たった2年しか販売されなかったミニバンベースのクーペ
ルノー・アヴァンタイムというクルマを知っているだろうか。ミニバンをベースにしたクーペを作るという、先にも後にも似たようなクルマがない、唯我独尊といえるコンセプトで2001年に登場したもののさっぱり売れず、わずか2年後に生産中止となった、商業的には大失敗といえる車種である。
今回はそんなクルマに15年以上乗り続けている僕が、独創すぎて受けなかったこのクルマを簡単に紹介していくことにしよう。

アヴァンタイム誕生の伏線は、ルノーが1984年に欧州初のミニバンとして登場させ、ヒットに結びつけていたエスパスにある。彼らはこのエスパスのコンセプトを生かして、ラグジュアリーセダンとクーペを作ることにしたのだ。

その1台がアヴァンタイムで、1999年にコンセプトカーがお披露目され、話題を集めたことから市販型が登場し、日本には翌年輸入された。この2002年はセダン版もヴェルサティスという名前でデビューしている。

エスパスはルノーの開発ではなく、航空宇宙分野を本業とするかたわら、スポーツカーやレーシングカーを作り、1969年のF1チャンピオンや70年代のル・マン24時間レース3連覇などを手にしたルノー以上の独創集団、マトラが手がけた。
なのでボディ構造は独特で、スケルトンモノコックにFRPボディパネルを貼り付けるという、日本ではオートザムAZ-1に使われた内容を採用していた。これをベースにAピラーからルーフにかけてのフレームをアルミ製として、巨大なガラスルーフ、戦前のクーペを思わせるリヤまわりを組み合わせた。

キャビンは2列シート5人乗りになったことはエスパスと違うが、デジタル式センターメーターやドアの脇にあるエアコンスイッチなどはベース車と同じだ。日本仕様に積まれた3リッターV6エンジンをはじめ、メカニズムも共通部分が多い。

ところが日本に上陸したわずか4カ月後の2003年2月、マトラはアヴァンタイムの生産を終了するとともに、ルノーとの契約を解除し、自動車業界そのものから手を引いてしまった。あまりに独創的すぎて売れなかったのだ。生産台数は1万台に満たず、正規輸入は約200台にすぎない。

同じ頃、エスパスはルノーの手で量産しやすいスティールモノコックに生まれ変わり、生産もルノーが行うようになった。代わりにマトラはアヴァンタイムの生産を命じられたのだそんな経緯への不満もあったのかもしれない。
乗り替えるクルマが見つからない独創性
僕はコンセプトカーの段階からこのクルマを目にしていて、2001年にベルリンで行われた国際試乗会にも参加した。でもこの時点では、誰が何のために乗るクルマなのかさっぱりわからなかった。

ただ僕は以前、マトラが作ったムレーナという3人乗りミッドシップスポーツカーを所有しており、このメーカーの思想に共感を抱いていた。なので生産中止の一報を受け、なんとしてでも手に入れようという気持ちに変わった。
そんなアヴァンタイムを今も乗り続ける理由は、いろいろある。マトラの最後の作品であること、いつまでも飽きのこないデザインであること、トラブルが意外に? 少ないことなどなど。でもいちばん大きいのは、ミニバンクーペというパッケージが自分に合っていたことだ。

なんといっても解放感が素晴らしい。フロントウインドウのつけ根までは2m近くあるし、ヒップポイントは高くてピラーは細いから、胸から上は総ガラス張りという感じ。小田急のロマンスカーのような乗り物が好きな人間にとってはたまらない。

子供はいないがネコ2匹を連れて旅に出掛けることが多い生活にもベストパッケージだったし、その気になればソファも楽に積める収容能力もありがたかった。
車重は1.8tもあるから加速はそんなに速くない。でも速度を上げたときの伸びは心地よい。乗り心地は低速ではタイヤの固さを感じるものの、速度を上げるとシートの良さのおかげもあって、このうえなく快適。しかも直進安定性は盤石だ。操縦よりも移動することが好きな自分にとっては願ってもないキャラクターだった。

商業的に失敗したことは、多くの自動車メーカーが知っているはず。つまり代わりになるクルマは、たぶんどこからも出てこない。なのでアヴァンタイムを好きになったら、アヴァンタイムに乗り続けるしかないのである。