
太平洋戦争終結から80年のことし、戦争映画の話題作が何本か上映される。7月25日(金)から全国で公開する『木の上の軍隊』もそのひとつ。
『木の上の軍隊』
驚くことに、この物語は実話をもとにしている。
太平洋戦争の末期、本土決戦の最終防衛線である沖縄を守るため、沖縄本島の北西約9kmにある伊江島に飛行場を建設し、航空戦の要とする計画があった。

山下一雄(堤真一)は、その建設のために本土から送り込まれていた陸軍少尉。しかし、戦局は悪化の一途をたどり、完成した飛行場は、米軍に占拠される前に、日本軍自ら爆破してしまう。上陸した米軍との熾烈な銃撃戦はさらに激化、敵に包囲され、兵士が次々と戦死するなか、山下少尉と、島出身の新兵、安慶名セイジュン(山田裕貴)のふたりは、命からがら、巨大なガジュマルの樹の上に身を潜め、援軍を待つのだが……。

沖縄のガジュマルの樹は、高さ5~10mほどもあり、枝が地表に伸びると根になり幹を支える、神秘的なたたずまいの常緑樹。物語のモデルとなったふたりの日本兵が実際に2年間暮らした樹は、伊江島の公園に現存しているという。

舞台版は、ステージの中央にどんとガジュマルを配し、最初から樹の上の暮らしが描かれるシュールな展開。映画は、タイトルがでる前の30分ほどで、主人公ふたりが樹上の生活に至るまでを、ていねいに描いていく。
沖縄戦は、地上の近距離戦、しかも民間人を巻き込んでの熾烈な戦いだったことで知られるが、その悲惨な状況も映像化されている。

山下少尉は、本土防衛のためなら、民間人だろうと、傷病者だろうと容赦をしない、戦え、と檄をとばす根っからの軍人。一方、新兵の安慶名は、病を抱える母を家に残したまま徴兵され、戦闘意志はほとんどない。立場も年令も全く違うふたりが、結果として生き残り、戦争終結を知らないまま、2年間をどう過ごしたか──。

次第に彼らは、戦いよりも、水と食料の確保に必死になっていく。食べ物を探すなかで起こる、ちょっとした事件、いさかい、そしてこころの変化が、悲喜劇を生み、人間の本質を炙り出していく。伊江島の歴史と共に育ってきた巨樹ガジュマルが、その一部始終をそっと見守っているかのようだ。
一見狂信的な上官で完璧主義の山下少尉だが、堤真一が演じると、ときに、人間性というか、おかしみが垣間見える。山田裕貴の安慶名も、彼本来の素直な演技がにじみ出ていて、ふたりのやりとりには、どこかボケとツッコミのようなあうんの呼吸を感じる。逆にそれが、発狂寸前の極限状況の象徴のようにも思えるのだ。

監督と脚本を手掛けたのは、『ミラクルシティコザ』で話題となった沖縄出身の平一紘監督。これまでに、沖縄のチームが中心となって制作した沖縄戦の映画はなかったそうだ。監督は平成元年生まれ。

キャストも、津波竜斗、玉代㔟圭司、尚玄など、沖縄出身の役者が顔をそろえる。また、舞台で山下役を演じた山西惇も出演し、安慶名役の松下洸平がナレーターとして登場する。その舞台版の『木の上の軍隊』は、BSの衛星劇場で、8月17日(日)に放送される。こちらも楽しみだ。
井上ひさしは、基になった実話にある希望を感じ取り、舞台化を志したのだと思う。悲惨な物語ではあるが、ガジュマルの樹とふたりの兵隊の生命力に心をうたれ、ほのかに希望すら感じる、稀有な戦争映画である。
文=坂口英明(ぴあ編集部)

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