高精度でも量産……この難題をクリアするための下山工場
GRヤリスの心臓部は専用開発となる直列3気筒ターボの「G16E-GTS」だ。ボア87.5×ストローク89.7mmで排気量1618cc、圧縮比10.5、最高出力272馬力/6500rpm、最大トルク370N・m/3000~4600rpmと言うハイスペックだ。
実際に乗ると、高出力の小排気量ターボながら扱い辛さは皆無で、谷間のないフラットなトルク特性とレスポンスの良さ、そしてレッドゾーン(7000rpm)を超えていきそうな伸びの良さや回転精度の高さやアクセルを踏んだ時の応答性やツキの良さなど、ドライバーの意志に反応してくれるエンジンだ。
WRカーのエンジンとハードの共通性はないが、開発エンジニアはWRカー用のエンジンの製作を担当するTGR-E(旧TMG)で、「WRCでのエンジンのニーズ」を調査。そこでわかったのは、軽量/コンパクトであること、中低速トルクの豊かさとハイパワーの両立させること、そして扱いやすいこと……と、WRカーとロードカーが求められる要件に違いはなかったそうだ。

では、このエンジンどこで生産されているのか? じつは限定発売された86のスペシャルモデル「86 GRMN」の専用エンジン「FA-20 GR」の生産はトヨタテクノクラフト(現TCD)が担当していた。性能のバラつきをなくすために1機ずつエンジン台に乗せ、匠の手による手作業で丁寧かつ慎重に組み付け。その後、全数を専用ベンチでテストを行なった後に出荷……と、工場というより工房といった世界に驚いたが、これは台数限定だから成立する事例で、量産モデルで同じ事を行なうと効率もコストもNG……。間違いなく400万円台での提供は不可能である。
「高精度を量産する」、この無理難題を実現可能な工場は存在するのか? そこに手を上げたのが「下山工場」だった。下山工場はトヨタの主力エンジンのひとつ「ZR」の生産を行なっているのに加えて、少量多品種の混流生産ラインを持っている。そこでの知見をGRヤリスのエンジン生産に活かせると考えたのだ。

普通のラインで超高精度なエンジンを組める秘密
じつは見学するまで、下山工場内にG16E専用の生産ラインが新設されたと思っていた。それも高精度の組み付けができるように、外部と遮断されたクリーンルームのような施設の中で、熟練の担当者が組み付けを行なっていると。しかし、実際は混流ラインでほかのエンジンと一緒に組み付けが行なわれていた。

開発責任者の齋藤尚彦さんは「少量生産でもコストを上げないために使ったのは、『知恵』でした」と語るが、その知恵は多岐にわたる。各部品の重量合わせや組み付け精度などを理想値に合わせるための工夫や、クリーンルームを用いなくてもコンタミ(製品に混入した不純物)を防止する努力などにより、ほかのエンジン生産の邪魔をせずに、それとは比べものにならない高精度を両立させている。

またG16Eは高性能を実現させるために、通常のエンジンより組み付けが難しい工程がいくつかあるが、それもさまざまなカイゼンや作業者の技術力でカバーし、組み付け時間も工程内で行なわれているそうだ。
これらにより、AMGのエンジンのように一人の職人が最初から最後まで責任を持って組み上げる作業(One man,-One engine)を、GRヤリスのG16Eは混流ラインですべての担当者により実現しているのである。これが下山工場の「高精度混流ライン」だ。

その証としてエンジンブロック側面にが「GR SHIMOYAMA 匠」のエンブレムが装着される。齋藤さんは「これだけは採算度外視して採用した」と語る。これが貼られたエンジンすべては、カタログ値を保証する「当たりエンジン」なのである。

GRヤリスのラインオフ式の約4週間前の7月27日、このG16Eエンジンのラインオフ式が下山工場で行なわれた。GRカンパニーの友山プレジデントをはじめとする関係者が集まりラインオフを祝ったのだが、もともとビデオレターでの参加だった豊田社長が業務の合間を縫ってサプライズで駆けつけてくれた。

「下山工場でこのエンジンの生産に関わるメンバーに、直接『ありがとう』を言いたくて来ました。私はこのクルマと2年前に出会いました。
GRヤリスの要の一つであるエンジンが「Made in SHIMOYAMA」であることを、是非覚えておいて欲しい。