安すぎるMBOに東証が警鐘、「ステルスディスカウント」を防げるか?

MBO(経営陣による買収)案件を巡り、東京証券取引所が情報開示を強化してから1カ月余り。MBOによる上場廃止の動きが過去最多ペースで進む中、「買収価格が安すぎる」との批判も相次ぎ、株主保護の実効性に疑問符がついている。

プレミアムとPBRが乖離

注目を集めたのが、自動車部品メーカー太平洋工業<7250>のMBOだ。買付価格は発表前日の株価に約40%のプレミアムを上乗せしたが、1株あたりの純資産を示す株価純資産倍率(PBR)は0.71倍だった。同社は統合報告書でPBR1倍を目標に掲げており、目標株価を基準にすれば約3割の「ステルス(見えない)ディスカウント」とも言える。

同様に、サンオータス<7623>やソフト99コーポレーション<4464>によるMBOの買付価格も、それぞれ0.76倍、0.92倍とPBR1倍を下回っていた。MBOに応募するより、会社を清算して資産を分配した方が、株主の受け取る対価は大きくなる計算だ。

実際には清算コストがかかり、純資産の全額を分配できるわけではない。しかし、黒字企業が純資産を下回る金額で買収を提案されたとしたら、どうだろう。買収価額が足元の時価総額より高いとしても、経営陣は相手にしないはずだ。つまり、PBR1倍割れの提案はMBOでのみ起こり得ると考えてよい。

こうした事態が起こるのは、経営陣は自社株を「高く売りたい」半面、「安く買いたい」からだ。一般株主と同じ自然な経済行動だが、経営陣は自社株の売買タイミングを自ら決められるため、野放しにすると少数株主に不利益が生じる。

東証ルールに限界も

「安すぎるMBO」批判を受けて、東証は2025年7月に「MBOや支配株主による完全子会社化に関する上場制度の見直し等に係る有価証券上場規程等」を改定・施行した。今回の改正は、金融庁などが定めた「公正なM&Aの在り方に関する指針」を、より実効的に機能させることが狙い。

従来の制度では、手続きの形式が整っていれば「公正」と認められる余地があったが、少数株主の利益を十分に守るには不十分との指摘があった。

改正後は、MBOや支配株主・関係会社による完全子会社化を決定する際に、上場会社は必ず独立した特別委員会から意見を取得しなければならない。特別委員会は社外取締役や社外監査役、外部の有識者で構成され、以下の観点から判断する。

・一般株主にとって公正かどうか
・企業価値の向上に資するかどうか
・買収対価や条件が適切かどうか
・手続きが十分に公正かどうか

これらの意見は開示が義務付けられ、一般株主にとって妥当性を判断する材料となるという。

さらに、関係会社による完全子会社化でも「必要かつ十分な」適時開示を行うことが求められる。加えて、上場会社には株主や投資家との関係構築に資するIR(インベスター・リレーションズ)体制の整備が義務づけられた。

ただ、特別委員会の人選はMBOを実施する企業に任されるため、批判的な判断ができるかどうかは疑問だ。MBOに「問題なし」との意見が続出する可能性がある。

東証も「状況をフォローアップし、必要な施策を検討する」としているが、同規定等の改定だけでは少数株主の保護に十分ではなさそうだ。

市場の信頼回復に向けた制度改革を

もちろん解散価値をベースにしたPBRだけで、MBO価格を決めることに問題はある。提示されたプレミアムで、十分な売却益があれば満足する少数株主も多い。

一方で、少数株主から見て、MBOは「経営陣による安値買い」との批判は少なくないのも事実だ。少なくとも、現行のMBOは利益相反の中で価格が決まっている状態といえる。

買収者との重要な利害関係がない少数株主(マイノリティ)の過半数(マジョリティ)の支持を得ることを成立条件とする「マジョリティ・オブ・マイノリティ(MOM)」や、独立した第三者の専門家が取引価格や条件の公正性を財務的な観点から評価し、意見を表明する「フェアネス・オピニオン」の義務化など、米国で採用されている公平性確保の制度導入も視野に入れるべきだろう。

2025年9月1日までに適時開示で公開されたMBOの件数は21件で、2024年通年の19件、2023年の16件をすでに上回っている。MBO価格適正化に向けた制度改革は「待ったなし」だ。

文:糸永正行編集委員

【M&A Online 無料会員登録のご案内】
M&A速報、コラムを日々配信!
X(旧Twitter)で情報を受け取るにはここをクリック

【M&A Online 無料会員登録のご案内】
6000本超のM&A関連コラム読み放題!! M&Aデータベースが使い放題!!
登録無料、会員登録はここをクリック

編集部おすすめ