わずか1周のアタックのためにじっくりとシミュレートした
その日はいつになく早い時間に東京を出た。筑波サーキットでの集合時間は午後2時だというのに、東京を出発したのが10時30分。首都高の渋滞を見積もっても行程は1時間あれば十分だ。
やはり、12時にはサーキットに到着してしまっていた。
早く出発したのにはふたつの理由があった。ひとつは、メガーヌR.S.トロフィーRの試乗を前に、事務所での雑務が仕事が手につかなかったからだ。気持ちは筑波サーキットに飛んでしまっていた。
もうひとつの理由は、ドライビングをシミュレートしたかったからだ。というのも、じつはメガーヌR.S.トロフィーRのコンタクトはすでに終えていた。箱根ターンパイクでのドライブを経験していたのだ。そこでの印象があまりに強烈過ぎていたこともあり、サーキットでのドライブパターンを予習しておきたかっという思いがあった。
ニュルブルクリンクでFF最速記録を更新したマシンは、高速コーナーが主体のニュルブルクリンクを想定した箱根ターンパイクでのドライブでも牙を剥いた。
しかも、今回の筑波ドライブはたった1周である。悠長にマシンに慣れているヒマなどない。幸い、僕のドライブ前に開発アドバイザーを務めたという谷口信輝選手がチェック走行をしているとの情報を得ていた。それを見学することにしたのが、早目にサーキットインしたふたつめの理由である。
ただ、その周到な準備もあまり役に立たなかったのかもしれない。というのも、メガーヌR.S.トロフィーRは僕の想像を越えて超絶に速かったのである。
軽量化されたことで、加速はさらに鋭さを増していた。「R」の文字がつかないメガーヌR.S.トロフィー(MT)との車両重量の差は130kg(カーボン・セラミックパックとの比較)。その数値以上に強烈な加速Gだったように感じた。
ターボチャージャーの反応は素晴らしい。
暴れ馬だが手懐ければ驚異的な速さを見せる!
だから、一般的には2速で旋回するのがセオリーの1コーナーを僕は3速で挑んでいる。低回転からモリモリとトルクが溢れ出す証拠である。
じつはそれは正解で、逆にいえば高回転域の伸びはない。レッドゾーン手前から徐々にサーチュレートしていくようで、シフトアップが急かされる。
実際のところ、6速マニュアルトランスミッションは2ペダルMTのような電光石火のシフトワークが不可能だ。クラッチペダルを踏み、床から生えているシフトレバーを器用に操るのは難しい。軽量化のために古典的なマニュアルミッションを採用したことは尊重するが、タイムロスはする。ならばわずかでもタイムロスの機会を減らすことが得策だと思えた。3速で1コーナーに挑んだのはそんな理由もあったのである。
操縦性に関しても、予想を裏切られている。メガーヌR.S.トロフィーRは徹底したダイエットに挑戦している。後輪操舵すらも省略している。それがアンダーステアで曲がらず、なおかつオーバーステアでロスを生むのではないかと想像していたものの、現実はそれとは異なり、コーナリングマナーは良い。フロントはメガーヌR.S.トロフィーよりも鋭く入る。ロール剛性が高く感じたのは、軽量化の恩恵だろうか。ノーズの応答はつねに残されている。
それでいて、テールスライドも軽微だ。ブレーキを軽く当てて進入するような、例えばダンロップコーナーであったり、最終コーナーなどではリヤがむず痒く限界を覗かせるが、過渡特性は感覚を裏切らないので次の挙動が予測しやすいのだ。
もっとも、暴れ馬であることに違いはない。パワーは強烈だから、タイトコーナー立ち上がりでは必ずといっていいほど前輪が空転する。コーナーを小さく曲りこみ、直線的なラインを描いていてさえも、アウト側の縁石に触れるあたりで必ず前輪がスキッドアウトする。この辺りは前輪駆動の限界なのかもしれない。超絶グリップのタイヤをはめこむか、もしくは丁寧に調律したトラクションコントロールが欠かせない。
いやはやそれにしても、激烈マシンである。自宅を早目に出て、走りを事前に観察したことで気持ち安らかにドライブすることはできたが、その想像を大幅に超えて過激だったのである。
ニュルブルクリンクでの最速に挑むということは、つまりそういうことである。