陸上自衛隊の演習中に行われた宴会で性暴力を受けたとして、損害賠償を求めていた元自衛官(1等陸士)、五ノ井里奈さん(26)と国・防衛省、元隊員との和解が1月26日、横浜地裁で成立した。防衛省は、計160万円の損害賠償金を支払う。

和解が成立した同日、五ノ井さんは代理人弁護士とともに都内で会見を開き、「自衛隊に今でも感謝している」と複雑な心境も吐露した。(ライター・榎園哲哉)

演習場施設で複数の隊員から受けた性暴力

「かっこよくて優しい女性自衛官になりたい」
宮城県出身の五ノ井さんは11歳のとき、東日本大震災で被災。避難所で親身に支援にあたってくれた女性自衛官の姿に感動し、自衛官を志した。
しかし、夢をかなえ実際に自衛官になった五ノ井さんを待ち受けていたのは、理不尽な性暴力だった。
2020年4月に入隊。福島・郡山駐屯地の部隊に配属された。21年8月、北海道の陸自演習場で行われた同部隊の演習の際にそれは起きた。
宿泊を伴って行われた演習で、演習場の施設に複数の隊員が集まり、宴会が行われた。
その際、上司(1等陸曹)の指示で同僚隊員(3等陸曹3人)がかわるがわる五ノ井さんに投げ技の「首ひねり」を掛けて押し倒し、覆いかぶさって抱きついた。腰を振るなどの行為をした隊員もいた。
また、ほかの同僚隊員(2等陸曹)も別の演習の際、天幕(テント)内で胸を触るなどの行為に及んでいた。
五ノ井さんはおよそ2年半、自衛隊で勤務し22年6月、依願退職した。
同月、五ノ井さんは実名で被害を告発。
“国の安全を保つ”自衛隊内で起きた性暴力は世間に衝撃を持って受け止められた。
性暴力を行った加害隊員らの刑事裁判が開かれ、福島地裁は23年12月、3等陸曹3人に対し強制わいせつ罪によりいずれも懲役2年・執行猶予4年の判決を言い渡した。3人を含む5人の隊員がその後、懲戒免職された。

防衛省との4年半におよんだ一連の裁判が終結

また、五ノ井さんは23年1月、防衛省と隊員5人に対し損害賠償を求める民事訴訟も横浜地裁に提起した。
5人のうちの1人とは23年10月、3人とは24年7月に和解が成立。そして今回、国・防衛省と残る元隊員1人(1等陸曹)との和解が成立した。
和解成立日に都内で開かれた会見では、五ノ井さんの代理人である大田愛子弁護士が和解の概要を伝えた。
それによると、防衛省は国家賠償法1条1項(※)に基づく損害賠償金として110万円、安全配慮義務に違反したことに基づく損害賠償金50万円の計160万円を支払う。他方で、元隊員(1等陸曹)との間には金銭賠償や謝罪等の定めはない。
※国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
これまでに和解した4人からは謝罪文言(文書)が提出され、金銭賠償の定めもおかれている。
なぜ、今回の元隊員(1等陸曹)1人については“謝罪”の定めがなかったのか。
大田弁護士によると、「謝罪文言の提案は出されたが、自らの過ちを認めて謝罪するものではなく、ほかの人(隊員)がやったことで苦痛を与えたことについて謝罪するという内容であり、謝罪の意味がなく、和解条項に入れなかった」という。

五ノ井さんは、元1等陸曹の謝罪文言には自分自身の行いに向き合う誠意が見られないことを理由として、受け取らなかった。
結局、本件和解の成立により、元1等陸曹個人は五ノ井さんに対し直接の法的責任を負わないことになった。しかし、金銭賠償については国が肩代わりして支払う形になることを考慮し、五ノ井さんが新しい道に進むためにも、これ以上裁判を長引かせず、和解して終結させることを選んだとのこと。
なお、現時点では、本件和解の成立をもって、元1等陸曹が最終的に法的責任を免れられたとまでは断言できない。なぜなら、国家賠償法は、国が損害賠償責任を負った場合において、公務員に「故意または重大な過失」があれば、国がその者に対し求償を行うことができると定めているからである(同法1条2項参照)。

「好きだからこそ、このままにしてはいけない」

会見には、五ノ井さんも出席。4年半におよんだ一連の裁判が終結したことについて心情を語った。
「人を守る自衛官という仕事に誇りを持っていた。私の青春だった。自衛隊を(自分の中で)失いたいわけでも、否定したいわけでもない。今でも感謝している。好きだからこそ、大切に思っているからこそ、このままにしてはいけないと思った」と、長い戦いを続けてきた“理由”を述べた。
また、「日本だけではなく、世界のさまざまな国や地域の方々からたくさんの応援をいただいた。
顔も知らない、会ったこともない方々の言葉に何度も命を救われた」と裁判を振り返った。
五ノ井さんは1月16日に、一般社団法人「みらいセーフティJAPAN」を設立。同法人では、ハラスメント等を相談できる場所の提供、学校や職場での教育、声を上げた人が孤立しないための社会発信などを目指すという。
「小さな勇気を個人の中で終わらせるのではなく、社会につなぎ、支え合い、守り合う力へと変えていく。法人活動を通じて人は何度でも立ち上がれることを伝えたい」(五ノ井さん)

「声を上げた人が不利益な状況にならないよう」

防衛省・自衛隊は昨年7月、「母性の保護」の観点から配置を制限していた陸上自衛隊の特殊武器防護隊・化学防護隊の一部部隊への配置を認め、これにより、すべての部隊への女性自衛官の配置制限が解除された。
女性自衛官の総数は年々増加しており(2024年度は全自衛官総数の約9%、約2万人が女性)、ハラスメント対策は重要な課題だ。
五ノ井さんの告発を受けて、防衛省は22年9~11月、全国の陸海空自衛隊部隊にハラスメントに関する「特別防衛監察(調査)」を実施するなど、省を挙げてその根絶に取り組む。
しかし、弁護士らでつくる「自衛官の人権弁護団」(本部・札幌市)が独自に行ったアンケートには、同監察にハラスメントの申し立てをした隊員が報復を受けたという回答も届いている。
五ノ井さんは、会見の最後にこう訴えた。
「働いている隊員から、『声を上げても通らない』といった相談も受ける。防衛省・自衛隊には(ハラスメントを)隠そうとせず、声を上げた人を守り、不利益な状況にならないような環境をつくってほしい」
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。
東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。


編集部おすすめ