丸山隆平が体当たりで表現した“人間の可笑しさと切なさ”の向こう側「自分はどんなふうに生きていきたいのか」
丸山隆平 (撮影:堺優史)

消せない過去を抱えながらも懸命に生きる。あやまちを犯しても、何度でも立ち上がることはできる。

そんな“希望の光”を描いているのが、ヒューマンサスペンス『金子差入店』だ。丸山隆平は今作で服役していた過去を持ち、息子のために生き直そうとする主人公をリアルな感情を炸裂させながら演じている。これまでのイメージとは一線を画す迫真の演技は、思わず息をのむほどの迫力だ。自分と向き合いながら丸山が追及した人間の可笑しさと切なさの向こう側にあるものとは──?



役者としてこの作品に出会えたのは、とても幸福なことだった

丸山隆平が体当たりで表現した“人間の可笑しさと切なさ”の向こう側「自分はどんなふうに生きていきたいのか」

今作は刑務所や拘置所に収容された人への差し入れを代行する“差入屋”の物語。様々な理由から面会に行くことができない人たちに代わって、面会室に出向く代行業者を営む主人公・金子真司を丸山隆平が演じる。このオファーを受けた時、「そもそも差し入れ屋という職業が存在するのは知らなくて…。差入屋”という職業はどういった仕事なんだろう」とまず疑問に思ったという。



「普段現場に差し入れをまるで差し入れ魔のように頻繁にしていた時期もあったので、差し入れというともっとポップなイメージがあったんですよ(笑)。てっきり、大口の差し入れをする時に色々とアイデアを提示してくれる職業なのかなとかと思ったら、全然違っていて。社会的に貢献するような職業でした。台本を読み進めていくと、刑務所の受刑者たちと関わる職業ということで、周りからの偏見もあって。この職業を生業にする家族だったり、近所との関係だったり、ものすごく細かくサスペンスも交えて描かれていたので、情報量の多い台本だなと思いました」



『泥棒役者』以来、8年ぶりの映画の主演を務める丸山にとって、今作のオファーは願ったり叶ったりだったという。「役者として新たな挑戦をしたい」という想いを抱いており、『金子差入店』のようなヒューマンドラマへの出演を渇望していたからだ。



「すごくやりがいのある作品だと思いました。役者としてこういった作品に出会えるのはとても幸福なこと。ただ、やるからには、全身全霊で作品と向き合わなくてはいけないという覚悟も必要になってくるので、その怖さはありましたね」



丸山隆平が体当たりで表現した“人間の可笑しさと切なさ”の向こう側「自分はどんなふうに生きていきたいのか」

丸山は、そんな不安を吹き飛ばすかのように監督を務めた古川豪と何度も会って、お互いの生い立ちや人生観をたくさん話し、コミュニケーションを計ってからクランクイン。作品と役についてしっかり理解して撮影に入ることができたようだ。



「この作品を挑むにあたって、役者として、代表作にしたいという想いがありました。個人としてもそうですけど、脚本と監督を務めた古川豪さんにとって大切な長編1作目でもあるので、監督にとってもそうであればいいなと思いましたね。すごく大切な作品を僕に委ねて下さった監督がこの作品で多くの人に認知されてジャンプアップして欲しい。監督とはたくさん話し合いを重ねたのですが、普段は作品に入る時、こんなに時間を作れることってないんです。パーソナルな話もいろいろすることができたので、貴重な機会でしたね」



母親、息子…対峙する人から引き出される感情があった

丸山隆平が体当たりで表現した“人間の可笑しさと切なさ”の向こう側「自分はどんなふうに生きていきたいのか」

丸山が演じた金子真司は、妻の美和子、10歳になる息子の和真、伯父の星田から引き継いだ住居兼店舗で差入店を営んでいる。かつて傷害の罪を犯して服役していたが、すぐにカッとなる激しい気性を改め、今では家族のために懸命に働く日々を送っている。



「真司はとにかく家族大好き。何があっても家族を守るという男なんですよね。ちょっと怒りの感情を揺さぶられるようなことがあると、視界がぼやけて、グワングワンするくらいカッとなるタイプで。

自分が制御ができないところがありながら、それでも大事な家族を守るために頑張っている。自分以外に大切なものを持っている人間って、その大事なものを傷つけられた時に、また抑えがきかない状態になってしまうんじゃないかという不安も抱えているんですよね。一種の引き金みたいなものがずっと引かれた状態で生きている感じがありましたね。
あと、過去に塀の中に入っていたので、自分が差し入れで心が救われた経験があって。その時、差入屋に助けられたからこそ、差入屋として少しでも何か世のために、自分と同じような立場の人たちのためにという気持ちを持っています。でも、自分の考えが正しいことなのかどうなのかって、揺れている一面もあり、すごく人間らしい感情を持っていると思いました」



丸山隆平が体当たりで表現した“人間の可笑しさと切なさ”の向こう側「自分はどんなふうに生きていきたいのか」

真司の服役中に一回も面会に来ず、金だけをせびりにくる母親の容子(名取裕子)の存在は、疎ましいものとして描かれる。真司の留守を狙って、妻の美和子(真木よう子)に小遣いをもらいにきたことから、金子が久しぶりに声を荒げる出来事が起きてしまう。



「どうしようもない母ですけど、母は母ですし。いなかったらいいのにって疎ましく思ってしまうこともあるけど、腹を痛めて産んでくれた人間ではあるので、心のどこかでは、母を信じたいし、息子でいたい気持ちもあるんじゃないですかね。その母親の影響は大きくて、幼少期に母親とよその男との関係を見てきた真司は、自分の中で我慢していたものがあって、キレやすい性格になったのかもしれないですよね。正義感が強くて、頑固っていう、怒りっぽい人間に育ったのは、母親の件もあると思いました」



母親との関係性から真司の性格を分析する丸山。過去にあやまちを犯し、人生を真面目に生きる役を演じるにあたって、どんな想像力を膨らませながら演じたのだろうか。



「僕は家庭を持ったこともないですし、想像だけでは行きつかないところもあったので、監督に作り手として、役者を通してどんな表現をして欲しいのか確認をしたり、共演者の皆さんとそのシーンごとに現場で生まれるものだったり、生の感じを大事にしました。やっぱり1人で演じているわけじゃないので、母親だったり、息子だったり、対峙する人の前に立ってその場で引き出される感情がありましたね。できる限り想像を超えるような瞬間みたいなのを追い求めてはいたんですが、考えてひねり出したっていうよりも、そうなってしまったみたいなシーンが多いと思います」



丸山隆平が体当たりで表現した“人間の可笑しさと切なさ”の向こう側「自分はどんなふうに生きていきたいのか」

狂気じみたお芝居って難しいんですけど、北村くんはそれを違和感なくやっていた

丸山隆平が体当たりで表現した“人間の可笑しさと切なさ”の向こう側「自分はどんなふうに生きていきたいのか」

北村匠海が演じる小島高史と拘置所の面会室でアクリルガラス越しに対峙するシーンでは、緊張感ある生々しいやりとりが繰り広げられる。小島は息子の和真の幼なじみの花梨を何も関係ないのに殺した男だ。真司は差入屋としての仕事を淡々とこなそうとするが、常軌を逸した小島の応対に激しく感情を揺さぶられるシーンは印象的だ。



「北村くんとのシーンはお互いの役についてや、どんなシーンにしようかを話したりしてないんですよ。演じている時は、相手がどう出るのかなと様子を見て、『じゃあ、こうしよう』では間に合わないんですよね。それでいて、このシーンはこういう気持ちでこうしようって事前に考えたわけではなかったので、完成したシーンを観てこうなったのかという発見がありました。あのシーンは本当にしんどかったですね。小島は感情が読めない人間。真司としては『何言ってんだろこいつ』っていう感情である中で、やり取りをしてたような気がします。真司として感情がより素直に出るような状態で挑みましたね」



北村とは現場で話さなかった分、北村がどう役を構築してきたのか、気になったと話す。



「狂気じみたお芝居って難しいんですけど、北村くんは違和感なくできるのはすごいこと。

変わった人物だからって、お芝居を振り切ればいいってもんじゃないですから。誰かの何かをテンプレしたら、観る人に分かってしまうと思うんですけど、そういうのもないですし、『こんなやつっているんだ』って、とにかく小島というか。面白いなと思いましたし、どう役を構築したんだろうって不思議でした」



丸山隆平が体当たりで表現した“人間の可笑しさと切なさ”の向こう側「自分はどんなふうに生きていきたいのか」

差入屋の息子ということで、和真が学校にいじめられたことを知り乗り込んでいくシーンでの真司は、もう歯止めがきかないほど怒り狂う。感情を炸裂させるシーンだが、丸山はこのシーンでは、どのように挑んだのだろうか。



「動きが大きいシーンで段取りがあったりするので、段取りに追われないようには心がけました。ただ感情に任せすぎてもというところもありつつ。正直、現場で何が起こるか分からないんですよ。職員室で真司が怒って、その辺りにあるものを手にとって教科書を投げつけたら、その教科書がどこに飛んでいくのか分からない。手に力が入っているせいで教科書が破れたり、いろんなハプニングがあって。いろんなことが起こり得るシーンなので、それをできるだけ怖がらないように、その時の真司でいるっていうことを心掛けていました。動きがいろいろあって、やらなくてはいけないことの範囲も広いから、気持ちを途切させないように気を付けていましたし。自分の怒りの感情が相手に届かない時のライブ感が感じられるシーンになったと思います」



感情が高ぶるシーンもたくさんある今作。

この役を演じている時の自分は、普段より気性が荒くイライラするようなことがあったのか、気になるところだ。



「なかなかクールダウンできないことも、あったんじゃないですか。ってそんな他人事な言い方になるのは、とんとそんなことを忘れている自分がいるから(笑)。でも、撮影中はできる限り日常でもどこかに金子真司を自分の中に置いておくようにはしていました。そうすることが自分とって作品に入っている時、安心感が得られるんですよね。できるだけ金子でいればいるほど、いつでも現場に行った時に監督がおっしゃっていることだったり、例えばカメラワークが変わったりした時に、ちゃんと金子としてぶれないようにいられるので」



監督が人生を賭けて挑んだ作品。「真司になっている」と言われてホッとした

丸山隆平が体当たりで表現した“人間の可笑しさと切なさ”の向こう側「自分はどんなふうに生きていきたいのか」

今作は、監督が助監督として参加した作品を撮影していた時に拘置所の近くにいる差入屋に目が留まったことから始まったオリジナル企画。監督が人生を懸けて挑んだという現場はどんなものだったのだろうか。



「まず現場の空気がめちゃくちゃいいんですよね。時々、監督が冗談言ったりするので、笑いのある現場でありながら、締めるところでは締めるような。なんかすごくいい雰囲気作りをされる方だなって思いましたし、監督が各セクションの方々、皆さんに愛されているのが、ものすごくにじみ出てる現場で居心地が良かったです。役者さんに対しても1人ひとり、本当に丁寧に、ホンマの家族のような距離感で接していらっしゃる姿を見ていたので、この人についていこうって思わせてくれるような頼れる方でした。

どちらかというと、俺についてこいっていうタイプではなくて、細々と自分から動くような姿を現場でたくさん見受けられましたし、この監督の力になれたらなって思わせてくれるような、吸引力のある監督だと思いましたね」



監督が脚本完成まで11年の月日をかけたということで、それぞれの役についての理解も誰より深い。役の心理状態を、あらゆる言葉を尽くして説明してくるような場面はあったのだろうか。



「川口真奈ちゃんが演じる佐知のシーンでは、丁寧に場面の空気を作っている印象でしたね。俳優が作ってきたものを大切にして下さるんですけど、寄り添いながら、そのシーンに導いてくれるというか。監督は僕にはこうして欲しいとか、途中からあんまり何も言ってくれなくなりました(笑)。後から監督に聞いたんですけど、『あえて現場で言うことではないので、言ってなかったですけど、途中からはもう真司になってたから、別に何も言うことはなかったです』と言って下さってホッとしました」



丸山隆平が体当たりで表現した“人間の可笑しさと切なさ”の向こう側「自分はどんなふうに生きていきたいのか」

自分とは立場が異なる人たちを責めるようなことに時間を使わず、明るく「ただいま」と家族に言えるように生きていって欲しいというメッセージも感じられる今作。目の前のことに真摯に向き合って生きられたら、もっと優しい世の中になるのかもしれない。



「この作品にはいろんなメッセージが詰まっているんですけど、人って生きていくからには必ず他者と関わっていかなければいけないですよね。家族、両親、ご近所さん、会社とか、いろんなコミュニティーがある。その中で、自分はどんなことを考えどんな風に生きていきたいのかということを見直すきっかけを与えてくれるような作品だと思いました。差入屋というのは、日本独特の職業だったりするので、こういう職業があるんだっていうことに対しての新発見もあるでしょうし。普段、日常に生きていて、目を背けたくなるような感情が詰まっていたりしますけど、そんな中で、皆さんがこの作品を観た後に、どこに希望を見つけるのか、どう自分と向き合あおうとするのか……。ちょっと考えさせられるような作品になりました」



丸山隆平が体当たりで表現した“人間の可笑しさと切なさ”の向こう側「自分はどんなふうに生きていきたいのか」

取材・文:福田恵子 撮影:堺優史



<作品情報>
『金子差入店』



絶賛上映中



丸山隆平が体当たりで表現した“人間の可笑しさと切なさ”の向こう側「自分はどんなふうに生きていきたいのか」

『金子差入店』本ビジュアル

公式サイト:
https://kanekosashiireten.jp/



(C)2025映画「金子差入店」製作委員会



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