企業価値担保権における担保評価の新展開 ―資産担保からM&A評価手法への転換―
図表1

はじめに

企業価値担保権制度は、従来の担保の対象となっていた資産(不動産、動産、債権、特許権等の権利、有価証券等)ではなく、これらの資産を活用して収益を生み出す企業組織全体(資産、人、ノウハウ等)を対象とする企業価値が担保対象となっている。

ここには、従来の担保対象資産の外枠とされている、のれん(顧客ネットワーク等、ブランド、知名度・信頼等の要素)や契約上の義務(役員・社員等との間の雇用・委任契約上の債務、取引先への買掛金支払債務等)も含まれる。(図表1参照)


出所:フロンティア・マネジメント作成

本法第7条1項では、「会社の総財産(将来において会社の財産に属するものを含む。

・・・・)」とされているが、ここで言う「財産」とは、「広く有形・無形の金銭的価値を有するものの総体」であり、積極財産(資産等)と消極財産(負債)の両方を含む概念である。従って、「総財産」には、上記で述べたのれんや契約上の義務(債務)も含まれる。

これに対し、従来の担保対象である「資産」は、金銭換価が可能な積極財産を意味する概念であり、「総財産」の構成要素の一部である。

「資産」の評価にあたっては、資産の性質に応じた評価方法がそれぞれ既に確立している。例えば、不動産であれば不動産鑑定士による鑑定評価手法が確立しているし、動産であれば、動産の買い取り業者や動産評価専門の鑑定業者による評価等が実務的に行われてきた。

金融機関が融資を行う際の担保評価にあたっては、毎回外部の鑑定等を取得するわけではないものの、これまでの資産評価実務に基づき金融機関内で担保対象となる資産の評価と担保としての評価(時価の変動等のリスクを考慮した掛け目を勘案)が行われてきた。

各「資産」だけの価値に着目した評価を行うものであり、「資産」を保有する企業全体の業績やキャッシュフロー等に基本的に連動しない評価方法である。

これに対し、「総財産」は企業全体であり、これまで会社の「企業価値」の評価方法として確立してきたM&Aにおける企業価値評価の手法(ただし、企業価値評価にあたっては複数の評価方法があり、評価手法は一義的ではない。)を採用することが妥当である。その結果、「総財産」の評価は、企業自体の財務内容、キャッシュフロー及び事業計画等に連動することになる。

従来の融資債権の評価および貸倒引当の手法

各金融機関は、2019年12月まで、金融庁が策定した金融検査マニュアルによる自己査定を実施して融資債権の評価を行ってきた。マニュアル廃止後は、原則として、金融機関毎の方針で妥当と思われる債権評価を行うこととされていた。しかし、実際には、金融検査マニュアルの考え方をベースとした債権評価を行う金融機関が少なくないと言われてきた。

金融検査マニュアルにおける融資債権の評価(貸倒引当)は、概ね以下の順で行われてきた(図表2参照)。

  • 融資先会社の財務状況等を勘案した債務者区分への格付振り分け
  • 優良担保(預金・国債等の現金等価物)及び一般担保(優良担保以外の担保)による保全の有無の確認
  • 上記2の保全の評価額の算定
  • 債権額から保全評価額(上記3)を控除した残額に予想損失率(上記1の債務者区分・格付けに基づく)を乗じて損失可能性額(=貸倒引当額)を算出

  • 出所:フロンティア・マネジメント作成

    これを計算式で示すと、以下の通りとなる。

    貸倒引当額=(債権額-保全評価額)×予想損失率

    この場合、マニュアル上は、企業実態の特性等(事業性の評価や将来予測を含む)を考慮して債務者区分・格付や予想損失率の算定を行うことが想定されていた。しかし、実態の運用上は、主として融資先会社の過去の財務情報や過去の貸倒実績率等を考慮して算出されてきた面は否定できない。

    上記の債権評価プロセス(貸倒引当金の計算式)からすると、融資先会社の業績が悪化した場合、格付けの悪化による予想損失率の増大により貸倒引当額が増加する構造になる。

    このため、各金融機関には、融資先会社に対して融資を行う際に、将来の貸倒引当額(または貸倒れ額)の最小化を図るため、会社の業績悪化に価値が連動しない担保で、保全評価額が大きい担保の取得をすることに対するインセンティブが働いていた。

    具体的には、融資時において、時価の大きな変動を伴わない換価可能な不動産(本社ビル等)や回収可能性の高い金銭債権(売掛金)等の担保を一般担保として取得するのが通例だった。

    企業価値担保権付き融資債権の評価手法①(企業価値評価)

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    企業価値担保権付き債権の評価を行う場合には、融資先会社の業績に担保権の価値が連動する。そのため、債権額から企業価値担保権の担保評価額を控除した残額に予想貸倒率を乗じて貸倒引当額を算出するといった、企業価値担保権を一般担保の場合と同様に取り扱う手法は採用しにくい。

    企業価値担保権付き債権の評価は、対象となる総財産(=企業価値)の評価方法として一般的に確立しているM&Aの評価手法に基づき、企業価値の評価を行う方法が妥当である。

    その理由は、企業価値担保権が実際に使われる場面を考えると分かる。企業価値担保権を実行する管財人は、M&A取引の一形態である事業譲渡の方法で企業を売却する。このため、「担保を実行した時にいくら回収できるか」を見積もる担保価値評価においても、担保設定の対象となる企業価値を評価する方法として通常のM&A取引における企業価値評価方法を採用するのが合理的だ。

    企業価値担保権では、土地や建物などの有形資産だけでなく、ノウハウや顧客基盤などの無形資産も含めた事業全体が担保の対象となる。そのため、従来の個別資産の評価方法ではなく、企業全体の価値を測るM&A評価手法が最も適している。
    (図表2参照)。

    M&Aにおいて利用される企業価値の評価手法には様々な手法があるが、代表的なDCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法)と市場比較法(類似企業比較法)について、簡潔に説明をする。

    1 DCF法
    DCF法は、企業が将来にわたって生み出すキャッシュフローを予測し、現在価値に割り引くことで企業価値を評価する手法であり、割引率には加重平均資本コスト(WACC)が使用される。その評価における各ステップは以下の通りである。

    ① 将来キャッシュフロー計画の検証
    融資先会社の今後の事業戦略や経営者の事業運営状況を把握した上で、当該会社が策定した事業計画(3年ないし5年)や事業計画に基づくキャッシュフロー計画を精査する。通常は、ベースケースの他、保守的なリスクシナリオによるキャッシュフロー計画を把握する。DCF法では、将来キャッシュフロー計画の検証が重要であり、融資先会社の事業や組織に対する深い理解が必要となる。

    ② 割引率の決定と現在価値の計算
    割引率としては、負債コストと株主資本コストの加重平均資本コスト(WACC)が使用される。上記①のキャッシュフロー計画に対して、割引率を用いて現在価値を算定する。

    ③ 継続価値の計算と企業価値の算出
    キャッシュフロー計画期間後の企業価値を評価するために、キャッシュフロー成長率と割引率を用いて、継続価値(Terminal Value)を算定し、現在価値を②のキャッシュフロー現在価値に加算したものが、企業価値となる。

    2 市場比較法(類似企業比較法)
    市場比較法は、同業他社や類似企業の市場価値を基にして企業価値を評価する手法であり、類似企業に上場会社があり、市場での取引価格や株価が把握できる場合に有効である。以下に市場比較法の簡単な手順を説明する。

    ① 類似企業の選定と財務データの収集
    まず、評価対象となる融資先企業と同じ業界に属し、事業内容や規模が類似している企業を選定し、類似企業の財務データ(売上高、営業利益、純利益、株価、時価総額、EBITDA(税引・利払・償却前利益)等)を収集する。

    ② 評価倍率の算定
    上記①の財務データを基に、類似企業に典型的に適用されている評価倍率(Multiples)を整理・検証する。なお、M&Aで採用される評価倍率としては、PER(株価収益率)、PBR(株価純資産倍率)、EV/EBITDA倍率が用いられる。

    融資における企業価値を把握する段階においては、債務の返済可能性に関連するキャッシュフロー関連指標を用いた評価倍率を採用することが妥当なので、EV/EBITDA倍率を用いる場合が多い。

    EBITDAは、EVを計算するための上場会社の株価指標が進行期の業績予想を勘案した評価となっていることから、進行期の想定EBITDAを用いて計算することが論理的である。しかし、不確実性もあることから、直近会計期間のEBITDAを用いて保守的な計算を行う場合もある。

    3 企業価値の算定
    上記で計算した評価倍率を基に融資先会社の企業価値を算定する。例えば、類似企業に適用されるEV/EBITDA倍率が7倍の場合は、融資先会社のEBITDAに7を乗じた額が企業価値となる。

    この両手法のうち2の市場比較法は比較的簡易に企業価値の把握ができるため、金融機関が融資を行う際に使用しやすい指標である。現在、LBO(レバレッジド・バイアウト)ローン等で活用されている全資産担保付き融資においても、EV/EBITDA倍率は頻繁に活用されている。

    融資先会社のキャッシュフロー自体は、企業である以上ボラティリティがある。EV/EBITDA倍率を用いて算定された企業価値に、当該企業の属する市場環境、事業内容や成長性等を勘案して算出された掛け目(またはLTV上限)を適用したLBOローンの実行上限額を算定している金融機関は少なくない。

    一方で、融資先企業の進行期(又は直近期)の業績が一過性の理由等によって悪い場合には、EV/EBITDA倍率を乗じて計算された企業価値が小さく算出されてしまうことから、1のDCF法を併用して企業価値評価を行う場合もありうる。

    また、逆に直近期(または進行期)の業績は良いものの、市場環境の急速な悪化でその後の会計期間の業績悪化が見込まれる場合も、DCF法を併用して企業価値評価を行う必要性がありうる。

    DCF法は、融資先企業の将来計画を十分に勘案するという点で、事業性融資という側面で見た場合に好ましい企業価値評価手法であるものの、将来計画を吟味する力が金融機関の融資担当者に求められる点で難易度は低くない。

    融資先企業においては、融資を多額に出して欲しいとの期待により、見通しの甘い事業計画を策定してくる可能性もあるため、融資担当者に正当に吟味する企業価値評価のノウハウが求められる。

    しかし、例えばこれまで長期間メインバンクとして支えてきた融資先企業であり、事業内容や経営者に対する金融機関側の信頼が厚い場合には、企業の策定した事業計画(キャッシュフロー計画も含む)に基づきDCF法により企業価値の算定を行うことが妥当な場合もありうる。

    企業価値担保権付き融資にあたっては、融資先会社が、守秘義務契約締結の上で積極的に企業情報(秘密情報を含む)を金融機関側に開示し、債権者と債務者間の情報の非対称性を極力減少させることが想定されている。

    そのような情報も織り込んだうえで、融資先企業の事業計画を吟味することになる。その点では、金融機関グループ内の投資会社が、投資先企業に対する企業価値評価を行う場合とノウハウが近似している。

    企業価値担保権が融資の担保として用いられる観点から、価値算定の実務においては、事業計画を評価者の主観に左右されることなく、客観的で厳密に検証することが非常に重要だ。そのため、評価を支えるための制度的な枠組みやガイダンスの整備が不可欠となる。

    また、複数年にまたがる長期融資においては、担保価値の定期的な再評価をルール化し、事業計画の実現状況との乖離を確認したうえで、評価倍率の見直しや融資額の見直し等を随時行う仕組みの導入も検討されるものと考える。

    加えて、企業価値担保権は特性上、継続企業を前提として価値が算定されているため、担保権実行という法的手続の発動により企業価値が大きく毀損する可能性が高い。

    このため、担保権実行に至る前段階において、金融機関は自主再建支援に加え、再生支援に知見を有するサービサー等との連携や、メザニンファイナンス等を活用したリファイナンス策の導入、株主の了解を得た上での早期におけるM&Aの実施など、柔軟な再生支援策を備えておく必要がある。

    企業価値担保は「静的な保全手段」ではなく、「動的な価値モニタリングと継続企業前提に基づく保全メカニズム」として機能すべきものである。各金融機関における担保価値評価・実行の制度設計および運用指針にこの点を明確に反映させることが、今後の制度定着と普及に不可欠であると考える。

    企業価値担保権付き融資債権の評価手法②(企業価値担保権付き債権の評価)

    企業価値担保権における担保評価の新展開 ―資産担保からM&A評価手法への転換―
    企業価値担保権付き融資債権の評価手法②(企業価値担保権付き債権の評価)

    企業価値の額は、「NET有利子負債+株式価値」と同額であるが、法的倒産時の権利関係において株式よりも債権の方が優先的地位を有する(債権額を全額回収した後に初めて株式価値が発生するという法則)。有利子負債である債権の価値は、

    「企業価値-NET有利子負債≧0」

    の場合に、債権の額面全額の価値を認めることが可能となる。一方、

    「企業価値-NET有利子負債

    の場合にM&Aを実施するとしたら、買主は、「NET有利子負債-企業価値」に相当する債権の放棄がない限り、適正価格で買収することにならないためM&A取引を実行しない。

    ただし、ただし、買い手側の事業シナジーを考慮して買い手が評価する企業価値が、対象となる債務者企業の単独の企業価値を上回ることもある。しかし、そのような価格で取引が成立するかは不確実であるため、ここではそのような企業価値を反映させることはできない。
    よって、このような場合には、「企業価値-NET有利子負債」の額が貸倒引当額となる。

    なお、複数の金融機関が融資した企業が倒産した場合には、

    各金融機関の債権の貸倒額
    =「各金融機関の債権額」×(「企業価値額-NET有利子負債」/全有利子負債額)

    となる。企業価値担保権を設定する場合には、メインバンクが他行の融資をリファイナンスして一行取引となる場合が想定されるため、その場合は、「企業価値-NET有利子負債」の額が貸倒損失額となる。

    これを前提にして企業価値担保権付き融資債権の評価手法を検討すると、企業価値の算定においては、融資先企業の将来的な業績悪化リスクやM&Aプロセスの不確実性、実行に必要なコスト、完了までの期間などの要因が存在する。

    これらの要因により、一般的な担保権の実行と比べて制度面・実務面での負担が相対的に大きくなる。担保評価を行う際には、各金融機関が自社の経営方針やリスク許容度に基づいて、適切な掛け目やリスク調整を実務的に設計・実行することが必要となる。

    DCF法を採用した企業価値評価においては、将来キャッシュフローの達成可能性を保守的に見たリスクケース計画を前提とするほか、割引率を保守的に調整するなどの手法が想定される。また、市場比較法(又はDCF法)では、算出された企業価値に対して相応の掛け目を乗じ、簡易に担保評価額を計算する場合も想定される。

    本検討ペーパーに対するコメント

    当社は、コンサルティングとM&Aアドバイザリーのサービスを提供する専門会社であり、金融機関の融資実務に精通しているわけではない。しかし、企業価値担保権付き融資が、M&A取引における企業価値評価と密接にかかわっていることから、コメントをするものである。

    1 一般担保扱いの可否や無担保融資との異同

    企業価値担保権付き融資は、前記の通り、資産担保ではなく企業価値全体を担保対象とするため、本検討ペーパーが述べる通り、不動産担保のような「一般担保」として取り扱うべきではない。

    また、企業価値担保権の実行は、融資先会社が業績悪化後において、事業体としての価値が未だ維持されている時点で行うことが想定されている。法的倒産手続きの前後で行う場合が多い、通常の資産担保の担保実行の時期よりも早期に行われる。

    このため、企業価値担保権付き融資は、事業譲渡による換価(本法157条1項)手続きによって担保権実行が行われるため、本検討ペーパーが述べる通り無担保融資ではない。また、本法157条2項では、事業体全体としての譲渡も困難な状況もありうるため、例外的に裁判所の許可のもとで担保目的財産に属する財産(資産)の譲渡による換価手続きも規定されている。

    企業価値担保権の対象が融資先会社の全財産である以上、財産(資産)の換価による担保回収がなされる場合も想定される。従って、このような意味においても、企業価値担保権付き融資は無担保融資とは言えない。

    2 金融機関のモニタリングおよび支援の重要性

    本検討ペーパーでは、企業価値担保権付き融資を実行する金融機関が、融資先企業の事業実態を深く理解し、融資実行後もより詳細なモニタリングや経営支援を通じて、将来の経営困難に陥るリスクを軽減することが期待されている。

    また、リスクが現実化した場合においても、早期の支援により最終的に生じる可能性のある損失を可能な限り抑制することが想定されている。このような効果を踏まえ、担保評価においてはこれらの要素(掛け目等の設定を含む)を考慮した評価を行うことが可能である旨が記載されている。

    記載内容はその通りであるが、実際上は、融資先会社が、金融機関に対しオープンな情報開示を行い、金融機関(融資担当者)を経営相談ができる信頼の厚いパートナーとして位置づけている企業は多いとは言えない。

    これまでは、金融機関のモニタリングの結果、業績不振時において、金融機関から会社の投資を抑制する趣旨の示唆を受けたり、折り返し融資の拒絶を受けたりすることが多かった。企業側も、モニタリングは業績悪化の際の回収目的であるとの先入観で金融機関を捉えている可能性が高い。

    この点の解決のため、金融機関は、従来のような債権回収のための「モニタリング」よりも、経営のパートナーとしての助言や支援を行うための「情報共有」といった側面を前面に出すことが重要である。助言や支援を効果的にするための前提として、金融機関の融資担当者の経営助言機能や支援機能の強化が重要となる。

    2026年に企業価値担保権付き融資制度が開始された場合、金融庁は、当該融資の実例数を早期に積み上げることを企図していると思われる。そのためには、金融機関側の対応力の強化と融資ビジネスとしてのメリットのある商品設計が必要となる。

    ここでいうメリットは、金融機関側にとってのメリットである。金融機関側での企業価値担保権のモニタリング強化による対応コストが増加する部分を回収するとともに、業績改善後には利益上昇を享受する可能性のある内容が例として考えられる。

    一方、融資先会社側にとってのメリットも重要である。本件融資では、通常以上に情報開示等の負担が大きいため、通常の融資以上と比べての特典が必要である。例えば、積極的な取引先の紹介等の営業支援や、銀行が保有するITツールの利用機会の提供、簡易なコンサルティングの継続的実施等があげられる。

    融資先候補となる会社が、金融機関に対する経営パートナーとしての信頼と期待を醸成するための更なる仕掛けも重要である。いくつかの先行事例の紹介を伴う啓蒙活動の他、融資担当者が短期で交代する現在の金融機関人事を一部見直し、特別部署等の設置により企業価値担保権付き融資を行う担当者の任期の長期化も重要な要素となる。

    3 企業価値担保権付き融資債権についての3つの評価手法

    本検討ペーパーでは、企業価値担保権付き債権の評価につき3つの評価方法を例示している。それについてのコメントを各実施する。

    1 融資債権毎に事業収益からの返済可能性を直截的に評価する考え方
    企業価値担保権を使った融資について従来の融資とは別管理を行い、融資債権毎に事業収益(将来キャッシュフロー計画に基づく)からの返済可能性を直截的に評価する手法である。

    企業価値担保権付き融資が、3年以内の比較的短期の期間の融資であれば、会社の資金計画から、個別債権の返済キャッシュフローからの返済可能性を精緻に見積もることは可能であるため、この評価手法は基本形と考えられる。ただし、短期とはいえ売上高の予想と設備投資額の見積もり等は簡単ではないため、融資先会社のビジネス理解の深さが求められる。

    2 プロジェクト・ファイナンス等で行われる「見做し債務者区分」類似の考え方
    プロジェクト・ファイナンスは、事業の将来性に着目して融資を行い、全資産担保が原則とされる。企業価値担保権付きの融資と共通する融資類型であるため、プロジェクト・ファイナンスの場合に適用される、債務者の事業全体の状態の評価に着目した「見做し債務者区分」の考え方を適用する手法は妥当性を持つ。

    ただし、この手法を用いる場合、事業全体のキャッシュフロー計画を基礎とするものの、融資先会社の業種や規模、競争環境等により評価基準は分かれるため、債務者区分・格付けという形式的な分類で評価することは容易ではない。

    融資先会社の一部の事業を対象に行う融資がプロジェクト・ファイナンスであるのに対し、企業全体を対象に全資産担保にて融資を行うのがLBOローンである。企業価値担保権付き融資は、会社全体の事業(全財産)を対象に担保設定を受けて行う融資であるため、
    担保評価にあたっては、LBOローンにおける評価手法が妥当だ。LBOローン融資の際に行われる担保評価では、市場比較法(EV/EBITDA倍率)による企業価値評価も活用されていることから、同様の手法の採用が考えられる(当職の考え方も、概ね、この手法を採用している)。

    3 従来からの日本の貸倒引当金の見積もり方法をベースとした考え方
    従前からの方法(金融検査マニュアル手法)、すなわち、①債務者区分・格付への振り分けプロセスを経て、②担保の有無に応じて調整、評価を行い、③未保全債権額に予想損失率を乗じて損失見込み額を算定するという枠組みにおいて、この企業価値担保を付した融資の特性の反映の方法を考慮した手法も提案されている。

    従来の金融検査マニュアルの手順を前提に、過去の財務諸表に加え、将来のキャッシュフロー計画と定性情報を考慮して①の債務者区分・格付けを実施する点で、企業価値担保権の評価の特徴を盛り込んでいる。企業価値担保権付き融資のデータ蓄積等がない初期段階では、債務者区分・格付けの振り分け基準の策定と予想貸倒率の計算は容易ではない。

    また、債権額面額から控除する保全(一般担保)の内容をどのように置くかが問題となる。企業価値担保権の内容が全財産担保であることからすると、全事業の換価が容易でない場合に例外的に認められる各資産の換価想定額(清算価値)を保全額として用いる方法は考えられる。

    しかし、この手法は、従来の資産担保付き融資の際の評価基準と類似しているので、企業価値担保権付き融資に慣れるまでの間、暫定的に活用する方法として位置づけるべきである。

    最後に

    企業価値担保権付き融資は、個別資産の価値に着目して、経営破綻時に資産換価回収を図る通常の担保融資とは根本的に発想が異なる。

    担保評価にあたっては、担保実行時にM&Aによる回収が想定されるため、M&Aを行う際の企業価値評価手法を採用すべきである。

    今後は、金融機関の担当者が、企業価値評価の基盤となる将来キャッシュフロー計画について、融資先企業の経営陣と共同で検討・策定を支援するような、金融機関と融資先企業との密接な協力関係(一定の規律は必要であるが)の構築が期待される。

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