吉本総合芸能学院(NSC)の伝説の講師、本多正識氏の近著『1秒で答えをつくる力 お笑い芸人が学ぶ「切り返し」のプロになる48の技術』(ダイヤモンド社)が話題を呼んでいる。「M-1グランプリ」「キングオブコント」では審査員も務め、数々のお笑い芸人に頭の回転を速くする技術を伝授してきた本多氏が教えるお笑いを100倍楽しむ方法とは…。
34年間で一度だけ「ボケとツッコミを変えたほうがいい」と言ったコンビ
——アドバイスを受け入れるのも才能のひとつですね。
本多(以下略) 僕はダメ出しでも「こうしなさい」とかは絶対に言わないんです。「こういうやり方もあるよ」と、別の引き出しを教えるだけ。ただ、34年間で一度だけ、「ボケとツッコミを変えたほうがいい」と言ってしまったコンビがいます。それがナインティナイン。僕自身、NSCの講師として最初の授業だったので、つい思ったまんまを言ってしまいました。
ナイナイにはもうひとつ、今では絶対に言わないことを言っています。岡村隆史に「君は必ず売れるよ」って。僕のポリシーで、どんなに確信しても「売れるよ」とは言わないようにしているのですが、これも講師1年目だったせいで、つい言ってしまった。僕にNSCの講師をやらないかって話が来たとき、「ダウンタウンみたいなコンビが来るかもしれへんで」と言われていて、内心さすがにそれは無理やろと思っていたんですけど、岡村隆史を見た瞬間「ほんまに来た」って思ったんですよ。
吉本総合芸能学院のお笑い講師・本多正識氏
——「売れるよ」と言わないようにしているのは、なぜですか?
せっかく学費を払って来ているほかの生徒たちに失礼だから、っていうのもありますし、言われた本人たちの成長や進歩が止まってしまうからですね。鵜呑みにしないまでも、「これでいいんだ」と本人たちが思った瞬間に成長の速度は遅くなります。なので、今はどんなにこいつは売れると確信しても、心の中で噛み締めるだけで、口には出しません。
……あ、もう一人だけ、岡村隆史のほかに「キミは天才だ」と言ってしまった生徒がいました。キングコングの西野です。僕はよう覚えてないんですけど、西野本人が「俺は本多先生に天才って言われた」と言ってるんで、きっと言ったんでしょう。
キングコングの西野亮廣 写真/Motoo Naka・アフロ
——西野さんのことを「天才」だと感じていたんですか?
感じてました。まだキングコングを結成する前、グリーングリーンというコンビでコントをやっていたのですが、岡村隆史以来の衝撃でしたね。ネタがおもしろいとかではないんです。とにかく西野のオーラが半端じゃなかった。人前に出る人間としての存在感が尋常じゃなかった。実際キングコングは、NSC在学中に「NHK上方漫才コンテスト」の最優秀賞をとってますからね。異例も異例、いまだにそんな生徒は出てきていません。
岡村と西野以外だと、梶原と友近。この4人は初見で絶対売れると思いました。
日本のお笑いに政治ネタが少ない理由は?
——お笑いを教える講師という立場から見て、いわゆる「人を傷つけない笑い」についてはどう受け止めていますか?
ボーダーをどこに置くべきか、というのが難しいですね。差別的な言葉に限らず、たとえばバナナで滑って転ぶという古典的な笑いがありますけど、あれはすぐに起き上がるから笑いが起きるのであって、もし転んだまま起き上がらなかったとしたら、笑いどころか悲鳴が上がります。つまり、同じ現象であっても、そのあとの展開によっては悲劇にも喜劇にもなる。そこを見極めるのが大事なんじゃないかと思います。
——もうひとつ、時の政権に限らず、政治や政治家をネタにするような笑いが、他国のコメディアンと比べて日本は圧倒的に少ないことについては?
たしかに海外では政治ネタは笑いの鉄板というか、基本にありますよね。それが日本では極端に少ないのは、やっぱりこの国が村社会だからだと思います。個人の生き方も考え方も独立している国では、政治ネタをやったところで、それぞれの個人が個人的なリアクションをするだけ。笑う人もいれば、笑わない人もいる。賛成だろうが反対だろうが、一人ひとりが個人の考えに基づいて反応する。
でも日本では、個人よりも血縁とか地縁を大事にするから、いろいろな関係性の中で、まわりの顔色をうかがっての反応になりますよね。
80年代にはコント・レオナルドが、選挙のときに首相と握手したという庶民がアポなしで官邸に突然やって来るという風刺コントをやっていましたけど、今だとウーマンラッシュアワーの村本くらい。
ウーマンラッシュアワーの村本大輔 写真/U-YA
ウーマンラッシュアワーは劇場でも政治家や原発のネタをやっていますが、15分の漫才で10回くらい拍手が起きますよ。だから、政治ネタがウケないということではないと思うんですけどね。
競技用の漫才は別ものだと割り切ったほうがいい
——本多さんは、賞レースの審査員も務めていますが、漫才やコントに点数をつけて競技にすることについては、どう考えていますか?
そもそも劇場で披露される漫才は15分とか20分ですが、M-1は決勝で4分、予選に至っては2分です。だからそこはもう、競技用の漫才だと割り切って見るのが正しいと思います。
——漫才における「おもしろいネタ」と、競技用の漫才で「勝てるネタ」は、そのままイコールになるのでしょうか。
基本的にはイコールと考えていいと思いますよ。おもしろいネタが結果的に勝ちますから。30秒に1回ボケるよりも、10秒に1回ボケるほうがおもしろくなるのは、10分の漫才でも2分の漫才でも同じです。ただし、劇場でやる10分の漫才と同じように、起承転結の展開を見せるのは、競技漫才ではまず無理です。割り切って見るのが正しいというのはそういうことで、おもしろさというよりも、構成とか味わいの違いですね。
僕がオール阪神・巨人師匠の下で漫才の台本を書き始めた40年前から、5秒・10秒の間をどう詰めるか、という話は当たり前にしていました。
——漫才において、関西弁のほうが有利に働くことはあると思いますか?
関西人の中にはそう思ってる人もいるでしょうけど、実際はそんな関係ないように思いますね。関西人は関西弁でしか育ってないですし、それは関東人だって九州人だって同じことなので、比較のしようがないですよね。僕は関西人ですけど、東京の漫才もずっと大好きでしたし。
M-1の審査に納得できない人こそ劇場で生の漫才を見てほしい
——言葉の話でいうと、人々の価値観が細分化されて、不特定多数に伝わる共通の話題や固有名詞が少なくなっていることについてはどうでしょう。
これからはもっと少なくなるでしょうね。でもそれはそれとして、伝わらないことをネタにすればいいんだと思いますよ。ツッコミで「そんなん知らんわ」でもいいですし、フリで「それ何の話?」みたいにもできる。一番よくないのは、どうせ伝わらないだろうと思ってやらないことです。やりたければやればいい。そのうえで、伝えるための方法、笑いを起こす方法を考えればいいんです。
——名前や固有名詞も積極的に入れていい、と。
劇場でやるぶんには全然いいと思います。
劇場だと、大阪のなんばグランド花月と東京のルミネtheよしもとでウケ方が違ったりするのを試したりできますけど、コンテストや賞レースでそれをやってしまうと、予選では大爆笑だったのに、決勝ではまったくウケない、みたいなことも普通に起こりますからね。リスクが大きすぎます。
——M-1グランプリの「アナザーストーリー」に象徴される、芸人の裏側を見せて感動物語に仕立てる風潮についてはどうでしょうか。
それはもう漫才とはまったく別の話ですね。M-1グランプリという大会、ひいてはゴールデンタイムのテレビ番組としての演出ですから、制作者が盛り上げるために、視聴率のために必要だと思ったのなら、やればいいだけのことです。でも、あれが芸人のすべてだと思われてしまうのはもったいない。漫才のネタはもちろん、芸人の振る舞いにしても、テレビを通じて伝わるものと、劇場で生で見るものはまったく違います。
なので、M-1グランプリで漫才を好きになった人はぜひ劇場に行ってください。テレビでM-1を見て、審査員の点数に納得がいかない人にこそ、生の漫才を見てほしい。
取材・文/おぐらりゅうじ
1秒で答えをつくる力 お笑い芸人が学ぶ「切り返し」のプロになる48の技術(ダイヤモンド社)
本多 正識
2022年12月14日
1650円(税込み)
344ページ
ISBN:978-4-478-11558-9
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西野亮廣氏・濱家隆一氏(かまいたち)・山内健司氏(かまいたち)
★西野亮廣氏
スターを生み出し続ける「報われる努力」を知って欲しい。
★濱家隆一氏(かまいたち)
本多先生には今でも一文字単位のダメ出しもらってます。笑
★山内健司氏(かまいたち)
本多先生に教わって僕らもこんなに売れました!