『VIVANT』ドラマ革命の鍵となっていたのは阿部寛だった!? “ない尽くし”の日本ドラマ界は俳優たちの海外逃亡を阻止できるのか

夏ドラマを席巻した『VIVANT』(TBS系列)が大団円を迎える。昨今の日本では類を見なかった圧倒的スケールの内容は、衰退している日本ドラマの救世主になり得る作品だったのではないだろうか。

そしてスケールの大きさで『VIVANT』の先駆けになった『DCU』との意外な共通点、俳優・阿部寛について “ドラマオタク”コラムニストの小林久乃が考察する。

“ない尽くし”の言い訳を覆した、TBSドラマ班の革命

ここ数年、日本のドラマは低迷状態だと囁かれ、メディアそのものが斜陽産業だと叩かれ続けてきた。

予算がない、アイデアがない、スポンサーがつかない……

ありとあらゆる“ない尽くし”の言い訳を放つ制作側。その裏で韓国ドラマは大ヒット。『韓国ドラマ 世界的ヒットの真実』(NHKBSプレミアム・2022年)では、韓流ドラマの最大の市場は日本だと番組がコメントしていた。

いまや韓国は日本市場をひょいと超えて、世界ビジネスでドラマを制作している。かつては日本のドラマを目指していた韓国。

青は藍より出でて藍より青しという結果だ。

日本のエンタメが窮地に追い込まれた理由はいくつかあるけれど、この状況を打破しようと試みているのがTBSだろう。それが『VIVANT』には顕著に現れていた。

まずは「予算」。一部では1話1億円とも報じられた、高額予算だ。

役所広司、二階堂ふみ、二宮和也、松坂桃李……と、日本トップクラスの俳優陣の起用、モンゴルでの2ヶ月以上に及ぶロケと、まるで大作映画を作るような予算が投じられている。

『VIVANT』ドラマ革命の鍵となっていたのは阿部寛だった!? “ない尽くし”の日本ドラマ界は俳優たちの海外逃亡を阻止できるのか

キャストが豪華であれば、スタッフの起用も豪華だった。

「半沢直樹」シリーズを担当したTBSディレクターの福澤克雄を中心に、同じく「半沢」を手がけた飯田和孝含むプロデューサーが3名、演出が2名。ここまでの人材投入はこれまでの地上波ドラマでも、稀にあった。

ここでさらにポイントとなるのは「脚本家4名の起用」だ。海外……というと、広い言い方になってしまうので、ハリウッドを例えとすると、現地では1作品につき、脚本家は5~6人の起用がデフォルトになっていると聞く。さまざまな意見が飛び交うことによって、広大なスケールの物語が登場するというわけだ。



日本ではどうだろうか。

脚本家の体制を見ると、1作品に1名が連続ドラマを書き上げるというパターンが通例だ。「先生!」と呼ばれる人が、ブレストをすることもなく、ひとつの脳から物語を生み出していく。2名以上の脚本家がいるのはイレギュラー扱いだろう。

この体制が悪いとは言わないし、もちろんそれはそれで十分に楽しめる。

しかし、「日本のドラマの夜明け」という観点では、やはりアイデアに限界、マンネリ化が来るのではないか懸念される。
脚本はドラマをつくる大事な設計図。この状況、想像するだけでもまずい。

海外共同制作でドラマ界の新しい一歩を踏み出した『DCU』

数年前に、この危機的状況を回避しようと試みたドラマがあった。それが『DCU』(TBS系列・2022年)だ。

TBSとハリウッドのケシェット・インターナショナル社、ファセット4メディア社らが共同制作となった。いずれの会社もエミー賞、ゴールデン・グローブ賞といった錚々たる受賞経験もある、名作を生み出してきた制作会社だ。

それまでの日本のように、制作した作品を国内だけで見せるのではなく、常に世界に発信することを意識している。

脚本家こそ1名だったけれど、海上保安庁に新設された集団による、国境を行き来する水中事件や事故の捜査……という、リアリティのあるドラマが描かれていた。

海上保安庁全面協力、多くの水中撮影など多額の予算がつぎこまれていた。内容云々の前に、スケールの大きさに息を呑んだ。ただ噂程度の話ではあるが、予算が足りなかったとも、オーバーしたとも……。

『VIVANT』ドラマ革命の鍵となっていたのは阿部寛だった!? “ない尽くし”の日本ドラマ界は俳優たちの海外逃亡を阻止できるのか

『DCU』と『VIVANT』の意外な共通点、俳優・阿部寛という存在

この作品の主演は阿部寛だった。そう、『VIVANT』で主役喰いする場面も多々見られた彼だ。堺雅人演じる、別班員の乃木憂助を追いかけ回す、警視庁公安部の野崎守を見事きに演じ切っていた。



一方、『DCU』で阿部が演じていた新名正義は、前出の野崎から笑いをすべて取りあげたような真面目な男。とにかく海を荒らす者、犯罪者を許さない。そこにはバディである、若き隊員の瀬能陽生(横浜流星)に言い出せずにいた秘密があったから。男同士の関係に隠された何か。これは『VIVANT』にもあったシチュエーションだ。

奇しくもTBSが多額の予算と人材を投入して、失敗は許されない背水の陣で臨んだ二作。ここに必要だったのは、阿部寛だった。

おそらく二作品とも、国内だけのリリースを考えているのではなく、日本から世界へ作品を届けることを睨んでいた。従来の俳優陣だけを出動させていても、この作戦は失敗に終わる。欲しいのはそこにいるだけで、訴求力、インパクトがある役者の存在。それらを総合すると、阿部そのものだ。

阿部寛といえばまず思い浮かぶのは、日本人を逸脱した顔立ち。『VIVANT』の序盤でも、何度かモンゴル衣装を纏って登場していたが、馴染み方が尋常ではなかった。

それからモデル出身という、長身。ただ背が高いだけではなく、骨格も日本人離れしている。こんなウエポンを持ち合わせていれば、その場に立っているだけで抜きん出た存在感を感じさせるのは当然だ。

日本人俳優は小さい、細いと揶揄されて、海外では、なかなか通用することが難しかった。それでもと夢見た俳優が日本を離れて、ようやく最近では国外で活躍している者も出始めた。近年の目立った俳優といえば、渡辺謙だろうか。ただ正直なところ、今回のTBSドラマ出演によって、阿部寛がその位置に君臨する日も近いような気がした。

阿部寛を地上波ドラマで見るために必要な決断とは?

阿部寛といえば、2003年近辺から主演作の数を着実に増やしていった印象だ。

ちなみにイメージ通りの作品で個人的に面白かったのは『白い春』(関西テレビ、フジテレビ系列・2009年)。9年間の刑期を終えた暴力団員の佐倉春男(阿部)が、娘と出会って生活を共にしていく物語。役柄の背景を読むだけで香ばしい。当時、映画『崖の上のポニョ』の主題歌を歌った大橋のぞみちゃんが、娘役を演じたことも話題にあがった。

ガヤガヤと彼の周囲を作品が取り囲んでいく中、機運となったのは『結婚できない男』(関西テレビ、フジテレビ系列・2006年)の主演だった。あのイケメン阿部寛が、完全なコメディドラマで偏屈男を演じたのだから、ギャップにもほどがある。

ただこのキャスティングは見事当たり、映画『テルマエ・ロマエ』のローマ人役となる。監督が彼を見てメイクの必要がないと言ったほど、適任の役だ。日本人離れをしたビジュアルの俳優による、シリアスにも、笑いにも転じられるスターの誕生だった。

『VIVANT』ドラマ革命の鍵となっていたのは阿部寛だった!? “ない尽くし”の日本ドラマ界は俳優たちの海外逃亡を阻止できるのか

あの声のかけづらいコワモテな印象が演じているだけかと思いきや、普段もあんな感じらしい。『VIVANT』の番宣で出演した『バナナマンのせっかくグルメ』(TBS系列)で、オーバーオールを着て食レポをしているときでさえも、迫力はあった。

おそらくご本人はいたって普通にしているのだと思うが、ちょっとした仕草、発言が異常なほどドラマティックに映り、バラエティ番組を盛り上げていた。今、日本の俳優でそんな存在が他にいるだろうか。

阿部のような俳優を日本に引き留めておくには、今のままの日本の映画、ドラマ界では無理かもしれない。彼に限らず、他の俳優も日本に見切りをつけて、とっとと海外進出をする可能性だってある。

それというのも、今は動画配信サービスの動きが活発化。渡米せずとも、サブスクオリジナル作品に出演すれば、世界中に存在をアピールすることができる。日本の地上波ドラマにとどまっていては、叶えられない目標がいとも簡単に可能なご時世だ。グズグズしていると阿部寛みたいな至宝は、地上波に興味を示さなくなると思う。

この雪崩を食い止めるのが、やはり『VIVANT』の思い切った予算と人材と手間のかけ方だ。予算がないないと騒いでも、探せばあった。無い袖は振れてしまった。明るい日本のメディアの夜明けを目指して、本当に各局頑張ってほしいものである。

文/小林久乃