『青山悟 刺繍少年フォーエバー』目黒区美術館で開幕 初期から新作までを全12章にわたり展示
青山悟。壁には2005年の初期作《東京の朝》

現代美術、なおかつ男性アーティストではほぼ見当たらないミシン刺繍による作品などを手がける青山悟。東京都目黒区出身・在住作家でもある彼の個展『青山悟 刺繍少年フォーエバー』が6月9日(日)まで目黒区美術館で開催中だ。

日本の美術館で初個展となる今回は、初期から新作まで約20年の作品を12章に分けて紹介。企画した山田真規子学芸員は、青山に個展を依頼したのは「作品の技術的な質の高さはもちろん、社会問題、歴史、哲学、教育などへの考え方も示し問題提起に厚みを持たせている」「地域と世界、両方への眼差しがある」からだと述べた。なお「刺繍少年」という展覧会タイトルは、50代の青山がジェンダーやエイジズム(年齢差別)の問題を暗示するねらいで付けたという。



1973年生まれの青山は、1998年にロンドン大学ゴールドスミスカレッジテキスタイルアート科を卒業、2001年シカゴ美術館付属美術大学大学院ファイバー&マテリアルスタディーズ科を修了。帰国後、目黒区内の駐車場や母校の校庭など、身近な風景やものをモチーフとして刺繍による絵画を制作していく。



また、古今東西の名画を刺繍で制作する「About Painting」シリーズの展示では、横軸に「個人的―社会的」、縦軸に「ラディカル(急進的)―コンサバティブ(保守的)」という評価軸のチャートに作品を配列し、青山個人の視点による作品解説も付されている。

セザンヌやマティスのほか、目黒区美術館所蔵品から山下新太郎、古茂田守介、青山の祖父で画家の青山龍水の作品も紹介。最初にアーティストになろうと思ったのは祖父の影響が大きいそうだ。



『青山悟 刺繍少年フォーエバー』目黒区美術館で開幕 初期から新作までを全12章にわたり展示

「About Painting」展示風景

さらに、資本主義、社会主義と労働問題をテーマとした作品は4つの章にわたって点在。19世紀末、英国でアーツ・アンド・クラフツ運動を主導した思想家・芸術家ウィリアム・モリスの手書きの文章を、コンピュータミシンが自動制御で縫う様子を撮影した映像とその成果物をインスタレーションした《The Lonely Labourer》(孤独な労働者)。針仕事する女性たちを描いた《SAVE HAND WORK, SAVE OLD MEDIA, SAVE HUMANITY》(手仕事を守ろう、古いメディアを守ろう、人間性を守ろう)。青山は工業用ミシンを、産業革命以降手仕事を奪ったものとして使用しているが、その工業用ミシンもまたAIなどテクノロジーの発達で失われつつある。



『青山悟 刺繍少年フォーエバー』目黒区美術館で開幕 初期から新作までを全12章にわたり展示

「資本主義、社会主義と労働問題(1)」展示風景
『青山悟 刺繍少年フォーエバー』目黒区美術館で開幕 初期から新作までを全12章にわたり展示

《SAVE HAND WORK, SAVE OLD MEDIA, SAVE HUMANITY》2019年

また、刺繍といえば女性の仕事とされてきた歴史を、ジェンダーの観点からも問い直す。19世紀の女性たちに、テイラー・スウィフトなど21世紀のセレブリティのファッションを纏わせた《News from Nowhere》(ユートピア便り)。19世紀に行われた「労働の日」のパレードを描いたイラストをベースに、フラッグには2019年の社会問題を訴えるスローガン(トランプ政権やイギリスのEU離脱への支持・不支持、香港の民主化運動など)に書き換えた《News from Nowhere(Labour Day)》。人と機械の関係、働く喜びと搾取の違いなど、さまざまな視点が折り重なる。



『青山悟 刺繍少年フォーエバー』目黒区美術館で開幕 初期から新作までを全12章にわたり展示

右:《News from Nowhere(Taylor)》2016年
『青山悟 刺繍少年フォーエバー』目黒区美術館で開幕 初期から新作までを全12章にわたり展示

《News from Nowhere(Labour Day )》[ユートピア便り(レイバーデー)](壁面中央)ほか。手前は新作のインスタレーション「永遠なんてあるのでしょうか」展示風景
『青山悟 刺繍少年フォーエバー』目黒区美術館で開幕 初期から新作までを全12章にわたり展示

《Come See What’s Real》2019-2021年

一方、青森のこぎん刺しをリサーチし、津軽の無名の女性たちの存在を、刺子やモリス・デザインの柄として浮かび上がらせる《Light and Patterns》シリーズなど、名もなき刺繍家たちに捧げる作品も見られる。



『青山悟 刺繍少年フォーエバー』目黒区美術館で開幕 初期から新作までを全12章にわたり展示

《Light and Patterns》1~3 2012年

パンデミックで外出や人との接触が制限された折には、アーティストができることとしてあえて日常的に制作を続け、オンラインで販売するプロジェクト「Everyday Art Market」を行った。マスクやゴム手袋、消毒剤など、閉塞感にユーモアの風を吹かせるような作品たちだ。



『青山悟 刺繍少年フォーエバー』目黒区美術館で開幕 初期から新作までを全12章にわたり展示

「Everyday Art Market」展示風景

そんなコロナ禍を経た2023年3月、スタジオと同じ敷地内にあった町工場のドアの前にタバコの吸殻が落ちていた。工場の倒産。そんな吸殻をモチーフとしたほろ苦い作品もある。「消えゆくもの」が気になると、身の回りの変化にも足を止めることになる。



内覧会で青山は「自分がアートを通じて人とつながろうとしていたことがわかりました」と挨拶した。とりわけ、目黒区立五本木小学校でのアウトリーチ授業「私たちの身近なところにいるモンスター」による大きなタペストリー《Good Night,Good Night,Our Town》などには、新しい世代との対話が感じられる。世界の問題に目を向けると同時に日常生活を大切にしたくなる。会期中、公開制作やトークなどもあるのでチェックして出かけよう。



『青山悟 刺繍少年フォーエバー』目黒区美術館で開幕 初期から新作までを全12章にわたり展示

《Defeat the Common Sense Monster!(常識モンスターをやっつけろ!)》2024年
『青山悟 刺繍少年フォーエバー』目黒区美術館で開幕 初期から新作までを全12章にわたり展示

「Map of the World 世界地図」展示風景
『青山悟 刺繍少年フォーエバー』目黒区美術館で開幕 初期から新作までを全12章にわたり展示

《Forever Light Bulb》2024年

取材・文・撮影:白坂由里



<開催概要>
『青山悟 刺繍少年フォーエバー』



2024年4月20日(土)~2024年6月9日(日)、目黒区美術館で開催



公式サイト:
https://mmat.jp/exhibition/archive/2024/20240420-427.html