生活保護基準引き下げの違法性が最高裁に認められた「いのちのとりで裁判」をめぐって、行政のあり方が問われている。
原告らは最高裁判決を前提として、引き下げ前の基準への回復と差額の全額支給を求めていたが、国・厚労省は独自の「再計算」に基づいて改めて減額した支給額を算出し、2025年度補正予算に計上した。

裁判の原告らは1月22日、厚労省を訪れ、同省の対応について説明を求めた。原告らは今後、行政みずから再減額処分を取り消すよう求める「審査請求」を行う方針だ。(ライター・榎園哲哉)

最高裁で「違法」判決も厚労省“独自計算”

およそ10年もの長きにわたって続いてきた「いのちのとりで裁判」。しかし、いまだ解決には至っていない。
2012年末の衆院選で、政権への返り咲きを目指す自民党は、当時、人気芸人の母親が生活保護を受給している(受給は適法だった)、との報道を機に湧き起こっていた“生活保護バッシング”を受け、「保護費10%削減」を公約に掲げた。
これを受け、厚労省は2013~15年、3度にわたって生活保護費のうち食費など生活に直結する「生活扶助費」を平均6.5%引き下げた。そして、それに基づき保護変更決定処分が行われた。
全国の受給者約1000人と支援する弁護士らは、引き下げが「生存権」を定めた憲法25条、および同条に基づく生活保護法(8条等)に反していることを訴え、2014年2月以降、全国29地裁で処分取り消しを求める訴訟を提起した。
このうち、愛知と大阪の二つの訴訟が上告され、昨年6月27日、最高裁第三小法廷は、保護変更決定処分の取り消しを命じる「原告側勝訴」の判決を下した。

大幅減額した支給額を補正予算に盛り込む

原告らは、保護費の額を処分前(2013年以前)の状態に戻し、全受給者(約200万人、2025年9月現在)に遡及支給することを求めていた。これが実施されれば、予算は総額4000億円を超えるとも試算された。
これに対し厚労省は、昨年8月13日、原告らの頭越しに行政法の専門家ら9人で構成する「専門委員会」を設置。
委員会は、最高裁が違法とした「デフレ調整(物価下落を理由とした削減)」を撤回する一方で、「水準調整(一般の低所得者世帯との比較)」などを用いて減額自体は正当化。引き下げ前の基準から改めて減額する最終案をまとめ、同省に報告した。

なお、「水準調整」は、最高裁の個別意見等で妥当性が否定されている。
これを受けて厚労省は、原告らが求める「全受給者への全額支給」の試算からは大幅減額となる1475億円を全受給者への追加給付金等として、2025年度補正予算に盛り込んだ。
これにより、全受給世帯に一律10万円程度追加給付され、約1000人の原告に対しては10万円程度の「特別給付」を上乗せするとした。

厚労省「できるだけ速やかに追加給付行いたい」

こうした厚労省の対応について原告・弁護士らは1月22日、同省を訪れ、幹部らに改めて説明を求めた。
原告らは最高裁の判決後、断続的におよそ10回の交渉を同省に行ってきたが、今回初めて、生活保護行政部門トップの社会・援護局長も出席した。
交渉後に開かれた会見で、「いのちのとりで裁判全国アクション」の事務局長を務める小久保哲郎弁護士から、社会・援護局長が、最高裁判決で保護変更処分が違法と判断されたこと、追加給付が必要となったことについて、「深く反省し、原告や被保護者の皆さま、広く国民の皆さまにお詫び申し上げます」と謝罪した旨が報告された。
また、社会・援護局保護課長からは「できるだけ速やかに(追加給付等の)告示を設定したい」と、今後のスケジュールが語られたという。告示については、早ければ2月には出されるとの見通しだ。
しかし、保護費の“再減額”を行った厚労省の対応には、法曹界、学界などから批判の声も上がっている。

告示後に原告ら「審査請求」行う方針も

1月15日には、日本弁護士連合会の元会長らを含む約1300人の弁護士が「三権分立と法の支配の原則に抵触する」として共同声明を発表。
「行政府が司法判断をないがしろにしている」「紛争の一回的解決の要請に反する」など四つの問題点を示した。
当然、原告・弁護士らからも、厳しい“声”が相次いでいる。
会見で小久保弁護士は、「最高裁で判決が出され、ようやく全面解決に向かえると喜んだが、紛争が続くことになっている。
じくじたる思いだ」と語った。
また、厚生省(当時)の職員でもあった尾藤廣喜弁護士は、「追加給付などのお金を払えば済むという話ではない。違法なことを行い、当事者に被害を与えた。原告らは被害の全面回復を求めているが、(厚労省は)それを理解していない」と強調した。
原告らは、今後行われる“再減額”処分の告示後、「審査請求(※)」を検討しているという。
※行政庁の処分に不服がある場合や、行政庁の不作為がある場合に、行政庁に対して不服申し立てを行う
同請求は、処分の取り消しを求めて生活保護受給者が個々に行い(作成し)、取りまとめられて首長宛てに提出される予定だ。
また、「審査請求」が認められなかった場合には、再減額処分の取り消しを求めて再びの提訴も視野に入れているという。
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。


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