「警察の隠蔽体質にリアリティーがある」警察小説の大家と元女性白バイ隊員作家が語る“警察小説のリアルとフィクション”〈黒川博行×松嶋智左〉

日本初の女性白バイ隊員という異色の経歴を持つ作家・松嶋智左さん。今年7月に刊行された『流警(るけい) 傘見警部交番事件ファイル』では、捜査一課から地方の警部交番へ、流刑に処された女性警官の罪と再生を描いた。

本記事では、その巻末に収録された警察小説の大家・黒川博行さんとの刊行記念対談をダイジェスト版で公開。大阪住み、バイク好き、そして警察小説の書き手という共通点を持つ二人のトークは、大盛り上がりで――!?

日本初の女性白バイ隊員が、警察小説の書き手に

黒川 松嶋さんは元警察官やったそうですね。退職して警察小説を書こうとする、その動機は何なのかが気になりますね。

松嶋 警察官を辞めてなったというよりは、ずっと前から小説が好きだったんです。読むのはもちろん、自分で書くようになっていろんな小説賞に応募していました。

黒川 警察よりも小説のほうが先やったんですね。警察官やった頃も小説書いてたんですか。



松嶋 さすがに現役時代はなかなか書けなかったですね。仕事がしんどくて。でも、その前、高校生の頃はミステリーのようなものを書いていました。

「警察の隠蔽体質にリアリティーがある」警察小説の大家と元女性白バイ隊員作家が語る“警察小説のリアルとフィクション”〈黒川博行×松嶋智左〉

黒川博行氏。1949年愛媛県今治市生まれ。83年『二度のお別れ』が第1回サントリーミステリー大賞佳作に選ばれ、翌年同作で小説家デビュー。

86年『キャッツアイころがった』で第4回サントリーミステリー大賞、96年「カウント・プラン」で第49回日本推理作家協会賞を受賞。2014年『破門』で第151回直木賞を受賞

黒川 警察にいたのは何年ぐらい?

松嶋 六年半ぐらいです。

黒川 白バイに乗ってらっしゃったんでしょう。

松嶋 最後の二年ほどだけですけど。そのうち半分の一年くらいはずっと訓練訓練で。後の半分は、広報関係の仕事ばかりでした。

初めての女性白バイ隊員ということで、イベントで演技走行をしたりとか。二十代半ばで警察を辞めて、その後、勤めた仕事が弁護士事務所で、割と時間が自由になる仕事でしたのでまた書き始めました。

現在から過去へ、躍動する捜査劇を

黒川 警察小説はなんで書こうと思ったんですか。

松嶋 こんな言い方したら怒られるんですけど、私は全然書く気がなかったんです。ただ、編集者の方に強く勧められて……。黒川さんはどうして警察小説をお書きになったんですか。

黒川 警察小説は楽ですよ。

何が楽や言うたら、事件の捜査に関わっていくのに動機が要らない。仕事ですから。

松嶋 そうですね、確かに。

「警察の隠蔽体質にリアリティーがある」警察小説の大家と元女性白バイ隊員作家が語る“警察小説のリアルとフィクション”〈黒川博行×松嶋智左〉

松嶋智左氏。1961年大阪府生まれ。警察官を退職後、小説を書き始める。

2005年「あははの辻」で第39回北日本文学賞、06年「眠れぬ川」で第22回織田作之助賞、17年『虚の聖域 梓凪子の調査報告書』(「魔手」を改題)で第10回島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞

黒川 一般人が事件に巻き込まれるいうのはものすごく考えますやん。事件の情報を取るのも難しいでしょう。そやから、主人公の兄が刑事をやってるとか、親戚が新聞記者をやってるとか、みんな無理矢理つくってる。警察小説やとそういう必要がない。仕事やから。

松嶋 そうですね。

事件も向こうからやってきますしね。

黒川 でも警察小説で難しいのは、何でも後づけなんです。事件を展開させることができへん。聞き込み、聞き込みって、後づけばっかり。事件そのものが動いていかへん。そやから、誘拐が一番いいんですよ。僕は誘拐小説がすごく多いんですけど、それは事件がリアルタイムで動くから。あそこに行って話を聞く、ここに行って話を聞くでは絶対読者は退屈するやろなと思ったから、デビュー作『二度のお別れ』も銀行強盗が人質をとって逃げる話にしたんです。それは今も同じ考えですね。松嶋さんは警察にいたことがあるから、警察小説のネタには困らんのやないですか。

松嶋 いえいえ。警察にいたといっても短い間ですし、それに下っ端でしたから。だから本当にリアルな警察の捜査は知らないんです。でも、警察にいたおかげで、警察官が特殊な人だとは思わずに済んでいますね。普通のサラリーマンと同じなんだという感覚で書いています。それぞれ悩みがあったり、怒りがあったり、おかしなことをしたりする。実際に警察で目にした経験を基に、人間的な警察小説を書けたらなとは思っています。

物語を生み出す「設計図」と「あみだくじ」

黒川 松嶋さんはプロット(物語の設計図、構成)をしっかり立てる人でしょう。

松嶋 えっ、誰かにお聞きになられました? その通りなんです。

黒川 いえ、読んだら分かりました。『流警』、とても面白かったです。犯人、最後のあたりまで、本当に誰か分からへんかった。あっちこっちに伏線があって、お上手やったと思います。

「警察の隠蔽体質にリアリティーがある」警察小説の大家と元女性白バイ隊員作家が語る“警察小説のリアルとフィクション”〈黒川博行×松嶋智左〉

元捜査一課の南優月は、被疑者の護送中に起こした事故が理由で「流刑」に。警察署が不要となり格下げされた、過疎地の警部交番で、禊の日々を過ごしていた。そんな辺境の地に突然、キャリア警視正が赴任する。時を同じくして、地元の名士の妻が殺害され、ともに犯人を追うことに。謎が謎を呼ぶ捜査の行方は。矜持を見失った警察官の行く末は。元白バイ隊員の著者が書き下ろす、迫真の警察小説

松嶋 いえいえ、とんでもないです。とにかくすぐに犯人が分かったらいけないので、怪しい人をもう一人増やそうとか、登場人物のおかしな行動を入れようとか、いろいろと工夫はしました。黒川さんはどういうふうに書かれるんですか。

黒川 僕はプロットは考えへん。

松嶋 えっ、いきなり書くんですか。

黒川 主人公のキャラクターと職業、それぐらい決まったら、あとはどんどん書いていく。あみだくじありますよね。あみだくじのどっちへ進むかというのを何遍も何遍もやるんです。

松嶋 ああ、なるほど。ここに来たらどっちの分かれ道へ行くかと。

黒川 そうです。そのたびに考えるんです。ここはこうしたほうが面白いとか。だから、あした、あさってのことしか考えてない。小説の中では。

松嶋 すごいですね。でもちゃんとお話が収まりますよね。

黒川 収まります。あみだくじをやっていたらどっかに行き着くんです、必ず。

松嶋
最初は犯人も分からないみたいな感じですか。

黒川 そう。犯人なんか考えたこともない。

松嶋 考えたことないんですか! でも面白い。ご自分が物語の中に入って、犯人を探してるような感じなんですね。

黒川博行も絶賛する、迫真の警察小説『流警』

黒川 『流警』の舞台になっている傘見警部交番は、元は警察署やったけど、規模が縮小されて警部交番に格下げになった。この警部交番を使おうと思ったんはなぜですか。僕はこういう制度があるって知らんかった。

松嶋 ほかの作品で地方の警察署を調べていて、交番の位置を示す地図を見ていたら、警部交番という文字が目に留まって。正直言って私も初めて見たんですけどね。人口が減ってきているので、とくに地方ではこういうことがあるんだろうなと思ったんです。

黒川 『流警』に出てくる警部交番は相当大きな建物でしょう。

松嶋 そうです。もともと警察署だった建物をそのまま使っているので。

黒川 その大きな建物の中に、署員はあまりいない。空き室だらけっていうのも使い道がありそうで面白い。あとは(ご自身の書いたメモを見て)、「コンビニ事件の犯人逃走について、警察の隠蔽体質にリアリティーがある」って書いてある。「そこが私には一番面白かった」って。

松嶋 本当ですか。ありがとうございます。でも私はそのエピソード、あまり深く考えてなかったんです。過去のあるヒロインを設定するために、こういうことがあったら、と考えたので。

黒川 その南優月は、続編には出てこないんですか。

松嶋 どうでしょう。こういうことをしでかした後、警察でどういう処分になるのか。まだちょっと考えてないですけど。

黒川 被疑者に逃げられて傷物になった、優月みたいな警察官を使うのは面白いと思いますよ。

松嶋 そうですね。優月本人もそうですけど、周りも傷を負っているから、その後に影響もあるだろうし。優月がどうやって立ち直っていくのかということもありますね。

黒川 コンビニ事件で逃亡した被疑者に、もっともっと大きな事件を起こさせましょうよ。大きな事件なら、(キャリア警視正の)榎木孔泉も関わってくるやろうし、優月も過去のいきさつを知っているから呼ばれてもおかしくない。そんなふうにして広げていったらいい。僕は書く時、いつもそんなふうに考えてます。

松嶋 この次はどうなるか、と考えていくんですね。なるほど。

黒川 そうしたら小説そのものが一作目よりも大きくなりますよ。次は大事件起こしましょう。

「警察の隠蔽体質にリアリティーがある」警察小説の大家と元女性白バイ隊員作家が語る“警察小説のリアルとフィクション”〈黒川博行×松嶋智左〉

構成/タカザワケンジ
撮影/大西二士男写真事務所

「流警 傘見警部交番事件ファイル」

松嶋 智左

「警察の隠蔽体質にリアリティーがある」警察小説の大家と元女性白バイ隊員作家が語る“警察小説のリアルとフィクション”〈黒川博行×松嶋智左〉

2023年7月21日発売

792円(税込)

文庫判/336ページ

ISBN:

978-4-08-744552-7

元捜査一課の南優月は、被疑者の護送中に起こした事故が理由で「流刑」に。警察署が不要となり格下げされた、過疎地の警部交番で、禊の日々を過ごしていた。そんな辺境の地に突然、キャリア警視正が赴任する。時を同じくして、地元の名士の妻が殺害され、ともに犯人を追うことに。謎が謎を呼ぶ捜査の行方は。矜持を見失った警察官の行く末は。元白バイ隊員の著者が書き下ろす、迫真の警察小説。