誰もが美しさを認める名車を生み出したデザイナー
筆者はデザインというものに関する専門知識は皆無であり、それどころか私服のセンスもひどいものだ。ダサさに関してはちょっとした自信がある。
だがそんな筆者でも、世界的な名デザイナーの作品を見れば問答無用で、理屈抜きで魂が震える。
たとえば工業デザイン界の巨匠であるジョルジェット・ジウジアーロ。
彼自身が線を引いたといういすゞ 117クーペやピアッツァの美しさに触れれば「うおおおおおお!」である。

また、初代フォルクスワーゲン ゴルフや初代フィアット パンダに見られる禅の境地的造形にも「うおおおおお!」となる。

また、当然ながらバティスタ・“ピニン”・ファリーナと彼のカロッツェリアがデザインした数々のスポーツカーを見ても、「うおおおおおお!」となってしまう。

素人目にはその良さがわからなかった!?
だが、世の中には有名デザイナーであるにもかかわらず、人々に「うおおおおお!」ではなく「うむむむ?」「こ、これはちょっと……」という感じで「騒然とさせてしまうデザイナー」もいらっしゃる。
例えばオリビエ・ブーレイなどはその筆頭格だろう。
コタツの上で読んだWikipediaによれば、ブーレイ氏はパリとロンドンの有名な美学校で学んだのち、プジョー・シトロエンやI.DE.A(イタリアの超有名なデザイン会社)、ポルシェで活躍し、30歳のときにはダイムラー・クライスラー(当時)のデザイン部門のマネージャーに就任。そして1989年には富士重工(現SUBARU)に移籍し、今見ても「美しい!」と感嘆するほかない2代目レガシィ(BD/BG系)のデザインを担当した。

そんな素晴らしい経歴と、たぶんセンスと実力もお持ちだったはずのブーレイさんが2001年に三菱自動車のデザイン部門のトップに立ったときに導入したのが、「ブーレイ顔」なる通称でおなじみの、あのヘンテコなデザイン。
すなわちフロントマスクの中央に富士山型の突起を設けて、そこに三菱マークを大きく配するというアレだ。

そのブーレイ顔は今さらここで言うまでもなく、その後は完全に「なかったこと」にされたわけだが、問題は、なぜデザイン理論を学び、たぶんだがセンスがあって育ちも良く、2代目レガシィなどのステキなモノも作れる人が、「あれ」を良いと思ったかである。
まぁ当時の三菱の中の人たちも、ブーレイ本部長氏のスケッチを見て「うげっ……」と思ったはずだが、経営危機のど真ん中にあった当時の三菱の中の人には、ブーレイ本部長に文句を言える権利と空気などいっさいなかったはず。
問いたいのはブーレイさん本人だ。
……あなた、プロとして本当に「あれ」がいいと思っていたのですか? 思っていたのならば、デザインとはいったい何なのでしょうか? 素人である私にはまったくわかりません……!
他と違うことを「美」とする反骨精神が生んだクセスゴ車
オリビエ・ブーレイさんのように「絶対的なアンチ」を生んだわけでは決してないが、「世の中を騒然とさせたカーデザイナー」といえば、光岡自動車のスーパーカー「オロチ」をデザインした青木孝憲さんも該当するだろう。

「中日新聞」の報道によれば、図工と国語以外の成績は1か2ばかりで、勉強もスポーツも苦手。今でいう陽キャでモテる優等生を憎み、大手自動車メーカーへのカーデザイナーとしての就職も叶わなかった青木さんだが、あるときたまたま光岡自動車の面接を受けることになり(面接官は創業者の光岡 進氏だったらしい)、拾われるような形で同社に入社。
そして入社数年後にやっとデザイナー職についた青木孝憲さんの、こう言っては失礼かもしれないが「裏街道パワー」と「反骨精神」が、あのヤマタノオロチをモチーフとした「オロチ」に結実したかと思うと、非常に感慨深いものがある。

余談ながら先日、久々に公道で見かけたミツオカ オロチは、なかなかカッコよかったですよ。「異質であることの美」を感じました。
そのほかでは、ピニンファリーナを経て「フミア・デザイン」を創立したイタリアの鬼才、エンリコ・フミア氏の一部作品も、世の中を少し騒然とさせたかもしれない。
名作と名高い4代目スバル レガシィ(BP型)前期型のフロントまわりや、なんとも妖艶なアルファロメオ164などをデザインしたフミア氏だが、アルファロメオGTVのヘッドライトあたりのデザインは、3代目ホンダ インテグラ(DC型)の前期型にあまりにも似ている。

両者のヘッドライトの造形が似ているのはパクリ云々ではなく、「両者のデザインには、遠いが、微妙な関係はあったから」ということらしいが、まぁそこはどうでもいい。最初は「変なカタチ!」と思っていたアルファロメオGTVのヘッドライトだが(筆者はGTVの元オーナーです)、あれは慣れると完全にクセになる造形なのだ。
遠い親戚である(?)3代目インテグラ前期型のヘッドライトでも同じ気持ちになったかどうかはわからないが、「さすがは一流デザイナー!」と、あのヘンテコなヘッドライトに慣れ親しんでいくうちに、筆者は日々痛感していたのである。

……と書いていて気づいたのだが、ブーレイ顔の三菱ランサーエボリューションも、傍から見るのではなくオーナーとして接していたならば、接しているうちに「さすがはブーレイさん! 一流デザイナーだなぁ!」と痛感することになったのだろうか?
そのあたりの「もしも」はわからないが、もしもそうなのだとしたら、本稿前半でのオリビエ・ブーレイ氏への暴言ともいえる批判を撤回し、謝罪したい。すんません。