彷彿とさせるロングノーズ&ショートデッキなシルエットのボディに、直列6気筒エンジンを搭載する国産車を代表するスポーツカーの一台です。

このフェアレディZもボンネット中央に西洋の剣の切っ先のような形状のパワーバルジが設けられています。
これはコンパクトなボディサイズで流麗なデザインを考えた際、エンジンを搭載する段になってシリンダーヘッドが収まりきらないことが発覚。急遽バルジ形状で納めたという話が伝わっています。

その経緯はともかく、いまではZのアイコンとして認知されていて、現行のRZ34型でも復活採用されています。
ホンダS800
こちらも国産車を代表するスポーツカーの一角として名が挙げられる機会の多い「ホンダS800」。

そこに各気筒個別のキャブレターを備えるという点が特徴でしたが、S800のボンネットにある小さな膨らみはそのキャブレターを納めるためではなく、他のSシリーズと差別化するためだといわれています。フラッグシップとしてのアイコンがほしかったということでしょうか。

余談ですが、このS800のパワーバルジからは1984年に発売された「CR-X Si」を連想してしまいます。こちらのパワーバルジはエンジンをDOHC化した際にカムスプロケットカバーの盛り上がりが収まりきらなかったためとのことで、本来の役割で設けられているそうです。
日産パルサー GTI-R
少しだけ新しいところでは、「日産パルサー GTI-R」のグリル状インテーク付きバルジが印象的でした。

このバルジのなかには、それこそ1980~90年代にかけての高性能ターボエンジンの象徴といえる「インタークーラー」が収まっています。この上置きインタークーラーの元祖は「ホンダ・シティターボ」だという声も多いと思いますが、このオラオラ感すら感じる存在感は、パワーバルジ史上でもかなりのものだと思います。
この当時はコンパクトハッチのボディに240馬力の強心臓を備え、四輪駆動でグイグイ加速するモンスター的パフォーマンスから、「ミラーでこのバルジを見たら道を譲れ」といわれていたほどでした。

この「パワーバルジ」は、先述のRZ34フェアレディZをはじめ、シボレー・カマロなどの新生マッスルカーでもいまだに高性能の証として活用されているようです。
これを機に「パワーバルジ」に注目してクルマを見てみると面白いかもしれません。