KDDIはなぜ、スタートアップ支援に「全力投球」するのか?

わが国で最もスタートアップ(起業)支援に熱心な企業として、真っ先に名が上がるのがKDDI<9433>。国内移動体通信業界第2位のauブランドで知られる同社だが、スタートアップ支援ではトヨタ自動車<7203>やソフトバンクグループ<9984>などを抑えて「ダントツの1位」との呼び声も高い。

「スタートアップ支援ナンバーワン」の呼び声も高いKDDI

スタートアップが大手企業と協働で新規事業創造を目指す「∞(ムゲン)ラボ」やコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)の「KDDIオープンイノベーションファンド」(KOIF)による積極的なスタートアップ投資などを通じて、次世代の日本経済を支える企業づくりに取り組んでいる。

KDDIはなぜ、ここまでスタートアップ支援に積極的なのか? KDDIでスタートアップ支援の最前線に立つライフデザイン事業本部ライフデザイン事業企画本部ビジネスインキュベーション推進部の中馬(ちゅうまん)和彦部長に聞いた。

-KDDIは早くからスタートアップ支援に乗り出していますね。

中馬 2011年に「∞ラボ」を立ち上げている。当時としては珍しいアクセラレーター(スタートアップ企業に対する協業や出資の募集活動を手がける組織・団体)だった。現在では60社を超えるスタートアップ企業に大手企業からの出資や協業を実現している。

KDDIはなぜ、スタートアップ支援に「全力投球」するのか?
∞ラボのパートナー連合には日本を代表する大手企業が多数参加している(同社ホームページより)

2012年にはCVCのKOIFを設立した。アクセラレーターとベンチャーキャピタルの両輪でスタートアップに取り組んでいる。

KDDIには稲盛(和夫氏=KDDIの前身の一つ第二電電の創業者)イズムがあって、規模は大きいが100人ぐらいの会社で働いている感じ。今もベンチャー企業の感覚でスピード感もあり、スタートアップ企業との親和性は高かったと思う。

スマホの台頭がKDDIをスタートアップ支援に走らせた

-なぜ、KDDIがスタートアップ支援に、こうも積極的なのですか?

中馬 いわゆるガラケー(フィーチャーフォン=多機能携帯電話)からスマートフォン(スマホ)の時代になり、EZwebやiモードのような(携帯電話IP接続サービスの)プラットフォームが、キャリア(移動体通信事業者)から米アップルや米グーグルなどのOS側に移った。プラットフォームは収益源であり、ただ待っているだけではキャリアの通信回線を素通りされるだけだ。キャリアとして「ゲームチェンジ」に挑む必要があった。

EZwebなどのプラットフォームを利用してサービスを提供するコンテンツプロバイダー(デジタル化された情報を提供する事業者)の、ほとんどはベンチャー企業。

ベンチャーが成長するには資金が必要だ。そこでCVCを立ち上げて支援することにした。これまでにKOIFは合計49社へ出資を実施しており、∞ラボで係わった企業を加えると、100社を超えるスタートアップの支援実績がある。

-注目されるスタートアップ企業も登場していますね。

中馬 フラッシュ(タイム)セール型EC(ネット通販)サイト「LUXA」を運営するルクサ(2019年4月1日付でECモール「Wowma!」を運営するKDDIコマースフォワードと合併予定)や、データ マネジメント プラットフォーム(DMP)のSupershipなどのようにKDDIグループに参加したスタートアップ企業もある。スタートアップ企業とのM&Aは、KDDIの成長戦略でもある。

-移動体通信とは違う事業への展開を狙う、と。

中馬 私はそうは思っていない。ライフデザインと通信の融合は急速に進んでいる。これから5G(第5世代移動通信システム)やIoT(モノのインターネット)が普及すると、あらゆるモノが通信するようになる。かつては情報通信関係のスタートアップ企業といえばスマホアプリやゲームだったが、今や全領域で存在する。おもちゃですら通信機能を持つものが登場し、生活のすべてが通信とかかわるようになった。

つまり、移動体通信事業はあらゆるビジネスとかかわっており、無関係のものはない。

KDDIはなぜ、スタートアップ支援に「全力投球」するのか?
「移動体通信事業は、あらゆるスタートアップと結びつく」と、中馬さん。

「便利」よりも「楽しい」を重視

−移動体通信事業がすべてのビジネスにかかわるのであれば、同業他社のNTT ドコモ<9437>やソフトバンクはスタートアップ支援でもライバルになりませんか?

中馬 スタートアップやベンチャーの本格的な支援は1社ではできない。他の大手企業とも共助する必要がある。なのでドコモやソフトバンクをスタートアップ支援のライバルとは考えていない。

−スタートアップでは人工知能(AI)が注目されています。

中馬 AIは事業としてどこまで成り立つのかが問われる。現在のAIは特定の用途に利用するものは高いレベルに達しているが、あらゆる用途に利用できるような汎用性は弱い。今後のAI事業で成功するカギは、学習データの入力量をいかに増やすかにかかっている。学習データ量を増やすには費用が必要なので、資金力勝負になるだろう。AIスタートアップには資金的な支援が重要だ。

−スタートアップ支援には、支援する側の「目利き力」が重要です。支援を決める時、ビジネスのどのような点に注目していますか?

中馬 「これがあれば便利だ」から入るのではなく、「これがあれば楽しい」というエンターテインメント性を重視している。

「楽しい」とか「ワクワクする」という体験は、スタートアップにかかわる人間の「熱量」を上げる。この「熱量」が重要だと思う。「便利」は改善に走りがちで、そこから飛躍的なモノをつくるのは難しい。成功したスタートアップ企業は「楽しい」からスタートして、世界を変えるモノを創造している。

−スタートアップやベンチャーでは経営者も支援の有力な判断材料になります。経営者のどこを見ていますか?

中馬 「経営者の構え」がデカいかどうかに注目している。具体的にいえば、ビジョンがデカい、仕掛けがデカいということ。「東京でナンバーワンのショップをつくる」よりも、「世界一のショップをつくる」方が無謀に見えても成功する可能性が高い。「東京一」よりも「世界一」の方が仕掛けが大きいので、飛躍的なオペレーションが必要になる。こうした飛躍的なオペレーションこそが、スタートアップを急成長させる原動力となるからだ。日本のスタートアップ企業は国内市場で満足する傾向がある。グローバル志向が高い経営者にも注目したい。

KDDIはなぜ、スタートアップ支援に「全力投球」するのか?
「仕掛けとビジョンがデカいスタートアップ企業に注目している」と、中馬さん

スタートアップが経済を変える

−スタートアップが日本経済を変えるという期待もかかっています。

中馬 すでにEC(電子商取引)では、スタートアップが企業と個人との(B2C)コミュニケーションを変えている。今、若い人は安いモノを買わなくなったといわれている。理由はECスタートアップ企業が開発したフリマアプリの「メルカリ」の普及。安いモノはメルカリで売れないからだ。同時に、企業が一方的に価格を決めるのではなく、需要や供給に応じて自らが価格を決める「ダイナミックプライシング」の考え方をメルカリユーザーに定着させた。スタートアップが消費者行動を変える一例だ。

KDDIはなぜ、スタートアップ支援に「全力投球」するのか?
スタートアップが経済の仕組みを変える(メルカリホームページより)

−大企業のスタートアップ支援は、どうあるべきなのでしょうか?

中馬 早期の利益を求めるのではなく、我慢強く支援に徹することだ。事業を伸ばすための助力はするが、経営に口を出さないことも重要だと思う。

−スタートアップを資金面で支援するCVCは、どうあるべきなのでしょうか?

中馬 海外に比べるとまだまだ弱いが、確実に伸びていて最近はバブル気味だ。「バリュエーション(企業価値評価)を引き上げないと、次のラウンドへ行くための資金調達ができない」との理由で、必要のない資金まで集めたがるスタートアップも出てきた。重要なのはバリュエーションを上げることではなく、事業できちんと儲けること。

スタートアップ企業が事業よりもバリュエーションの引き上げに熱心というのでは本末転倒だ。CVCもスタートアップ投資バブルにならないように配慮すべきだろう。

聞き手・文:M&A Online編集部 糸永正行編集委員

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