「学歴詐称疑惑」の渦中にある伊東市の田久保市長が9月29日、今後、新たに就任する市長は学歴証明書などを市に提出するなどの新たな要領を定めたと発表した。公表用の経歴書も提出させ、市役所職員が確認の上、市のホームページに掲載するほか、広報誌に掲載する基礎資料として利用するという。

しかし、公職選挙法で「虚偽事項公表禁止」のルールがあるのに、重ねてこうした制度を制定する法的意味があるのか。また、過去の経歴は本来は個人情報に属することから、法的問題点はないのか。

公職選挙法が「経歴詐称」を罰する意味とは

まず、公職選挙法は選挙の際の虚偽事項の公表を禁じており、抵触すれば2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金に処せられる(同法235条1項)。また、当選は無効となり(同法251条)、公民権も停止される(同法252条)。
選挙における学歴詐称はこの虚偽事項の公表に該当し、田久保市長も現にこの罪で刑事告発されている。
公選法が経歴詐称についてこれほど重い制裁を設けている趣旨は何か。東京都国分寺市議会議員を3期10年務めた経歴があり、公選法・地方自治法等に詳しい三葛敦志(みかつら あつし)弁護士は、有権者が投票する際の判断材料として候補者の経歴が大きく影響するため、その適正さと選挙の公正を確保することにあると説明する。
三葛弁護士:「公職の選挙の候補者が学歴や職歴等を公表することは義務とはされていません。にもかかわらず、経歴をあえて公表することには、その候補者の人となり・能力・経験値をアピールする意味合いがあります。
実際、学歴や職歴等の経歴は、その人の能力や専門性、知見のある分野を推し量ってもらううえで、重要な判断材料になります。また、学歴については同窓生や関係者から親近感を持ってもらえるというメリットも考えられます。
したがって、公表する以上は、それが真実であることは絶対条件であり、刑罰の裏付けをもって担保する意味があるということです」

税金のムダ遣い? 「住民監査請求」の対象ともなりうる

では、公職選挙法が「自ら経歴を積極的に公表した場合」のみを問題としているにもかかわらず、田久保市長のように、新市長につど経歴の証明を求めるルールを設ける意味としては、どのようなものが考えられるか。
三葛弁護士は「積極的な意義を見いだすことが困難」とし、「少なくとも、市の税金を使ってやるべきことではない」と指摘する
三葛弁護士:「『政治家である田久保眞紀さん』の経歴の真実性を、なぜ市役所が担保する必要があるのか、その意義が不明です。あくまでも、政治家としての説明責任の範囲に属することであり、選挙の際の経歴公表が刑罰による裏打ちのなされていることを踏まえ、それ以上は自分の責任でチラシやHP・SNS等で公開すれば済むことです。

また、市役所の職員に、証明書等がホンモノかどうかの確認についての責任を転嫁することになりかねず、きわめて不適切です」
特に、証明書等が偽造されたものだった場合に問題が大きいとする。
三葛弁護士:「市役所は捜査機関ではありません。たとえば、精巧に偽造された卒業証明書が提出された場合に、それを確認する技術的な背景は持っておらず、強制的に捜査を行う権限等はありません。
それなのに、市役所職員が確認することで『お墨付き』を得るような制度には、合理性が認められません。また、『経歴に虚偽の疑いがある』と指摘する側にそれを覆すための証明責任が生じることとなり、むしろその適正さから遠ざかることになります。
そのような問題しか見出せないことを、少なくとも公金を使ってまでやるべきことではありません。また、確認等のために公金の投入が必要となると、その支出の適正性をめぐって住民監査請求(地方自治法242条1項)の対象にもなり得ます」

立候補者に対する人格権侵害・萎縮効果のおそれも?

加えて、三葛弁護士は、当選者に経歴の申告を義務付け、公表も行うようにすることは、立候補しようとする者の人格権等の保護の観点からも問題があると指摘する。
三葛弁護士:「誰しも人に言えないこと、言いたくないことはあります。それが学歴や職歴に関係するものであれば、申告が義務づけられ、公表が予定されていることは、人権保護の観点から問題を抱えています。
たとえば、罪を犯して処罰されたとまではいかなくとも、通っていた学校で問題を起こして退学・除籍させられたとか、勤務先や上司とトラブルになって退職したとか、メンタルの理由等で就業できなかった時期があるとか、さまざまな事情が考えられます。あるいは、学校や勤務先と係争中というケースもあり得ます。
したがって、その人の人格権(憲法13条参照)保護の観点から問題があります。
また、立候補自体を思いとどまらせる『萎縮効果』を与えるリスクもあります。
あくまでも、本人が積極的に公表した経歴についてのみ、公職選挙法の虚偽事項公表禁止の規定と、違反に対する刑罰等の制裁によりコントロールすべきことであり、それで足ります。田久保市長はまず、そちらの責任を果たすべきです」
もとはと言えば、一連の経歴詐称疑惑の原因は、田久保市長自身が「東洋大学法学部卒業」という虚偽の学歴を公にしていたことにある。
田久保市長は、当選者が証明書等を市に提出させるルールを提案するに際して、市職員に証明書等の真正性を確認させることの合理性や、経歴を公にしたくない人に及ぼす影響等について、果たしてどこまで考えたのだろうか。疑問があるといわざるを得ないだろう。


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