近年、労働力不足が深刻化していく中で、採用後の早期離職や、現場の育成といったテーマが大きな関心を集めています。特にサービス業では「採用してもすぐ辞める」「育成が現場任せ」といった課題が浮き彫りになっており、企業のブランドや業績にも直結するこの問題に対し、今こそ採用から育成・活躍までを一貫して設計する戦略が求められています。
本記事では、日本マクドナルドで採用を統括し、現在はパーソル総合研究所(東京都江東区/代表取締役社長:岩田 亮)の「フィールドHRラボ」エヴァンジェリストとして活躍する日比谷勉氏に、採用した人材が現場で育ち、やがてリーダーとして活躍する──そんな未来を見据えた実践的な人材戦略について語っていただきました。

人事が今見直すべき採用・育成・定着戦略
採用活動は、人事部門だけで行っている、という会社が多いようですが、本来採用というものは、全社一丸となって取り組む必要があります。
特にサービス業では、接客を担当する「現場」の印象が、そのまま企業イメージにつながりますし、業績を左右しかねません。そのため、会社のどの部署にとっても採用や育成は他人事ではないはずです。
そして、企業ブランド、製品・サービスブランド、採用ブランドが三位一体となって協力関係を築いていくことが重要になります。たとえば、採用情報の発信は、採用メディアだけでなく、通常の広報・PRでもしっかり発信することで、まだ自社を知らない「潜在層」にアプローチすることができます。

実際に選考では、会社説明会や面談の中で現場の魅力を伝え、できるだけ現場への訪問機会をつくり、実際の現場や社員の働き方を見てもらえるとベストです。
たとえ最終的に入社に至らなかったとしても、「ここの面接を受けたおかげで、多くの学びがあった」と言ってもらえれば、会社のブランドイメージ向上につながるため、それも立派な成果といえるでしょう。
現場OJTが、すべての育成の原点になる
従業員向けの研修には、「年次研修」や「管理職研修」などがありますが、サービス業における育成は、「現場でのOJT」が最も重要です。

現場には、顧客、地域社会、本社、従業員などさまざまなステークホルダーとの接点があり、それぞれとの間に課題があります。自分たちのビジネスはどういうものなのかと考え、行動に移すことができる現場は、経営の疑似体験ができる場所。
「自分の作業だけこなしていればよい」というものではなく、考え、行動し、壁にぶつかって乗り越える経験こそが、人を育てます。

「ロミンガーの法則」によると、学びの70%は現場での業務経験、20%は周囲との関係、座学研修はたった10%だとされています。この数字をみても、現場でのOJTの重要性をお分かりいただけるでしょう。
現場OJTで学ぶべきことは、社会人としての基礎力、ビジネススキル、クレーム対応などのほか、「自社のビジネスをきちんと理解する」ということです。自分が働く会社がどういうビジネスで、顧客からなぜ選ばれているのかを理解するには、現場で学ぶのが一番です。

早すぎる本社勤務は損失に!?現場力の重要性とは
従業員の中には、「現場は辛い」「早く本社のマーケティングに行きたい」などと言う人もいますが、現場を熟知しないままマーケティングの仕事についても、成果をあげることができず、仕事がつまらなくなってしまうことも多いです。
また会社側としても、育成を急ぐあまり、本社への引き上げが早すぎることがあります。その場合結局うまくいかず、「もう一度現場に行ってきてください」というケースも少なくないですが、「学び直す」ということは思いのほか、難しいことなのです。
現場はビジネスの成果を挙げる場所であり、その土台の上に、スペシャリストとしての能力が活きてくるので、まずは十分に現場力をつけることが肝要です。
そのためにも、現場OJTでは「今、この現場の仕事が将来のどういう仕事、どんなキャリアにつながるか」と、作業の向こうにある目的を伝えることが大事です。そうすることで、「作業をこなす」という域を脱し、課題をみつけ、自分で考えながら仕事ができる人材に育ちます。
目の前にお客様がいることが、最高の学びの場。これを育成に活用しない手はないでしょう。

「定着」ではなく、「登用」と「輩出」を目指す
私は「定着」という言葉に、少し違和感があります。育成に力を入れていれば、「定着」ではなく、「登用」「輩出」という言葉が出てくるはずだからです。
あなたが育成した人材が将来、別の会社に行ったときにしっかり活躍できる人材になっていたならば、「この人を教育したのは御社だったのですね」「あの会社は従業員育成が素晴らしい」となり、長い目で見ると「採用ブランディング」につながっていくのです。
そして、人事の役割は「あなたのキャリアはあなた次第だ(UP TO YOU)」という環境をつくること。育成する文化を醸成し、「定着」という言葉が社内で出ない状態を目指してほしいと思います。
「UP TO YOU文化」の創り方は、会社から働く人に「働く価値」提供し、約束することから始まります。従業員に自分で働きがいややりがいを見つけてもらうのではなく、最初から、会社が従業員に価値を提供することを「EVP戦略」といいます。
●EVP(Employee Value Proposition)の提供
ある会社のEVP(働く価値)は「3つのF」を提供していました。3つのFとは、「Family(家族)」「Flexibility(柔軟性)」「Future(未来)」の頭文字をとったものです。
家族のようにフレンドリーな職場環境、多様性ある会社ならではの柔軟性、頑張る人へのチャンス・未来のキャリアというものを、会社のカルチャーとして整えています。
採用の戦略、タレントマネジメントなどの各施策ももちろんありますが、従業員に価値ある未来を約束する企業こそが選ばれる存在となり、人材を登用・輩出できる会社となれるのです。

業務の習得と能力の習得の重なりが、「業績」につながる

混同されがちではありますが、「人材育成」と「人材開発」は違います。
・「人材育成」とは現場の作業・オペレーションのために「業務」を学ぶこと
・「人材開発」とは、一人ひとりの能力を高めるための成長支援
会社の業績を上げていくためには、人材育成と人材開発、2つの視点が重要です。なぜなら、業務の習得(人材育成)と能力の習得(人材開発)の重なりが「業績」につながるからです。
こうした現場で育った人が別の部署でも成果を出す。

【ロールプレイ】現場のトレーニングを体験する ~フライドポテトのオペレーショントレーニング
今回は「大手町バーガー」という架空のハンバーガー屋を舞台に、「フライドポテトをお客様に提供する」という現場研修を体験。


OJT研修の2つのパターンを通して、体験していただきました。一方ではポテトを揚げるという単純な作業の説明のみ、もう一方では作業の説明にとどまらず、ポテトという商品ラインアップの重要性や品質についてなども、会話の中で何気なく説明しています。
やり方を教えるにはマニュアルがあればいいですが、OJTでは「基準」を教えることが大切です。「やって見せて」基準を知ってもらい、「体感して」自分のものにする。このようなアプローチ、プロセスが現場の仕事に入っているか、また、こういう形式でOJTトレーニングができる現場の管理者はいるかということを確認してみてください。
現場のOJTが高いレベルで行われれば、社内の技術に対して従業員の理解が深まり、主体性が増していきます。
まとめ
講義終了後に実施した交流会では、「採用を全社的な取り組みとして捉える姿勢が参考になった」「日頃のOJTを見直すきっかけになった」「育成のポイントを再確認できた」といった声が聞かれ、現場育成に対する知見を得る場となったようです。
今回のセミナーでは、採用から育成・登用までを一貫して設計し、会社を挙げて取り組む重要性を学んでいただきました。OJTは単なる作業指導ではなく、キャリアを見据えた育成という視点は、多くの組織にとって強化すべき点ではないでしょうか。現場が変われば組織が変わる。採用・研修を人事に任せきりにせず、会社全体で人材戦略を見直したいものです。

[取材・編集/d’s JOURNAL編集部、制作協力/シナト・ビジュアルクリエーション]