
二世中村吉右衛門の三回忌追善と銘打って開催中の歌舞伎座新開場十周年「秀山祭九月大歌舞伎」。甥の松本幸四郎と幸四郎の長男の市川染五郎が吉右衛門を偲び、ゆかりの狂言、ゆかりの役々に挑む。
まっすぐな気持ちのまま渡世人になってしまった茂兵衛と、彼に憧れを抱く根吉。
――二世中村吉右衛門さんの当り役のひとつ、『一本刀土俵入』の駒形茂兵衛は初役ですね。相撲取りの茂兵衛は酌婦のお蔦に救ってもらった恩を忘れずにいて、10年後、今度は渡世人となってお蔦の前に現れることになります。
幸四郎 茂兵衛は初めは、自分も立派な相撲取りに、横綱になりたい、一生懸命やればなれるんだというまっすぐな気持ちを持っていたと思うんです。その純朴なところは後に渡世人になってからも変わっていない。船頭たちや船大工とやり取りする場面で、掘下根吉たちに突然襲われたときにも「船頭さん、大工さんたちがお仕事なさってる。邪魔になるから向こうにいけ」と。そういう場面が設けられている意味があるわけです。

見かけは変わってしまったけれど、人として変わっていないところがあるんですよね。第一お蔦を10年ずっと忘れずにいるなんてありえないことですよ。

上演中の歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」夜の部『一本刀土俵入』より、前半の一文無しの取的の駒形茂兵衛=松本幸四郎 提供:松竹(株)

後半、渡世人となった駒形茂兵衛=松本幸四郎 提供:松竹(株)
――その茂兵衛の人となりが、波一里儀十の子分の掘下根吉たちに襲われたときに垣間見えます。その根吉を初役で勤められるのが染五郎さん。
染五郎 渡世人の下っ端で大きな人物でも何でもない男ですが、役としてはいわゆるおいしい役と言いますか。みんなが引っ込んだ後もひとり舞台に残って、ちょっとカッコつけて引っ込むんです。あえて存分にカッコつけてやりたいし、それがこの役の魅力かなと。

――この根吉、幸四郎さんもこれまでに二度勤めていらっしゃいます(平成8[1996]年4月御園座、平成20[2008]年5月新橋演舞場)。
幸四郎 世話物とはまた違って長谷川伸のものですから、台詞の言い方もお芝居も極まりきまりに見えてはいけないですし、生活感がなければいけない。

『一本刀土俵入』より、左から)堀下根吉=市川染五郎、駒形茂兵衛=松本幸四郎 提供:松竹(株)
染五郎 僕も、渡世人っぽい口調や言い回しなど自然に見えるように、ふだんから言い慣れている感じに見えたらいいなと思います。
幸四郎 『一本刀』に初めて出していただき、かつ根吉という大きな役をいただいたので頑張ってほしいし、「じゃあ染五郎であの役も見たいね」と思っていただけるよう、歴代の根吉で最高のものを目指してね。
染五郎 はい。お客様としては親子であることを役に重ねてみてくださることもあると思うんですが、やる側としてはあくまでも根吉として茂兵衛に向かっていく、根吉としてそこに存在することだけ考えてやろうと思います。

『一本刀土俵入』より、堀下根吉=市川染五郎 提供:松竹(株)
――親子共演が続いていますね。
幸四郎 七月は『吉原狐』(大阪松竹座)で刀を抜かれるし、八月は『新門辰五郎』(歌舞伎座)で匿ってやっているのに反抗されるし、今月は匕首(あいくち)を持って刺しに来るからね(笑)。「なんてやつだ」という。ちょっと殺気立った関係性ばかりです。
染五郎 そうですね(笑)。



『二條城の清正』の豊臣秀頼。絶体絶命の緊張感が解けた後、どう感情を爆発させるか。
――染五郎さんはなんと10歳の時に秀頼を勤められました。(平成28[2016]年1月歌舞伎座)
染五郎 緊張しましたね。子供の頃勤めたお役の中でやはり一番印象に残っています。それまでは子役としての台詞しか言っていなかったので、台詞を言うこと自体がとにかく難しかったという記憶があります。それと当時祖母から、「踊りみたいな歩き方」だと言われて、同じ歌舞伎の中でもお芝居によって歩き方からまるで違うんだと。
――今月は「淀川御座船の場」が上演されますが、これの前の「二條城大広間の場」で徳川家康は秀頼のために酒席を開きます。その秀頼を護るために病を押して清正が付き添います。前回は白鸚さんの清正で、家康が(四世市川)左團次さんでしたね。

染五郎 家康は怖かったですね。二條城の広間では清正以外はその場にいる人全員が敵ですから。その時の台本には祖父(白鸚)や父から教えてもらった台詞や動きがたくさん書き込んでありますので、その台本をしっかりと読み返しています。そして今回は上演されませんが、二條城の広間の空気、緊迫感、それがあった上での御座船であるということを大事に勤めたいと思います。

昼の部『二條城の清正』左から)加藤清正役の祖父・松本白鸚と共演する、豊臣秀頼役の市川染五郎 提供:松竹(株)

『二條城の清正』より、豊臣秀頼=市川染五郎 提供:松竹(株)
幸四郎 秀頼を初めて勤めたのは僕も十代のころでした。とにかく凛としていること。これに尽きます。二條城という敵陣に清正とたったふたりで乗り込んで敵に囲まれた状態で、何が起こっても不思議じゃない、それどころか99%ダメだろうという覚悟でやってきています。そんな中でも感情を見せずに凛としている。
――初役のときの家康が(十三世片岡)仁左衛門さん、二度めが(五世中村)富十郎さんでした。

幸四郎 家康は本当の感情は全く見せないですし、外見はいいおじいちゃんの風情ですから。だからこそ怖かったですね。今月のポスターにもなっていますが、御座船の上では秀頼は私服の姿なんです。清正と二人になり大坂城まであと少し。やっと本当の気持ちが言葉になって出てくる。
情報量がはるかに多い時代。取捨選択しながら、もっともっと「大変になってほしい」。
――昨年六月に『信康』で染五郎さんは初めて歌舞伎座で主演を勤められました。
幸四郎 去年そこからスタートして一年たち、やっと二年目に向かっているということだと思います。今も大変だろうと思うけど、もっともっと大変になってください。って言われても困るよね(笑)。
染五郎 はい(笑)。作品の真ん中に立たせていただくことは大きな経験でしたが、そのことで舞台への思いが何か大きく変わったということは全くないです。どんな役、どんな舞台でも、役を勤めることに対しての心持ちはその前後で変わらないです。そしてどんな役でもそうですが、過去のいろいろな方々の勤めてこられたときのことを調べて、これは使うべき情報、これはそうではない情報などと見極めて、その都度役と向き合っていきたいですね。
幸四郎 我々の仕事って、出来ないことを「出来ないもん、できるわけないじゃない?」って言ってしまえばそこまでなんです。出来るようにする、知らないことを知る、わかるようにする、まさに一生それの連続。それに今、難しい時代じゃないですか、っていうと年寄りみたいだけど(笑)。以前より今の方が我々を囲む情報量ははるかに多いし得ることも簡単です。だから自分で苦労しなくても分かってしまうことがたくさんある。でも本当に自分自身で掴んで理解しなければ、出来たことにはならないんですよ。大変ではあるけれど、自分で理解して出来るようにする、ずっとその姿勢で向かっていってほしいと思います。というか私自身もまだまだですからね。傑作を傑作として、叔父の当り役を当り役としてお見せするために、ずっともがいていきたいと思います。

取材・文:五十川晶子 撮影:石阪大輔
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<公演情報>
歌舞伎座新開場十周年
「秀山祭九月大歌舞伎」
二世中村吉右衛門三回忌追善
【昼の部】11:00~
一、祇園祭礼信仰記 金閣寺
二、土蜘
三、二條城の清正
【夜の部】16:30~
一、菅原伝授手習鑑 車引
二、連獅子
三、一本刀土俵入
2023年9月2日(土)~9月25日(月)
※11日(月)、19日(火)休演
会場:東京・歌舞伎座
チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2328911
公式サイト
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/827