「つくれば売れた」時代は過ぎ去り、いまや「絶対に買いたいものはあまりない」時代。従来の考え方で商品を開発し販売しようとしても、かつてのようなヒットを望むことはできません。

モノを売るには、今日において求められるマーケティングを考える必要があります。中島広数氏の著書『グローバルで通用する「日本式」マーケティング』(日本能率協会マネジメントセンター)より一部を抜粋し、ヒット商品を生むためのヒントを見ていきましょう。

ヒット商品をつくるための「ヒットの法則15原則」

ヒット商品をつくるためには、絶対の正解を求めるのではなく、「はじまりはいつも仮説」という姿勢で、自分たちなりに考え、試すことが大切です。実はこうしたことを繰り返すうちに仮説の精度は上り、成功をつかみやすくなります。

本連載では私がマーケターとして、「はじまりはいつも仮説」を繰り返しながら、経験的に身につけた「こうしたらもっと成功に近づきやすくなるのでは」を紹介させていただきます。私はそれらを「ヒットの法則15原則──成功の5軸×3原則」として体系化しています(図表1)。

「『いいものをつくれば高額になるのは仕方がない』は言い訳」―...の画像はこちら >>

本稿では、成功の軸「1.コンセプトが生活者に受け入れられる」を見ていきましょう。

【成功の軸】コンセプトが生活者に受け入れられる

ヒット商品をつくるための一番目の軸は、どうすればユーザーに手に取ってもらえるのか、トライアル購買してもらえるのかについてです。

日本にはものづくり職人がたくさんいて、たとえばレストランなどでもおいしいものを、すごくこだわってつくっている人がいます。でも、肝心なのは買ってもらって食べてもらわないと、そのおいしさを実感してもらうことができないということです。その意味ではマーケティングの課題の多くは「トライアル課題」であることが多いです。

もちろんいい物をつくるというのは大切なのですが、せっかくのいい物をユーザーに手に取ってもらうためには、

原則1 ネーミングのキレと理解しやすさ

原則2 手に取っても良いと思える値ごろ感=コストパフォーマンス

原則3 中身・内容の良さが伝わる外見・デザイン(・説明文)

の3つが最初からきちんと設計されているかどうかがヒット商品になるかどうかのポイントなのです。

たとえば、かつて日本で「食べるラー油」というのが大ヒットしたことがあります。桃屋が発売したこの商品の本名は『辛そうで辛くない少し辛いラー油』ですが、本名を知っている人はほとんどおらず、みんな「食べラー」と略して呼んでいました。

本来、ラー油というのは餃子などを食べる時の調味料というイメージでしたが、そのラー油をご飯などにかけてもおいしいよという「食べるラー油」とした「ネーミングのキレ」は見事としか言えません。

こうしたコンセプトの良さがあり、ネーミングのキレもあるにもかかわらず、なかには「いいコンセプトなんだけど、結局売れなかった」という商品があるのは、原則2の「値ごろ感」が大きく影響します。つくり手というのはどうしても製造原価から価格を考えますが、世の中の人にとってのコストは、自分が払えるかどうか、払う価値があるかどうかになります。京セラの創業者・稲盛和夫さんが「値決めは経営である」とおっしゃっていたのは、安すぎると売れたとしても儲からなくなるし、かといって高くすると売れなくなって儲からなくなります。ちょうど良い売値を決めることがヒット商品をつくるうえではとても大切なことです。

それを忘れて、「いいものをつくれば売れるから」と開発していくと、コストがどんどん上がっていって、結果的に「いいものだけど高すぎる」になり、誰も買わない製品になってしまいます。

地方の道の駅などに行くと、地元の名物を使ったラーメンやカレーなどがたくさん置いてあります。とてもおいしそうですし、実際、おいしいわけですが、消費者がスーパーなどで目にしているラーメンやカレーの価格と比べるとあまりにも高い値付けがされていることがよくあります。

多分、大量生産ではないだけにコストがかかっているのでしょうし、「いいものなんだから絶対買ってくれるはず」と信じているかもしれませんが、価格が高すぎると「お土産だから」と買う人はいたとしても、地元の人が頻繁に楽しめるものではなくなります。お土産的なものにするか、日常的に買ってもらうものにするか、より多くの人に届くヒット商品をつくるうえではこのあたりの見極めも必要になります。

ヒット商品を生むためには、原則3のデザインも大切な要素です。人間の認識というのは、情報の速さで言うと、色・形・文字・数字情報という順番に認識されます。

そのため、初めて会った人のことを、「どういう人だった」と聞くと、「たしか赤い服を着て、帽子をかぶっていた」という色や形が先に来て、その後、文字や数字となります。

味の素から出ている『香味ペースト』という商品があります。これはこの一本でチャーハンが町中華の味になるという商品ですが、印象的な中華っぽい金に「香味ペースト」と書かれ、使いやすそうなチューブであるということが、生活者に受け入れられた要因だと思っています。

このようにヒット商品をつくるには3つの原則が大切なのですが、現実には2番目のコストパフォーマンスが外れているケースがたくさんありますし、ネーミングも伝わりにくいものが少なくありません。その意味では、最初の段階でこの3つをちゃんと考えてつくるというのは簡単ではないようです。

ヒット商品を生むカギは「最初のコンセプトづくり」

そもそも、ものづくりの世界というのは「千三つ」という言葉があるように、千の商品をつくったとして大ヒットするのは3つ、つまり成功確率0.3%の世界なのに、企業の中には最初のコンセプトづくりを飛ばしていきなりつくってしまうところがあります。

これではせっかく時間やお金、人をかけてつくった製品が当たらないのも仕方のないことです。

そんな低い確率のヒット商品づくりの確率を上げていくためには、まずは最初のコンセプトづくりをしっかり行うことが欠かせません。

「『いいものをつくれば高額になるのは仕方がない』は言い訳」――元・味の素マーケティングマネージャーが教える「ヒット商品」「誰も買わない商品」の分岐点

①商品コンセプト ~日本メーカーはこれが苦手な傾向

商品コンセプトは、製造業であれ、サービス業であれ、絶対に必要なものです。

店に行けばたくさんの商品が並んでいて、ネット上ともなれば日本だけでなく世界の商品まで並んでいるわけですが、その中にあって「私はこういうものです」という、人間で言う自己紹介のようなものが商品コンセプトです。

ポイントは「どういう属性を持ったどういった商品なので、ユーザーであるあなたにとってどのようなメリットがあるか、どんなことができるのかを端的に表す」ことです。

日本のメーカーは案外これが苦手で、「こういうスペックで、こういう速さです」といった技術的なことはいっぱい書いてあっても、ユーザーから「で、あなたは私に何を提供してくれるの?」と聞かれると、車であれば「安全や燃費です」といった、結局どの会社の車でも言えるようなことしか返ってきません。これでは自己紹介どころか、その他大勢の一人に埋没するだけです。

ここで求められているのは、「2行程度の短い文章で、シンプルに、ポイントとなる要素を網羅的に説明する」ことです。

たとえば、私が担当した味の素の『クックドゥ きょうの大皿 肉みそキャベツ』の商品コンセプトはこうです。

「風味の異なる3種の味噌をブレンドして、ほんの少し一味唐辛子を加えて作った、和風合わせ調味料です。ご家庭に常備しているキャベツとひき肉を炒めてソースを合わせるだけで、手軽に、ご飯との相性抜群の和風おかずがつくれます」

この商品コンセプトに沿って商品開発は進められ、パッケージもつくられていくだけに、ここがしっかりしていれば設計図通りの商品が出来上がります。一方、ここが曖昧だと研究開発者は「どうやってレシピを組み立ててよいか分からない」ですし、実際に「とりあえず試作はしてみたけど、なんかパッとしない」ものになってしまうこともよく起こります。

「『いいものをつくれば高額になるのは仕方がない』は言い訳」――元・味の素マーケティングマネージャーが教える「ヒット商品」「誰も買わない商品」の分岐点

②ポジショニング ~ダイソンなら「吸引力の変わらないただ1つの掃除機」

ヒット商品にするためには、商品コンセプトが受け入れられることが大切になりますが、もう1つ、ポジショニングの切れ味はとても大切です。私の場合、商品コンセプトを設計する際には最初にユニークなポジショニングを思いつくことが多いです。

ポジショニングというのは、「商品コンセプトを一言で簡潔に表現したもので、直接・間接の競合の存在を意識して、『唯一』『抜群』などを使って表現する」ものです。

よく例に出すのが掃除機で有名なダイソンですが、ダイソンの掃除機のポジショニングは「吸引力の変わらないただ1つの掃除機」です。

ダイソンの創業者ジェームズ・ダイソンが掃除機を開発しようと考えたきっかけは、自分が使っていた掃除機への不満からです。既存の掃除機には紙パックが必要で、その紙パックが少し使うと目詰まりして吸引力が低下することに不満を持ったダイソンが、紙パック不要で吸引力の衰えないサイクロン掃除機をつくろうと考えたことが創業につながっています。以来、5000台を超える試作品づくりを経て完成させたのはよく知られた話ですが、今でも同社の掃除機の吸引力は抜群で、これが他社との差別化につながっています。

先ほど紹介した『きょうの大皿』の場合は、「子どもも大人もみんなが喜ぶ、抜群のおいしさの和風メインおかず」がポジショニングとなっています。

ポイントは「子どもも大人も」です。同じく味の素の『クックドゥ』は、子どもより大人を意識しているため、味付けが濃かったり辛味があったりと、小さい子どもには向いていないのに対し、『きょうの大皿』は子どもも食べられるだけでなく、大人も満足できるものを目指しました。そのため開発段階でも「これは子どもには無理だろう」「これは大人が満足しないよ」と議論しながら進められるという、言わば開発の基準ともなるのがポジショニングです。

スティーブ・ジョブズはピクサーの創業者でもありますが、ピクサーのメンバーにはこんなことを言っていました。

「子どもだけに愛される映画をつくることは大変ではない。だが、子どもと親が同時に愛してくれる映画をつくるのは大変なことだ」

これもポジショニングです。子どもだけを満足させるのがかつてのディズニーなら、大人を満足させるのはハリウッド映画です。新興勢力のピクサーは両方を満足させる映画をつくることで、大きな成功を手にすることになったのです。

③目標品質と目標コスト ~筆者は「最初に売りたい値段から決める」

商品コンセプトやポジショニングがしっかり書けていれば、私の経験ではかなりの確率で成功することができますが、次に必要なのがこうした考え方を開発部門や製造部門の人、また製品のデザインなどをしてくれる人たちにしっかりと伝えることです。経営者やマーケターが「こういうコンセプトでいこう」「こういう品質目標をクリアしよう」と決めて、しっかり伝えることがヒット商品の開発を可能にするのです。

ここまでは言わば経営者やマーケターの熱い想い、すごい商品をつくりたいというストーリーを伝える段階ですが、その際に絶対に忘れてはならないのが「目標コスト」となります。ここがしっかりしないと、安さだけを求めるようになったり、「いいものをつくったけど高すぎて誰も買わない」となり、決してヒット商品にはなりません。

そのため、私のやり方のポイントは、「最初に売りたい値段から決める」というものです。私が『クックドゥ』を担当していた時には、普段は1個200円くらいで売られていましたが、特売の時には2個で300円という売り方もよくされていました。このような商品を企画する時には、「とてもおいしいものをつくったから価格は250円にします」とやってしまうと、いつも愛用してくれているお客さんが手を伸ばしにくくなります。

そうならないためには、最初に量販店の店頭などでいくらで売られるかを考え、次に問屋のマージンをいくらにするかを考え、その後で、「では、利益を出すためにはいくらでつくればいいのか」を考えることになります。このコストについてきちんと考えて商品設計をしないと、「いいものをつくったから価格が高くなり、結果的に高すぎて誰も買ってくれない」ということになりかねません。

味の素時代に製品開発担当の人たちによく言われたのが、「ワーキングママのためにおいしいものをつくりたいと、何だか壮大なストーリーを語っていたのに、結局は2個300円で売れるものをつくれでは、かけられるお金はこのくらいにしかならない。あなたは金の亡者か」です。

私は商品開発にあたっては、商品コンセプトを決めたら、それを開発担当の人やデザイナー、生産部門の人たちにいつも熱く語っていましたが、同時にコストについてはとてもシビアに計算していました。そのため、こんな皮肉を言われることもよくあったわけですが、企業というのは利益を追求することを目的としているだけに、「いいものをつくれば高くなるのは仕方がない」は言い訳にしかすぎません。ヒット商品を生み出すためには、壮大なコンセプトと共に、シビアなコスト計算が不可欠です。

中島 広数

freebee株式会社 代表取締役

元・味の素マーケティングマネージャー

1998年から2018年まで味の素株式会社にて海外事業・海外営業・国内外マーケティング業務に従事(中国に4年間、タイに2年間の駐在経験有り)。2011年には「Cook Do」事業担当となり、5年間の担当期間中に「Cook Do きょうの大皿」の事業開発を含めたロングセラーブランドのリ・ブランディングによる大幅事業拡大を手がけた。

2018年に味の素社を卒業し、事業コンサルティング・新事業/新商品開発・マーケター人材育成を主業務とするfreebee株式会社を創業・代表取締役に就任。現在6期目。日本語・英語・中国語・広東語の4ヵ国語話者。